| カトリック中央協議会広報部は、1月16日付で、日本産科婦人科学会倫理委員長(吉村泰典氏)に対して、同学会が意見募集を行った「着床前診断の適応」についての見解を送付しました。
解説
日本産科婦人科学会(理事長:武谷雄二氏)は、2005年12月19日付で、「着床前診断の適応について」の意見募集を行いました。意見募集は同学会ウェブサイトに掲載されています。
http://www.jsog.or.jp/kaiin/html/Rinri/announce_19dec2005.html
日本産科婦人科学会の意見募集は、同学会として、習慣流産の患者に着床前診断を認めるかどうかに関するものです。
本問題について、同学会では、「着床前診断の適応に関するワーキンググループ」(委員長:大濱紘三)が検討を行い、2005年12月1日付で学会倫理委員会に対して、「習慣流産(反復流産を含む)の染色体転座保因者を着床前診断の適応として認める」という答申を出しました。ワーキンググループの議事録は、日本産科婦人科学会ウェブサイトに掲載されています。
http://www.jsog.or.jp/report/rinri/rinri_minutes.html
学会は、「本件の重要性に鑑み、本会会員のみならず、広く多くの方々よりご意見を聴取」することにした(委員会提案)ものです。意見募集の期限は2006年1月末です。
着床前診断とは、体外受精によって作成したヒト受精胚について、母胎内への移植の前に検査し、遺伝病等を発症させる疾患遺伝子の有無等を診断する技術のことです。依頼者は、この診断の結果に基づいて、その受精胚を胎内移植するかどうかを判断できるようになります。具体的には、4細胞期または8細胞期のヒト受精胚から、1個または2個の胚性細胞を取り出し、遺伝子検査を行います。日本では国の規制はありませんが、日本産科婦人科学会が、重篤な遺伝性疾患を診断する目的に限り、臨床研究として着床前診断を行うことを認める会告(1998年)を定めています。
日本産科婦人科学会では、上記の会告に基づき、2004年7月に、慶応義塾大学が申請した、「デュシエンヌ型筋ジストロフィー」の子どもが生れる可能性のある夫婦についての着床前診断の実施を、また、2005年6月には、名古屋市立大学が申請した、「筋強直性ジストロフィー」を発症している患者夫婦の着床前診断を承認しました。
さらに、2005年に入って、習慣流産の患者のための着床前診断の申請が2件行われることになったため、日本産科婦人科学会は、着床前診断を、重い遺伝病以外に、習慣流産にも適応するために、会告を見直す検討を行いました。今回の意見募集は、この検討を踏まえたものです。
日本産科婦人科学会のワーキンググループがまとめた「着床前診断の習慣流産への適応」に関する答申は、
- 習慣流産に対する着床前診断実施後の生児獲得率(68.0%)は、習慣流産における自然流産での累積生児獲得率(68.1%)と現時点では全く同じであり、「習慣流産の染色体転座保因者に対する着床前診断の優位性は確立していない」ことを指摘しています。また、
- 「着床前診断の実施には、排卵誘発、採卵、胚移植、黄体機能支持など母体への負担を強いる治療・技術を駆使する必要があり、それらに伴う合併症や副作用(OHSS、麻酔の合併症、臓器・血管の損傷など)も存在する」ことが指摘されています。
今回のカトリック中央協議会の意見の要旨は次の通りです。
- カトリック倫理の原則は、無害な生命の尊重の義務である。「無害な人間を意図的に破壊する権利を主張することは、だれにもできない」(『カトリック教会のカテキズム』2258)。
- 自然法の原則は、受精の瞬間から人間の人格の尊厳が認められることを求め、その尊厳において、出生前と出生後の人間を区別しない(同2274)。
- 結果によっては中絶する意図をもって行うのであれば、胎児診断は道徳律に対する重大な背反となる(同)。
- 使い捨ての生物学的材料として人間の受精卵を製造することは道徳に反する(同2275)。したがって、着床前診断が「臨床研究」として行われる結果、ヒトの胚が体外受精によって作られ、研究材料とされた末、異常と判断された胚が多量に廃棄されることは、許されない。
- 着床前診断の科学性には疑問がある。答申自身が「習慣流産の染色体転座保因者に対する着床前診断の優位性は確立していない」ことを認めている。
- 不妊治療の真の解決は、遺伝子レベルでの不妊の原因の特定とその克服に求めるべきである。
- 結論として、答申された「着床前診断の習慣流産への適応」は許されないと考える。
日本産科婦人科学会倫理委員会意見募集
「着床前診断の適応について」に関する見解 2006年1月16日
日本産科婦人科学会倫理委員長 殿
「習慣流産(反復流産を含む)の染色体転座保因者を着床前診断の適応として認める」ことに反対します。理由は以下の通りです。
- 無害な人間を意図的に破壊する権利を主張することは、だれにもできません(教皇庁教理省『生命のはじまりに関する教書』序文5)。
- ところで、万人に備わる理性に基づく自然法の原則は、受精の瞬間から人間の人格の尊厳が認められることを求め、その尊厳において、出生前と出生後の人間を区別しません。胎児また受精卵は、受精のときから一個の人格として取り扱われなければなりません。
- 胎児診断(したがって着床前診断)は、受精卵や胎児を傷つけることなくその生命を尊重し、個人としてのその保護や治療のために行われるのであれば、倫理的に許されますが、結果によっては中絶する意図をもって行うのであれば、道徳律に対する重大な背反となります(同1章2)。
- 使い捨ての生物学的材料として人間の受精卵を製造することも道徳に反します(同1章5)。したがって、着床前診断が「臨床研究」として行われる中で、体外受精によって作られ、研究材料とされた末、異常と判断された胚が多量に廃棄されることは、許されません。
- このように、着床前診断は、胚の廃棄を伴うという「倫理問題」(答申「要件」1.遺伝カウンセリング、3頁)をもつほかに、習慣流産に着床前診断を適応することの科学性にも疑問を感じざるをえません。答申自身が「習慣流産の染色体転座保因者に対する着床前診断の優位性は確立していない」(答申「要件」1.遺伝カウンセリング、3頁)ことを認めている通りです。不妊治療の真の解決は、遺伝子レベルでの不妊の原因の特定とその克服に求めるべきだと考えます。この点について、イタリアのローマ聖心カトリック大学医学部名誉教授のアンジェロ・セラ博士の以下の論文は示唆に富んでいます。A.
Serra, Deontologia medica e “procreazione medicalmente
assistita”, La Civiltà Cattolica 2004, II, 425-438.(邦訳「医師の職務倫理と「生殖補助医療」」、秋葉悦子『ヴァチカン・アカデミーの生命倫理』知泉書館2005年、165−180頁、特に176頁以下参照)
カトリック中央協議会広報部
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