教皇フランシスコ、2020年5月17日「アレルヤの祈り」でのことばと、ラウダ―ト・シ週間にあたっての呼びかけ

 

教皇フランシスコ、2020年5月17日「アレルヤの祈り」でのことばと、
ラウダ―ト・シ週間にあたっての呼びかけ

親愛なる兄弟姉妹の皆さん、

 五月には、多くの小教区でミサ中に初聖体拝領が行われるという伝統があります。しかし当然のことながら、新型コロナウイルス感染拡大のために、この信仰に満ちた喜ばしい機会は延期されます。ですからわたしは、初めて聖体を受けるはずだった子どもたちに、愛をこめて思いを伝えたいと思います。友である皆さん、この待っている時間を、祈りをささげ、イエスについての知識を深めるためにカテキズムを読み、善行と他者への奉仕のうちに成長することを通して、自分自身の準備を整えるときとして過ごしてください。頑張ってください。

 今日からラウダ―ト・シ週間が始まります。回勅『ラウダ―ト・シ』の発表五周年を記念するこの週間は、次の日曜日まで続きます。感染症が蔓延しているここ数カ月、わたしたちの共通の家を大切にすることの重要性がひとしお切実に感じられます。こうした状況において、すべての考察と共通の取り組みが、被造物を守るための積極的な姿勢を形成し促すために役立つよう願ってやみません。

(「アレルヤの祈り」後のことばからの抜粋)

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親愛なる兄弟姉妹の皆さん、こんにちは。

 今日の福音朗読(ヨハネ14・15-21参照)には、おきてを守ることと、聖霊の約束という二つのメッセージが示されています。

 イエスはおきてを守ることとご自身に対する愛を結びつけ、別れを告げる際にそのことを強調しておられます。「あなたがたは、わたしを愛しているならば、わたしのおきてを守る」(15節)。「わたしのおきてを受け入れ、それを守る人は、わたしを愛する者である」(21節)。イエスはわたしたちがご自分を愛するよう求めておられますが、その一方でこのように教えておられます。その愛はイエスへのあこがれや思いのみにとどまるのではありません。そうではなく、その愛は、イエスの道に、御父のみ旨に従いたいという意欲を求めます。このことは、互いに愛し合いなさいというイエスご自身からの命令――第一の愛のわざ――に要約されています。「わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合いなさい」(ヨハネ13・34)。イエスは「わたしがあなたがたを愛したように、わたしを愛しなさい」とは言わずに、「わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合いなさい」と言われました。イエスは見返りを求めずに愛してくださいます。イエスの愛は無償の愛です。決して見返りを求めません。そして、ご自分の無償の愛が、わたしたちの具体的な生き方となるよう望んでおられます。それこそがイエスのご意志です。

 イエスは、弟子たちがその道をたどれるよう助けるために、「別の弁護者」(16節)、「慰め主」を遣わしてくださるよう御父に祈ると約束します。「慰め主」であり「弁護者」であるそのかたこそが、わたしたちのもとに来られ、イエスのことばに耳を傾ける知性とそのことばに従う勇気を与えてくださる聖霊です。聖霊は、キリスト者の心に注がれる神の愛のたまものです。イエスが死んで復活した後にも、イエスを信じ、父と子と聖霊の名によって洗礼を受けた人には、イエスの愛が注がれます。聖霊は、それぞれのキリスト者が逆境や難局に見舞われても、喜んでいるときも、悲しんでいるときも、イエスの道にとどまりながら生きられるよう、彼らを導き、照らし、強めます。このことは人々が聖霊に従い、聖霊の力強い働きによってその心が慰められ、真理と愛に開かれてはじめて可能になります。

 聖霊は、わたしたちが過ちや罪を犯しても――だれもがそうです――、うちひしがれずに、イエスのことばの意味を把握し、十分にあかしできるようにしてくださいます。「あなたがたは、わたしを愛しているならば、わたしのおきてを守る」(15節)。そのおきては、わたしたちの不幸や不和を映し出す一種の鏡として与えられているのではありません。そうではなく、神のことばは、いのちのことばとして与えられています。神のことばは、人々の心と生き方を変えて新たにし、とがめるために裁くのではなく、慰めて最終的にはゆるしてくださいます。神のいつくしみはそのように働きます。みことばはわたしたちの足取りを照らす光です。それらは皆、聖霊の働きなのです!神は、わたしたちが自由な人となれるよう、愛したいと望み、愛することのできる人となれるよう、さらには生きることは、主がご自身を信じる人のうちで行った奇跡を告げ知らせるという一つの使命であることを理解する人となれるよう助けてくださいます。

 おとめマリアはみことばに耳を傾け、聖霊のたまものを受けるすべを知っておられる教会の模範です。わたしたちの心を温め、歩みを照らす聖霊に支えられているという気づきのうちに、喜びのうちに福音を生きられるよう、おとめマリアが助けてくださいますように。

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