教皇ベネディクト十六世の2005年11月13日の「お告げの祈り」のことば 第二バチカン公会議閉会40周年を前に

教皇ベネディクト十六世は、11月13日(日)正午に、教皇庁公邸書斎の窓から、サンピエトロ広場に集まった信者とともに「お告げの祈り」を行いました。以下は、祈りの前に教皇が述べたことばの全文の翻訳です(原文はイタリア語)。 […]

教皇ベネディクト十六世は、11月13日(日)正午に、教皇庁公邸書斎の窓から、サンピエトロ広場に集まった信者とともに「お告げの祈り」を行いました。以下は、祈りの前に教皇が述べたことばの全文の翻訳です(原文はイタリア語)。
この日、午前9時30分からサンピエトロ大聖堂で、教皇庁列聖省長官のホセ・サライバ・マルチンス枢機卿の司式により、以下の3名の列福式ミサが行われました。すなわち、司祭シャルル・ド・フーコー(1858-1916年)、聖なるみ顔の修道女会を創立した、マリア・ピア・マステナ(1881-1951年)、そして幼きイエスのテレジアのカルメル宣教修道女会を創立した、マリア・クロチフィッサ・クルチオ(1877-1957年)です。
また、演説の終わりに、教皇は、11月6日にイタリア北部のヴィチェンツァで列福された、エウロジア・ファブリス(1866-1932年)のことを思い起こしました。ファブリスは4歳から亡くなるまでヴィチェンツァ近郊の村マロラで暮らした女性です。両親の畑仕事を手伝うため、小学校には最初の2年間通っただけでしたが、聖書や信心書を読み、小教区の聖母信心会で熱心に活動しました。1885年、村の農家の母親が3人の娘を残して死に、娘たちの一人が母親の死後すぐに亡くなったため、遺児二人の世話をし、翌年、小教区司祭らの勧めでこの子どもたちの父親と結婚しました。その後9人の子どもを産み育て、後に3人の息子が司祭となりました。1930年に夫が死んだ後、フランシスコ会第三会に入りました。教皇ピオ十二世の意向を受け、教皇ヨハネ・パウロ二世は2003年7月7日にファブリスを尊者としました。


親愛なる兄弟姉妹の皆様。
 今朝、サンピエトロ大聖堂で、次の神のしもべたちが列福されました。司祭シャルル・ド・フーコー。聖なるみ顔の修道女会の創立者のマリア・ピア・マステナ。そして、幼きイエスのテレジアのカルメル宣教修道女会の創立者のマリア・クロチフィッサ・クルチオです。三人は数多くの福者の列に加えられました。ヨハネ・パウロ二世が教皇を務めた間、数多くの人々が、彼らの生きていた教会共同体の崇敬の対象として、福者とされました。それは、第二バチカン公会議がたいへん強調したことを念頭に置いて行われたものです。すなわち、洗礼を受けた者は皆、キリスト教生活の完成へと招かれているということです。司祭も修道者も信徒も、すべてそれぞれに固有のたまものと特別な召命に従って、この招きを与えられています。
 実際、第二バチカン公会議は、信徒の役割に特別な注意を払いました。公会議は、『教会憲章』の一つの章、すなわち第4章全体を用いて、信徒について述べ、その召命と使命を定義しています。信徒の召命と使命は、洗礼と堅信に基づき、「現世的なことがらに従事し、これらを神に従って秩序づけてゆくことによって神の国を追求する」(『教会憲章』31)よう方向づけられています。
 1965年11月18日、公会議教父たちは特別に『信徒使徒職に関する教令』を承認しました。この教令は「信徒の使徒職の実りがキリストとの生きた一致にかかっていること」(『信徒使徒職に関する教令』4)を何よりも強調しています。キリストとの生きた一致とは、典礼への積極的な参加によって養われ、福音に述べられた真福八端に基づく生き方によって表される、堅固な霊性です。
 さらに信徒にとってきわめて重要なのは、職業的な熟練、家庭の一員として、また市民としての感覚、そして社会的価値観です。信徒は個人として、それぞれの個人的なあかしを行います。とりわけ貴重なのは、教会の自由が妨げられているようなところで信徒が行うあかしです。けれども、公会議は、組織的な使徒職の重要性も強調しました。組織的な使徒職は、人々の共通な考え方と、社会的な条件、また諸制度に影響を及ぼすために必要だからです(『信徒使徒職に関する教令』18参照)。このことに関連して、公会議教父たちはさまざまな信徒団体を奨励し、また使徒職のためのそれらの団体の養成についても強調しました。わたしたちの敬愛するヨハネ・パウロ二世も、1987年の世界代表司教会議(シノドス)のテーマとして、信徒の召命と使命を扱うことを望み、シノドス後に使徒的勧告『信徒の召命と使命』を発布しました。
 最後に、先週の日曜日にヴィチェンツァ司教座聖堂で、ある家族の母親の、エウロジア・ファブリスが列福されたことを思い起こしたいと思います。「マンマ・ローザ」として知られるファブリスは、信徒の身分におけるキリスト教生活の模範です。すべての神の民を、すでに天の祖国にいるすべての人々と、すべての聖人、そして何よりも至聖なるマリアとその浄配ヨセフに委ねましょう。洗礼を受けたすべての人が、主のぶどう畑で働き、豊かな実りをもたらすように招かれていることに、いっそう気づくことができますように。

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