司教紋章の説明
神は、極めて良いものとして人間とそれを包む天地を創造されました(創世記1・31)。以来、神の祝福は世界に満ちており、私たちの住むこの東北の地も例外ではありません。特に自然は、人間が気付く前から豊かにあふれる神の祝福を四季折々に見せてくれますが、その象徴として私はぶなの木を思いました。
人間に対する恵みが溢れる中で(ヨハネ1・16)、私たちをさらに優れたものとするために、神の独り子は人間となり、その死(十字架)を通して復活のいのちを示されました。私たちが人間となられた神の独り子に従って歩み、神のいのちにあずかるためです。そのいのちを生きるために用意されている「いのちの糧」、神の言葉(聖書)とキリストのからだ(聖体)があります。それによって私たちは光であるキリストに結ばれます。
文字はラテン語で「光の子として」の意。「光の子として歩もう 何が主に喜ばれるかを吟味しながら」という、エフェソ書からの言葉です(5・8b,10)。8bの「光の子として歩みなさい」との聖パウロの勧めをいつも掲げて歩みたいと思います。それも聖書の言葉どおり、主に喜んでいただけるかどうかをいつも吟味しながら皆様と共に生きたいと希って、この言葉を選びました。
Ut filii lucis ambulamus, probantes quid sit beneplacitum Deo.
光の子として歩もう、何が主に喜ばれるかを吟味しながら。 |