教皇レオ十四世、2026年10月25日、「お告げの祈り」でのことば

2026年10月25日(日)、年間第30主日の正午に、教皇公邸書斎の窓から「お告げの祈り」を唱える前に述べたことば(原文イタリア語)。 「お告げの祈り」の後、イタリア語で次のように述べた。  親愛なる兄弟姉妹の皆様。   […]

2026年10月25日(日)、年間第30主日の正午に、教皇公邸書斎の窓から「お告げの祈り」を唱える前に述べたことば(原文イタリア語)。

「お告げの祈り」の後、イタリア語で次のように述べた。

 親愛なる兄弟姉妹の皆様。

 イエメン、とくにタイズ市の深刻な人道状況を懸念をもって見守っています。同市では人々が食料と水と医療支援の不足に苦しんでいます。敵対行為の終結と、イエメンとこの地域のすべての人に平和な生活を保障することを心から訴えます。

 先週の金曜日(10月23日)に、ヨルダンのハムードの聖ゲオルギオス正教会の信者に対するテロ攻撃で亡くなった人々、けがをした人々のために祈ることを約束します。諸宗教の平和的共存と尊重によって特徴づけられるこの教会共同体の人々とヨルダン全体に寄り添います。

 平和のためにともに祈り続けましょう。明後日の10月27日に教皇聖ヨハネ・パウロ二世が招集した世界平和祈禱集会40周年を記念してアッシジに集まる教会代表者や宗教指導者と霊的に心を一つにしたいと思います。戦争が死と破壊の種を蒔(ま)くだけでなく、世界を貧困化し、傷つけることが、今日、かつてないほど明らかになっています。主が対話と平和の選択へと人々を導いてくださいますように。

教皇庁広報部は10月23日、教皇が予定していた10月27日のアッシジでの世界平和祈禱集会40周年記念会議「武器のない平和、武器を取り除く平和」に、医師の助言に従って参加しないことになったと発表した。
イタリアでの夏時間はこの日午前3時に終了した。

 
 親愛なる兄弟姉妹の皆様。こんにちは。

 今日の福音(マタ22・34-40参照)の中で、主は再びわたしたちを信仰の中心へと導きます。ある律法学者がイエスを試すためにイエスに尋ねます。「律法の中で、どのおきてがもっとも重要でしょうか」(36節)。師であるかたは申命記の一節を引用して答えます。「心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くして、あなたの神である主を愛しなさい」(37節。申6・5参照)。キリストは神との関係の中心に愛の次元を置きます。実際、神が存在し、唯一、全能であることを知るだけでは不十分です。主はわたしたちと個人的な関係をもつことを求められます。唯一の真の神は、〈わたしたちの〉神となることを望まれるのです。

 神との出会いにおいて、愛のおきては義務でも強制でもありません。実際、わたしたちは「命令されて」愛することはできません。神への愛は人間の欲求が求めることです。この欲求は神との交わりにおいて満たされます。だから、わたしたちの愛は、つねにわたしたちに先立つ神の愛へのこたえとなるとき、初めて真正なものとなるのです。そこから、心と精神と思いという、人格全体をかかわらせることが必要となります。

 主は第一のおきてに第二のおきてを結びつけます。「隣人を自分のように愛しなさい」(マタ22・39)。この生活の規則は同じ源泉から生じます。だからそれは第一のおきてと同じようであると、イエスはいわれます。わたしたちは神との親密な関係によって、自分と隣人をキリストと同じまなざしをもって、キリストの視点に従って見ることができるようになります。こうしてわたしたちは利己主義に打ち勝ち、自己愛も愛のわざに変わります。わたしたちの存在は他者へと向かい、周囲の人へのたまものとなります。

 幼いイエスの聖テレジア(1873-97年)はこのことをよく理解していました。聖テレジアはこう述べます。「教会の肢体を動かしているのは愛だけであって、万一愛が消えるならば、使徒は福音をのべ伝えることをやめる〔……〕であろう」(Opere complete, Manoscritto B, 3v°, Roma 1997, 223[東京女子跣足カルメル会訳、伊従信子改訳、『幼いイエスの聖テレーズ自叙伝――その三つの原稿』ドン・ボスコ社、1996年、288-289頁]。実際、愛がなければ、わたしたちの信仰はその内容を失い、わたしたちの善業は道徳主義に成り下がり、わたしたちの希望はむなしいものとなります。

 愛する友人の皆様。真に神を愛するには、その愛が兄弟姉妹への愛としてあふれ出なければなりません。御子イエスにおいてわたしたちを最初に愛してくださった同じ御父の子でなければ、真に隣人を愛することはできません。

 この偉大なおきてを受け入れ、実践することができる新しい心を与えられる恵みを主に願い求めようではありませんか。無原罪のみ心において愛以外に何ももたないおとめマリアがわたしたちのために執り成してくださいますように。

PAGE TOP