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カトリック鹿児島教区(鹿児島県)


司教館
892-0841 鹿児島県鹿児島市照国町13-42
TEL.099-226-5100 FAX.099-225-0440
教区事務局
892-0841 鹿児島県鹿児島市照国町13-42
TEL.099-226-5100 FAX.099-225-0440
司教座聖堂
ザビエル教会
892-0841 鹿児島県鹿児島市照国町13-42
TEL.099-222-3408 FAX.099-224-6156
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鹿児島司教 パウロ 郡山 健次郎

鹿児島司教 郡山健次郎 紋章拡大

司教略歴

1942年 8月20日 鹿児島県龍郷町に生まれる
1972年 3月20日 司祭叙階
2005年12月 3日 鹿児島教区司教に任命される
2006年 1月29日 司教叙階

司教紋章の説明

 「それでも 喜び・希望・感謝」
 標語の中で、鍵となる言葉は「それでも」です。背景の黒は、イエスを十字架にかけた人びとの心の闇、「光は暗闇の中で輝いている。暗闇は光を理解しなかった」(ヨハネ1・5)。
 上部の太陽と光は御父とその恵み。つばさは二羽の鳩。ノアの洪水終息を告げるオリーブの枝をくわえてきた鳩(創世8・11)と、イエスの洗礼のときに現れた聖霊の鳩(ルカ3・22)。
 世界は普遍的な平和からはほど遠く、いまなお闇に包まれています。それでも、力強く羽ばたこうとしている二羽の鳩。いずれも喜びと希望をもたらすものです。
 自分を不条理な死に追いやる人びと。それでも、十字架から逃げることなく、赦しの祈りをお捧げになった高邁な生きざまこそ主の生きた遺言。
 私の生き方の出発点は十字架の神秘。苦しみの中で到達する光による再生こそ、復活の喜び。その結果、未来にも人びとにも希望を抱くことができます。だから、最終的には「神様みんなありがとう」。

歴代教区長
  1. エジド・ロア(フランシスコ会) 1927−1936年
  2. パウロ山口愛次郎 1936−1940年
  3. フランシスコ出口一太郎 1940−1955年
  4. ヨセフ里脇浅次郎 1955−1968年
  5. パウロ糸永真一 1970−2006年
教区小史
 1927年3月18日、鹿児島、沖縄両県は長崎教区から分離され、鹿児島使徒座知牧区となった。カナダのフランシスコ会に委託され、知牧区長にはE.ロア師が任命された。同師は1936年に辞任、山口愛次郎師が使徒座任命管理者となった。山口師は翌年、長崎教区司教に就任したが、引き続き管理者を兼任、1940年に出口一太郎師がその任を引き継いだ。第2次世界大戦後、アメリカ合衆国の占領下に置かれた沖縄と奄美諸島は、1947年、ローマ教皇庁直轄の地域となった(奄美諸島は1953年12月25日、日本に復帰)。
 1955年2月25日、鹿児島使徒座知牧区は司教区に昇格、初代教区司教に里脇浅次郎師が任命され、同年5月3日、司教に叙階された。同年5月8日、奄美諸島は鹿児島教区に正式に移管された。1968年12月19日、里脇司教は長崎教区大司教に任命され、翌年3月16日に着座した。後任として1969年11月15日、糸永真一師が任命され、翌年1月18日、司教に叙階、着座。
 2005年12月3日、郡山健次郎師が司教に任命され、翌年1月29日、叙階、今日に至っている。


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