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ケルンのはじまり
ケルンはおよそ2000年の歴史をもつ、ドイツ屈指の大都市です。古代ローマ帝国の植民地として「ケルン」(ラテン語で「植民地」Coloniaに由来)と呼ばれました。そのため、今なお近代的な高層ビル群のあいだに、ローマ時代の遺跡や中世以来の史跡が混在しているのが特徴です。
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聖地ケルン
ケルンのシンボル、ヨーロッパ最古の文化財のひとつ、そして私たちが「2005年ワールドユースデー ケルン大会」を開催するところが、ケルン大聖堂です。この大聖堂をいただくケルンの地には、ローマ人の支配のもとでキリスト教が伝来しました。紀元180年には、すでにキリスト教徒がいたようです。信者が集っていた場所に、聖母と聖ペトロに捧げた聖堂が建てられました。これがケルン大聖堂の起源です。785年、カール大帝によってケルンは大司教区になりました。その後、ケルンの大司教は神聖ローマ帝国の宰相をも兼務するようになり、強大な政治的権力が与えられました。以来ケルンは、エルサレム、ビザンツ、ローマと並んでキリスト教の一大聖地になり、「聖なるケルン」の異名をとりました。
ケルンは1164年にダッセル大司教が、東方の三博士の聖遺骨を持ち帰って以来、ヨーロッパ屈指の巡礼地になりました。この聖遺物のために「アルプス以北最大かつ特別な建造物」を作るべく、1248年の聖母被昇天の祝日(8月15日)、現在の大聖堂が着工されました。幅86m、長さ144m、高さ157mの巨大な聖堂の完成は、632年後の1880年でした。ゴシック様式に統一された数少ない建築物として1996年、ユネスコ世界文化遺産に指定されています。東方の三博士の聖遺物入れはその豪華さ、大きさにおいて並ぶもののない世界的文化財です。
祭壇の十字架はアルプス以北で最古(976)の大型彫刻です。世界最大のペトロの鐘、中世のステンドグラス、ドイツ最大の樫の木の聖歌隊席(1310)、ケルン派の画家ロホナーの三賢人礼拝の絵など、貴重な文化財が見られます。周囲には12の大きなロマネスク様式の聖堂が建ち並び、中世の宝が密集しているため、「北方のローマ」とも呼ばれます。
中世
中世、力のあったケルン市民は、1388年ヨーロッパ初の市立大学(ケルン大学)を設立しました。1475年には自由帝国都市となり、各種の見本市がひしめき、ハンザ同盟でも主要な役割を担うようになりました。
ナポレオン前後
1794年、ナポレオン率いるフランス革命軍に占領され、自由帝国都市「聖ケルン」は終焉を迎えます。大学や修道院は閉鎖され、大聖堂は1801年までフランス軍の兵営と化したのです。
1815年のウィーン会議後、ケルンは、プロイセン王国の支配下に置かれました。ドイツ・三大カーニバルのひとつ「ケルン・カーニバル」は、当時のプロイセンの権力を風刺し、揶揄する目的で生まれています。プロイセンの傘下で、ケルンの産業は、飛躍的に発展しました。
第二次大戦中、ケルンにはゲシュタポの本営が置かれ、空襲で市の90%以上が破壊され、大聖堂だけが奇跡的に残りました。80万人いた人口は4万人に減り、「世界最大の瓦礫の山」と報じられました。
ケルンの戦後
戦後の復興は東京と同様めざましく、アウトバーンや空港、鉄道網も完備し、ライン・ルール工業地帯の中心に現在2000万人以上が住んでいます 。隣接するオランダ・ベルギー・ルクセンブルクと合わせてEU総生産の40%以上を生み出し、ヨーロッパテレビ局やメディアがもっとも多い町でもあります。とももと産業が盛んであったケルンですが、電気と自動車産業はとくにめざましい発展を遂げ、戦後、ケルンとボンを結ぶ国内初のアウトバーンが建設さました。
現代のケルンは、ライン川両岸の遊歩道から一望できます。ロホナーの「バラ垣の中の聖母」で有名なヴァルラフ・リヒャルツ博物館、ルートヴィヒ博物館、オペラハウス、国際見本市会議場、国内最大の競技場ケルン・アリーナ、ドイツでもっとも集客力のある映画館マルティプレックス、政治・文学論を闘わせる多くのカフェやギャラリー、大学、動・植物園、等々数々の見所があります。
ケルンの美味と特産品
周囲には3000以上のレストランやビヤホールがあり、ケルンで醸造されたビール「ケルシュ」と名物の肴「ハルフェン・ハーン」(チーズとマスタードをのせたライ麦パン)や郷土料理「ライン風ザウアーブラーテン」(マリネにした牛肉の表面だけ焼いて蒸し煮にしたもの)などが好まれています。世界中の料理店が集まり、手に入らないものはありません。
またケルンは、オーデコロン(「ケルンの水」の意。ドイツ語で「ケルニッシュ・ヴァッサー」)の発祥地でもあり、緑と金のラベルの「4711」は、チョコレート博物館のチョコレートとともに、ケルン土産の定番となっています。いまと歴史的時間の混在するこの街を、ケルンっ子たちは誇りをもってこう表現します。「ケルンを見ずに、ドイツを語るなかれ。」
■ケルン教区と東京教区の友好関係
ケルン大司教区と東京大司教区のあいだには友好関係が結ばれ、2004年に50周年を迎えました。ケルン教区と東京教区の結びつきに関しては東京教区のHPをご覧下さい。http://www.tokyo.catholic.jp/top.htm
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