世界代表司教会議(シノドス)第15回通常総会 準備文書に対する日本カトリック司教協議会公式回答

「若者、信仰、そして召命の識別」をテーマに2018年10にバチカンで開催される第15回通常シノドス(世界代表司教会議)のために、2017年5月25日付で「準備文書」が発表され、司教協議会としての正式回答書の提出が求められ […]

「若者、信仰、そして召命の識別」をテーマに2018年10にバチカンで開催される第15回通常シノドス(世界代表司教会議)のために、2017年5月25日付で「準備文書」が発表され、司教協議会としての正式回答書の提出が求められていました。以下はその公式回答書です。

第15回通常シノドス「準備文書」に対する日本カトリック司教協議会の公式回答

2017年11月2日

Ⅰ.統計資料 日本

1.人口: 127,095,000人
(2015年 総務省統計局:「全国:年齢(5歳階級),男女別人口」及び「(参考表)全国人口の推移」)
  出生率(合計特殊出生率):1.45(2015年、厚生労働省大臣官房統計情報部「人口動態統計」
[参考人口:126,761,000人(2017年4月)]

2.若者(16-29歳)の人口および総人口に占める割合(総務省統計局)
  15~29歳=1849万人 割合 14.5%

3.カトリック信者人口および総人口に占める割合(2016年カトリック教会現勢)
  434,054人  0.34%

4.結婚平均年齢(近々5年、男女別)(厚生労働省)
*結婚

男性 女性
2011 30.7歳 29.0歳
2012 30.8歳 29.2歳
2013 30.9歳 29.3歳
2014 31.1歳 29.4歳
2015 31.1歳 29.4歳

*神学校に入る年齢(近々5年)

2013年度 26.3歳
2014年度 34.7歳
2015年度 30.2歳
2016年度 48.5歳
2017年度 34.4歳

奉献生活に入る年齢の統計は取っていないため、回答不可

5.学生、労働者(可能であれば職種を明記)、失業者(ニート)の総人口に占める割合
(「準備文書」の質問は16-29歳だが、日本の統計の都合上、15~34歳の数値、2017年)

非労働力人口(=通学・家事・若年無業者など) 33.2% (853万人)
 [同年の高校・高専・短大・大学の学生数…635万人]
就業者(=労働力人口ー完全失業者) 64.0% (1,643万人) 
 (なお、完全失業者は2.6%[68万人])
ニート(若年無業者) 2.1% (54万人)

総務省統計局「労働力調査(基本集計)平成29年(2017年)平均(速報)」
文部科学省「文部科学統計要覧(平成30年版)」


Ⅱ.状況を考察する

a) 若者、教会、社会
1. 教会は、どのような方法・手段で、若者の現実を把握していますか。

教区レベル
青年が集まれる継続した機会を作り、そこで出会う青年のつながりを利用し、情報を入手するよう努力している。SNSなども利用して日常的情報の把握をする場合もある。ただし日本は各教区差、地域差が激しいため、その教区の青少年担当者によりその状況把握の限界があり、情報量は大きく異なっている。年に2度開催の日本全国の青年の集まりは、現状を聞く良い機会となっている。

小教区レベル
日本社会の高齢化が進み、司祭は現場で多くの時間を高齢者司牧、病者への司牧に費やされている。また召命の減少により複数の教会司牧や委員会業務などの兼務が多く、会議で疲弊している現状がある。司祭も高齢化が進み、若者と関わることができる時間が減少し、世代間格差により若者に寄り添えない現状が各地で起こっている。青年担当司牧者を専従で置けない日本の現状においても、小教区で青少年に目を向けながら出会いの中で情報把握に努めている。また青少年の保護者、活動に協力している信徒、ミッションスクールとのつながり、キャンプや食事会などを通して青年の情報に触れる機会を司牧者は模索している。
教会に来ている青年を取り巻く社会状況が多様化している。例を挙げると、少子化による青年人口の減少、晩婚化により青年層が拡大し、年齢差の大きい青年団になる傾向があること、就業の困難さやワーキングプアの問題、転職や転勤により、若者が一定の場所に留まらない傾向、などである。そのため、青年団としての定期的な集まりを持つのが難しくなっている。
また、若い世代では堅信の秘跡を受けた後、親も子供も「教会の卒業」と思うようで、特に若い世代で教会離れが進行している。さらには学校のクラブ活動および塾の強化も拍車をかけている。一般的な若者の現状は、ニュースなどを通して把握しているが、実際に教会から離れた青少年に対しては、本人につながる手段を失ってしまっている。
日本において最近増えている若者は外国籍の青年である。特にベトナム人やフィリピン人の技能実習生の増加が目立つ。しかし、低賃金などの厳しい労働条件から、あるいは日本語習得の低さから、日本人の青年との交わりに参加する機会を失っている。一方、2世(ダブル)の青年が増え始めており、彼らのネットワークに期待がもたれる。
多くの司祭は、青少年の現状を把握することに努力をしているが、同時に困難さも感じている。彼らの情報手段の主軸はめまぐるしく変化し、それらを把握する専門的な担当者が少ない中、小教区・教区の枠組みを超えた青年同士のつながりから情報を得なければならなくなっているのが多くの状況であろう。

2. 今日の日本における若者にとって、人生を歩む上で起こりうる課題と、それらを乗り越えることができる機会はどのようなものがありますか。

忙しい若者
現代の青年は、済済的・時間的なゆとりを持つことができないほど忙殺されている。学生は、クラブ活動やアルバイト、就職活動に忙しく、また非正規雇用の若者も時間的にも経済的にも厳しい状況に置かれている。

コミュニケーションの困難さ
職場での人間関係で苦労している。一つにはコミュニケーションの取り方に課題があると思われる。そんな彼らの話を聞き、癒しの教会となるよう寄り添うことが大事である。社会に出ていく若者の成長段階で、良き人間関係の構築が必須である。癒しと養成の両面で若者を支え続ける場こそ教会の働きの一つでもあろう。しかし青年の減少はその機会も奪ってしまう。若者の絶対数の確保が緊急課題となる。
バーチャルを多く体験している若者は、直接的な家族的な交わり、社会的交わりが薄れてしまっている。そのため人間関係、人間同士のコミュニケーションが苦手となり、上下関係における上手な対話ができない青年が増えてきた。これは一般社会にとどまらず教会内においても見える現象である。そのため打たれ強さが芽生えず、年配の方や先輩からの言葉に対して、苦しみだけを内面に押しとどめてしまう。養成される前に引きこもりとなり、孤独となるケースも少なくない。

若者の独身、離婚
昨今の社会状況と同様、教会内においても、晩婚化や独身を望む傾向が進み、また早期離婚も増えている。現在の日本社会には、愛に包まれ、愛をはぐくむことの難しさがあるのだろう。子供を授かり家庭を築き生きていくための喜びが十分伝わっていないことにあるのかもしれない。

若者の自殺
世界に若者が羽ばたくグローバルな時代になったにもかかわらず、自殺者の数は減少していない。それだけ社会の中に若者を抑圧する何かがある。日本において自殺者が多い理由として、希望、絶望の中にあっても乗り越えていくための繋がり、寄り添うものを示すことができていない、ことがあげられる。現代社会の経済や雇用状況の悪化、愛や深い人間関係を築き難い状況、また福音を証し切れていない教会の力不足も要因になっている。

3. 教会組織の「中」で(例年行われているか否かにかかわらず)どのような若者の集まりが、大きな成功を収めていますか。それはなぜですか。
   
定期集会
地域差はあるが、小教区で集まることが困難な中、小教区を超えた定期的な集いは、青年たちの憩いと慰め、学びと祈りを思い起こす大切な場として機能している。一人で何かを始めることが苦手な青年にとって、ともに歩める仲間がいることは、次につながるスタート地点として大きな役割を担っている。少人数になっても集りが継続し、戻る場所が用意されていることは、教会から離れている青年にとって大事なことであり、その場は大切な家となっている。つまり、信仰者としてのアイデンティティーを見つめなおす場、青年リーダーとなるための養成の場、教会に戻るための大切な機会となっている。

ボランティア
小さな日本国内で起こる災害は、すぐに自分の生活に影響を与えるため、日本の教会の災害への反応は早い。そのときボランティアとして関わることで、は青年たちが一つの目的を通していろいろな人との出会いを体験する場となっている。そして自分が必要とされていること、自分が何かを成し遂げた充実感、誰かに寄り添う大切さを学ぶ大きな機会である。これを機会に教会に戻る青年、新たに教会のすばらしさに触れる被災者、そこで新たな人間関係が作られて考えさせられる自らの信仰は、青年たちに深い信仰と人間の成熟に向かわせるものとなるだろう。ただ大きな災害時のボランティアには興味を示すが、日常的な継続性が求められるボランティアには、深い関わりや忍耐強さが求められるため、若干関心は薄いかもしれない。

リーダー養成
青年たちがリーダーを務める子供たちのキャンプや研修会は、青年自身がイエスと出会い、仲間と出会い、子供の笑顔からたくさんの恵みを受ける場になっている。事前準備の際に行う信仰の振り返り、聖書の学び、愛の振り返りなど、近隣の仲間で集まり、継続的なリーダーミーティングを通して、子供たちとの関係を築き、仲間としての深い交わりを実現している。新たに次世代のリーダーを見つけることができれば、さらに素晴らしい機会となることだろう。

4. 教会組織の「外」で(例年行われているか否かにかかわらず)どのような若者の集まりが、大きな成功を収めていますか。それはなぜですか。

産業的イベント
現代の日本における商業的イベントはマーケティング戦略に基づき、若者の興味を引き、目的意識に合致し、また帰属感を満たすようなあらゆる工夫が凝らされている。また一体感を生みやすいスポーツや音楽のイベントにも若者を十分に惹きつけるための産業的アプローチが取られている。若者にとってのキーワードは、興味、明確な目的意識、帰属感、一体感であろう。カルトや新興宗教などはこれら商業的イベントを上手に利用し、彼らを引き込んでいく。知らずうちに導かれるほど巧みに利用している。一方日本のキリスト教でも、音楽やアニメなどを利用するとき、普段と違う集客力を発揮する。聖書や祈りという言葉の他に、商業的イベントで使われる音楽やアニメの利用も検討する余地があるだろう。

学生たちの課外活動
学生たちにとって重要な活動として学校における部活動がある。部活動は学生同士のつながりを作り、社会に出る前の学びの場となっている。その活動は学生が主体性を持ち選択できるためその帰属意識は強く、大会などに出場して充実感や達成感などを得やすい。課外活動のため、放課後、土曜、日曜、祝日に行われ、学校によっては、同窓会や保護者が力を入れて熱心に支援しているところもある。卒業後も、部活動で培った人間関係や精神的に得たものは、社会生活を送る上で大きな財産となる。部活動を行う中で培った人間関係の築き方は、就職活動を行う際にも評価を得ているため、学生たちにとって価値あるものと位置付けられている。

ボランティア
ボランティアは、目的を達成し、充実感を得るのに十分な活動として、若者にとって大切なものとなっている。教会外においても青年たちは積極的に参加する。そこには信仰がなくても人が集まり、自己肯定感を高め、人、地域、社会と接点を見出し、人間関係を構築する。国内の災害支援に留まらず、昨今のミッション校において海外支援についても力を入れている。この活動は社会学習、地理・歴史の学習とも結びつき、地球規模の人類の共存、隣人愛をはぐくむため、信者ではなくてもこの活動には多くの生徒が参加する。人の役に立つ喜びに触れることは万国共通なのだろう。

5.今日若者が、教会に真に求めている(内面・外面)のはどんなことですか。

癒しと安らぎ
青年全体を見た時、学校や社会における人間関係によって傷いたことが引き金になり、精神疾患、発達障害を持つ若者が増えている。学生は部活動、アルバイト、勉強に、社会人は、就職難による非正規雇用や低賃金のため不安定な生活をしながら、多忙を極めているのが現状である。それでも奉仕活動によって自分の存在意義を保ち、自立を目指して成長してきている若者は、同時に心のどこかで癒しと安らぎ、慰めを求めており、同じ思いを持つ仲間、場、時間を求めている。少しでも心を解放してもらい、社会に出ていこうとする。
 
集う場所・同伴者
かつてはそこに行けば誰かがいるという安心のもと教会が集う場所となっていた。しかし、教会の管理体制、司祭の減少などから満足に青年たちに教会を開放できなくなっている。と同時に共に歩む同伴者も疲弊し、十分に受け入れることが難しくなっている。また少子化に伴い青年数の減少、忙しさも相まって、皆が集う難しさが生じている。大都市でもその傾向が見受けられるが、地方ではなおその問題は如実に表れている。それでも誰かがいる場所、自分が肯定される場所を青年は求めている。
 
静かな時・空間・仲間 
社会のあわただしさの中で静かな時を持ち、自己を振り返り、神に心を向けようとする青年は少なくない。テゼなどの祈りの集いには多くの青年が参加する。若者は本物を見極める力を持っている。しかしそれ以上の外的力(一時の誘惑や周りの影響)が本物を見失わせてしまう。青年にとって何を行うにしても支え合いながら進む仲間が必要。そして、ともに作り上げていく同伴者が必要。教会は、若者が真に求めているものを提供できていない現実見据えながら、それを具体的に証ししていく必要がある。

霊的な指導
若者は同じ信仰を持つ青年を求めている。しかし成人になって洗礼を受けた青年と、幼児洗礼による青年ではモチベーションが違い、また知識、生活習慣、教会や祈りについて考え方や感じ方に違いがある。正しい信仰教育を青年に与える機会が少なく、霊的な指導も行われていない。青年も学びの場以外では、霊的な相談よりも人間関係の相談に終始してしまう。それらを霊的に指導する司牧者の力不足と時間の足りなさ、若者とのタイミングにずれが生じ、成果が得られない。若者は今を解決してほしいという欲求が強く、キリスト者として解決しようという霊的発心が少ない。教会に期待するのではなく、教会を自分にあわせて利用しているように見受けられる。

6. 今日若者が、小教区、地区、教区などの教会共同体で役割を担って活動するには、どんな参加の仕方や、可能性がありますか。

教会にいる青年・来る青年
小教区においては教会の高齢化に伴い、教会管理運営に青年の力が必要になってきている。もちろんともに教会を支えることは大切なことである。例えば典礼や侍者、教会学校、広報、その他諸々の委員会活動にも参加している青年も少なくないだろう。しかし、古い教会体質を持つところでは、大人の側からすると青年は労働力として、また便利屋として扱われてしまう。古くからいる青年は、教会内の人間関係により、「役割を担わされる」存在であり、「喜んで担う」という自由さがないため活動そのものを敬遠してしまう傾向がある。「教会に行けばわずらわしい役割を担わされる」と教会に足を向けず、日常の忙しさから日曜日は自分の好きな時間として活用するようになってしまっているケースも少なくない。その結果、途中から転入してくる青年、初めて教会を訪れる青年、成人洗礼を受けた青年に、教会の役割を負わせるケースが多い。昨今の傾向として、教会に初めて来る青年には、癒しや慰めを求めてくる心病んだ人が多い。教会のことよりも自分のことで精一杯の青年にとって、小教区において役割を担ってもらうのは非常に難しい面がある。一方、中子供たちとの触れ合いに、若者は大きな力を発揮している。青年たちは縦のつながりより横のつながり、上の世代より下の世代とつながる能力に長けているようだ。

組織を超えて
教会の青年人口が減少しているので、各小教区で活発な活動を繰り広げていくことは難しい。しかし小教区を超えた共同体、地区、教区、全国レベルで青年がつながったときに、彼らは大きな力を発揮する。同世代同士で集うことは、大人からの支援がない分、自分たちで主体的に行おうとする意思が働く。彼らに枠を設けると、かえってその活動を狭めてしまう。自主性を重んじることが何よりも大切であろう。彼らの力は計り知れないが、それは必ずしも信仰からの歩みではないことも多々ある(組織のための集まり・気休め・気晴らしの集まり等)。教会組織や信仰に基づく以前の問題のこともあるが、それでも集うことを通して何かが生み出されることを、同伴者は忍耐強く待つことが大切である。青年は成長段階の途中であること、若さゆえの隠れた純粋さを引き出すことを、司牧者や大人は忘れてはならないのだろう。

7. 教会に来ない若者(教会から離れた青年、まだ洗礼を受けていない青年)と、どのようにしてつながりを持つことができますか。また、つながりを持つことができる場所や機会があれば書いてください。

教会から離れた青年
友人や親、家族などの情報をもとに、再会を求め続けること。特にSNSを利用して繋がり続けることは大切なことであり、そのことによって戻る場所を用意する必要性がある。また結婚や葬儀など、また悩み苦しい時の憩いの場所として開かれた場を用意することで、戻る機会を用意する必要がある。定期的な集会、楽しいイベント、懐かしい仲間との再会は、戻ってくるためには大切なことであろう。

まだ洗礼を受けていない青年
教育現場、福祉現場、青年が参加しやすいボランティア活動を通して、青年とのつながりを見出すケースが多い。またインターネットが有効である。青年同士(恋愛も含む)が先に人間関係を築いた後、教会の行事に招くケースと、インターネットで興味ある集いに招くケースとに分かれるだろう。どちらにしても出会いの場や具体的な目的のある集いは、青年たちに参加する機会を与える。教会はそれらの活動を継続し、青年が訪れる機会を提供し続けることが求められる。ただし、必ずしも宗教に出会いたくて入ってくる若者ばかりでないため、すぐに信仰生活へ結びつかないことも念頭に入れ、忍耐強くかかわり、信仰の喜びに導いていけるよう支えていかなければならない。
  
イベントの必要性
インターネット、祈りの場、集いの場、楽しい場、学びの場、国際的な関わりなど多岐にわたる機会を提供し続けることで、青年がその時々の思いやタイミングで関わることができるよう準備が必要であろう。そしてそれは大人からではなく、若者同士で呼びかけられるようにすることで、より参加しやすいものとなっていくことだろう。

b) 若者のための召命司牧プログラム
8. 家族や小教区は、どのように若者の人生の選択(広い意味での召命)に関わっていますか。

日本の家庭内における若者の人生の選択において、進学や就職に関わることが優先されている。すなわち少しでもレベルの高い学校に入学することにより、有名で安定した企業に就職することが良いことであるという理解が一般的であり、また少しでもそれに近づけるよう様々な努力がなされている。カトリックの家庭においても、学教行事や就業先の予定が優先され、信仰教育や教会活動はそれほど重要視されていないのが一般的である。
多くの小教区では、若者たちへの人生選択や召命に関わる活動は、最近の若者の減少傾向から、それほど組織的なものとして存在しない。しかし若者から、聖職者、修道者、先輩の信徒などに相談をすることはよくあるようだ。また、堅信の秘跡受けたり、結婚式を教会で挙げたりする若者に対しては、カテキズムを教える貴重な機会として大切にしている。
また小教区では、神学生・志願者ともに減少傾向ではあるが、司祭・修道者への召命のための祈りをささげ、献金を行っている。

9. 小・中・高等学校、大学、その他教育機関は(ミッション校やコレジオなども含む)、召命の識別において、どのように若者の養成に貢献していますか。

ミッションスクールの教職員、生徒の中で信徒の数は少ない。その中でも若者対象に黙想会や静修、セミナーなどが企画されている。また、常駐する司祭や修道者の数が減少しているので、教職員の信徒が信仰教育を担当している。しかし現在の教育制度の下では、信仰養成が疎かになっている現状もあるようだ。そのような中である教区においては、教育機関の該当小教区の司祭がチャプレンとして着任する試みも行われている。以前はミッションスクールでの指導により学校で受洗し、経営する修道会に入会する信徒が多数いたが、現在はほとんどなくなった。それでも宗教科の授業や行事、体験学習、ボランティア活動などを通し、影響を受け、受洗を希望する若者もいる。また学校によっては、バザーなど教会の行事が行われる時に、会場提供など積極的に協力しているところもある。

10. デジタル世界が発展し、社会や文化に変化が生じてきています。それをどのように考えていますか。

様々な情報を手軽に得ることができ、また場所を選ばずにコミュニケーションがとれる手段として有用である。しかし、生まれたときには既にデジタル世界が発展した社会に育った若者に関しての懸念は、例えば偏った情報だけに操作されてしまうことや、不完全なコミュニケーションによる人間関係の問題などがあげられる。直接対話により、個人の倫理を育て、真偽を識別していけるような教育と配慮が必要である。またカルトなどの極端な思想や扇動するような情報から若者を守る必要もある。

11. ワールド・ユース・デーや他の国内外のイベントは、通常の司牧活動にどのように組み込まれていますか。

ワールド・ユース・デーに限ってみると、日本司教協議会からの宣伝により、ある程度小教区における知名度は上がってきている。しかし司牧者たちの関心によって青年への呼びかけが左右されるところもある。また参加した青年とそうでない青年の関心の度合いに開きがあるが、参加した青年の繋がりや呼びかけによって多少の広がりを見せている。またワールド・ユース・デーがきっかけとなって青年活動が盛り上がることもある。教区ごと、または教会管区ごとに参加者への準備や大会後の振り返りが行われています。青年を支援し大会に派遣している小教区もある。青年が少ない小教区や教区への呼びかけは課題となっている。

12. あなたの教区では、どのように若者のための召命司牧プログラムを計画していますか。

各教区によって様々なプログラムが実施され、また計画されている。青年のための錬成会、分かち合い、カテドラルでのミサ、ハイキング、巡礼など。また修道会主催の黙想会やキャンプなども各小教区に呼びかけられている。ただ参加者はきわめて救いないのが現状である。他に神学生の援助のための活動(一粒会など)の活動はほとんどの教区に存在し、祈りだけではなく物質的な援助も行っている。

c) 若者に寄り添う司牧従事者
13.聖職者や他の養成に携わる人は、どのくらいの時間を個人的霊的指導に使っていますか。またそれをどのような方法で行っていますか。

〈教区〉
教区司祭は、定期的な霊的指導を行っていない。しかし、不定期ではあるが個人的に行っている司祭もいる。また、教区養成担当司祭の中には、月に1回1時間の霊的同伴を行っている人もいる。

〈女子修道院〉
・修練者とは、月に2回、45~60分程度行い、月に2回行われるうちの1回は、会則・会憲に定められた項目に従っての振り返り。もう1回は自己の霊的状態などについての分かち合いが行われる。
・毎週1回1時間程度行い、毎日の意識の究明について行っている。
・志願者と1年ノビスは2週間に1回、2年ノビスは1週間に1回の割合で30分から1時間行う。
・修練院では、1週間に1回、約1時間霊的指導を行っている。必要に応じて別の時間をとり個人的霊的指導を行っている。
・月に1回、1時間から1時間半の霊的指導を行っている。
・日常の同伴とは別に、個人指導の9泊10日の「黙想会」を年に3回している。

14.若者の養成のための取り組み、計画、行事の中で、召命司牧にかかわる人々のために、制度化(年間計画に入っている等)されたものがありますか?

〈教区〉
・現在、堅信準備のためのカテキスタの養成に取り組んでいる。
・堅信勉強会のスタッフを養成し、カテキズムを教えるための養成の勉強会があり、信仰委員会などの教区組織のものがある。
・年に1度、カトリック召命チーム主催による「召命担当者の集い」が開かれ、日本における召命、司祭、修道者、信徒の召命の活性化を目指している。

<男子修道会>
・修道会主催の青年の集いを準備するにあたり、担当者の集いを年に数回実施している。

<女子修道院>
・修道会の管区に召命育成委員会があり、定期的に集いが計画されている。「いのりの集い」、「みこころの道」(テーマ別課題)は、それぞれ月一回の割合で管区の年間計画に入っている。各修道院主催の「祈りと分かちあい」は、年間行事として計画し行っている。
・日本女子修道会総長、管区長会養成委員会主催で、「養成担当者の研修会」が年に1度、4、5日間行われている。

15.神学校においてどのような個人指導(霊的指導を含む)が行われていますか。

神とキリストとの深い交わりに導き入れ、全生活を聖霊に従わせ、聖霊の恵みによって日々新たに生まれるために、神の言葉の忠実な黙想と典礼への行動的参加や小さな人々への愛の奉仕が行われるよう指導している。学期中には、神学生は院内の養成者あるいは養成協力司祭の中から一人を霊的同伴者として選び、2週間に1回程度30分から1時間の霊的同伴(霊的指導者)を行っている。また、希望者にはカウンセラーとの面談を行っている。

<男子修道会>
年に3回は義務として、それ以外は必要に応じていつでも行えることになっている。一緒に
いることや、普段の会話を大事にしている。

d)地域別の質問 アジア
a.日本において、カトリック以外で、若者を引き付けている他の宗教の集りは何ですか。なぜ、またどのような方法で、若者を引き付けているのでしょうか。

〈プロテスタント〉
ゴスペル関係のイベントや青年のための音楽を中心とし、遊び場、食事の場、放課後を過ごす 場所などを提供している。ボランティア活動なども行っている。また、キリスト者学生会は、約1,300人ほどの学生がかかわっているキリスト者の交わりで、大学、短大、専門学校、高専などの学内で聖書研究や祈り会の活動をするグループである。その目的は、学内伝道と、それを通じてキリスト者が成長することにある。ボランティア活動など様々な活動をしている。

〈新興宗教〉
大学内で勧誘活動をしている。若者たちが独自に分かち合いの場を定期的に持ち、自分たちが置かれている様々な状況を他の若者たちと共有している。単純な教義・価値観で一致の魅力を与えている。ご利益主義、洗脳、マインドコントロールの問題が指摘されている。(エホバの証人、原理統一、新天地、江原スピリチュアル、New Age、スパモン教、パワーストン、ファッション、パワースポット、八十八か所巡礼、幸福の科学、モルモン教など)

〈日本の伝統宗教〉
日本の伝統文化を体験できる寺社フェスティバルが開催され、来場者は延べ1万5千人に上った。仏教者らによる坐禅や精進料理のワークショップ、経典や宗教間対話をめぐる講演会、船上茶会、能や香道の体験講座、僧侶との対話コーナーや仏教的世界観に基づくボードゲームコーナー、脳科学者や修験者を交えたトークイベントから尼僧アイドルのコンサートまで、多彩なプログラムが催された。夏のお祭りや神社の行事に参加するなど、イベントとして楽しんでいる。また、健康のためにヨガや断食、御朱印収集、寺カフェ、写経カフェなども、流行っている。日常から離れた雰囲気と、女子に人気があるカフェと組み合わせることで、真新しい物が好きな若い子たちを惹きつけている。

b.世俗主義が優位を占める社会の中で、キリスト教の教えは、どのように日本文化の価値観と結びついていますか。

〈愛〉
「愛」に関しては、宗教や一般社会に関係なく、通じるものがある。また日本では昔から「人を大事にする心」、「慈しみ」、へりくだりの精神、隣人を大切にする心、もてなす心、社会的弱者に寄り添う心などを大事にしてきた。

〈自然神学〉
自然界の中、物の中にも神々が宿るという観点から、自然を敬うや心全てのものを大切にする心、全てのものが神からの贈り物、恵みとして捉える心がある。

〈武道・芸道〉
茶道、華道、弓道、柔道、剣道など「道」の価値感とキリスト教的価値感は結びつくのではないか。相手の立場を考える、おもてなしの心、物を大切にする、和をもって貴しとなす。

〈その他〉
キリスト教の教えと日本文化の価値観との直接的な結びつきをあまり感じることはないという意見も多くあった。

c. 若者のための司牧活動で、特にメディア、スポーツ、音楽などは、どのように有効活用されていますか。

〈メディア〉
・SNSを通して、一度に大勢に情報の共有を行うことで、集まりへの誘致や分かち合いに有効活用されている。
・インターネットラジオ・『カトラジ!』がYouTubeで配信されている。
HPを活用して、色々な行事や活動をインターネットに載せてよりたくさんの人が青年の活動を見ることができるようにしている。

〈スポーツ〉
スポーツ大会の開催。スポーツを一緒に行い、楽しむことで、分かち合いに似た効果がある。言語の違いに関係なく、集まることができるイベントの一つ。また洗礼を受けていない青年も参加し易い。定期的な徒歩巡礼の企画もある。その中から新しい召命が生まれ、生き生きとした信仰生活へと導かれるきっかけとなっている。

〈音楽〉
ミサでは、明るい聖歌や若者たちが好んで歌うプロテスタントの讃美歌を使ったり、テゼの祈りを使ったりしている。黙想会では、福音的なメッセージを持つポップソングの歌詞を元に分かち合いをしている。また教会関連イベントを行う場合は、テーマソングを青年が自分たちで作っている。青年主体のミサではギターやバンド形式で演奏されるような、若者向けの歌が好まれている。

Ⅲ.活動の分かち合い

1.あなたが現在置かれた状況において、同伴者と共に成長できるような霊的活動の機会をあげてください(あなたが青年と一緒に行っている、青年のための活動は何ですか)。

祈り
日本社会では会社や学校においては、宗教的要素が全くないため、日常生活の中で祈る機会がない。
そこで、月に一回程度の集まりで、テゼの祈りの会、霊操、黙想会などの祈りの活動を定期的に行っているところが多い。外国籍信徒も増えている中で、それらの青年たちと共に祈る場や機会を作っている取り組みもある。

学び
最近は子どものころから信仰教育をあまり受けていないこともあり、教会や修道院に集まった青年のために、聖書や教会公文書の勉強、カテキズム講座などを行っている。
定期的な集まりで、学びと共に分かち合いや食事など交わりの時間をとることも多い。また、
なるべく青年の信仰生活に役立つ教会の教えを簡単に話している会もある。

社会に目を向けた活動

教会の内部での活動だけでなく社会に目を向け、戦争を繰り返さないための平和学習やホームレスの夜回りなどを通じて、実際の社会の中での信仰の実践を目指し、愛と慈しみに満ちた信仰を育てていく取り組みが行われている。若者たちがそれまで関わったことのないような人々とコミュニケーションを取ることで、自分たちの今の生活が当たり前でないことを知り、感謝の気持ちも持つようになる。このような活動を継続することで、少しずつ社会の中で生かすことのできる信仰を身に着けてくれるよう努めている。

多文化共生
日本で生活している外国籍の信徒が多くなっているため、それらの青年と共に定期的に集まる活動も増えている。子どもの時に日本に来て、信仰教育をあまり受けていない青年もいるため、養成の支援をしている。また、日本からアジア各国へのエクスポージャーを通して、それぞれの国の状況を知り、交流を深める企画も実施されている。

2. 普遍教会と共有するために最も興味深く、適切であると思われる活動を、3つ選び、以下の形式に基づいて述べてください(それぞれの活動に1ページ以内)。

① 平和活動
 a) <説明>
数行で、大まかに活動について述べてください。誰が主役ですか。どこでどのように活動が行われていますか。

教区や小教区では、青年や子どもたちを対象に、戦争の悲劇を繰り返さないため、平和教育を行い、広島と長崎の被爆地への巡礼を毎夏計画している。

 b) <分析>
叙述形式でもよいので、重要な要素をよりよく理解できるよう、活動を評価してください。その目的は何ですか。理論的な根拠は何ですか。最も興味深い視点は何ですか。どのようにそれらを展開しますか。

巡礼や平和教育を通して、戦争や原爆の悲惨さを理解し、平和を築く者として成長することが目的である。ヨハネ・パウロ二世 広島『平和アピール』に励まされ、それに応えて日本の信徒は平和のために活動している。広島教区が開催する原爆記念日の平和行事に参加することも含め、8月4日~7日の間、青年リーダーが引率して、広島の原爆被災地を中心に巡礼を行う教区もある。
平和な日本に暮らす青少年に、平和について、考え、行動する機会を提供している。広島教区
の平和行事では、教区を超え、教派、宗教を超えて平和を祈願する行進、礼拝の機会があり、小教区を超えた教会を経験することができる。また、原爆の被災地を訪れ、被爆者の話を聞くなど、戦争の悲惨さを目の当たりにする経験が、平和について深く考える機会となっている。巡礼として、暑い時期に行動することで、物理的な困難も仲間とともに経験することも貴重な体験と思われる。教会共同体として行動する中で、分かち合い、助け合い、共に祈る機会が、子どもたちにも大きな気づきを与える機会となっている。巡礼後、教会での報告会などを行い、青年の活動の様子、平和へのメッセージを大人に届けることで、世代を超えた交流と平和への思いを共有する機会を作りだす活動も行っている。
広島巡礼に向けた準備の一環として、平和の大切さや原爆被害の酷さなどを学ぶ勉強会も行われている。戦時下での社会状況や原爆被害者の苦しみなどを知り、再び戦争を繰り返さないようにする重要性と平和の尊さを学ぶ。広島教区では、日本各地の教会から集まる巡礼者の受け入れとサポート活動を続けている。その際も、多くの青年がスタッフとして参加している。

c) <評価>
その活動の最終目標は何ですか。もし達成されない場合の後の展開はどうしますか。なぜ達成されないとなるのでしょうか。その長所と短所は何ですか。社会的、文化的、そして教会のレベルにおける影響はどのようなものと考えますか。その活動はどのような意味で重要、若しくは啓発的なものですか。

青少年が平和の大切さを心に刻み、再び戦争による過ちを犯さないよう、二度と核兵器使用に
よる悲劇を繰り返さないような社会となることを目指す。行事に参加してし、世界に平和をアピールし続けることに貢献し、世界に平和がもたらされることを目指す。巡礼を体験した青少年が平和に貢献する人に育っていくことが最終目標である。世界の教会においても被爆国としての日本のできる事を考える良い機会となる。被爆国として、平和のメッセージを発信する良い機会としても貴重なものとなっている。ただし、平和運動は、特定の政治的活動や特定のイデオロギーに偏らないよう、教会活動としてふさわしいものとし、信徒だけではなく市民の団体などと協力しながら、日本社会に向けても平和の意味を訴える働きが大切になる。

② 海外支援・海外交流
a) <説明>
アジア諸国への海外エクスポージャーによって、学びと体験を通して、世界(特に発展途上国)から多くの気づきを受け、連帯を体感することを目的としている。また、経済的に苦境にあるアジア諸国への支援や、地域の人々との交流によってともに喜びを分かち合う活動を継続的に行っている。
 
b) <分析>
学びと体験を通して、世界(特に発展途上国)から多くの気づきを受け、連帯を体感することを目的としている。仕事や学校の都合により、長期間時間を取ることが難しい中、参加者にとっては大きな学びの機会となっている。不便で日本と大きく違う体験が、人間の成長に大きな影響を与えている。同じアジアに住む隣人との連帯と共存の必要性を深く理解する。特に島国である日本において、隣国との出会いは必須である。日本が忘れている素朴さや生活貧富の差などを知り、また日本の過去の戦争における責任についても、学び、被害者・加害者を受け入れるためには、大きなヒントとなるので積極的に進めることは重要である。豊かさとは何か、「無い」というものの中に見出す福音的視点に気づかされる。修道会の活動を母体として、若者たちの善意と発意とともに誕生し、若い人たちの情熱と使命感に維持され発足した海外でのボランティア活動もある。海外の派遣先でのボランティア活動を第一の目的とし、派遣された参加者が、この体験や人との出会い、交流を通して、それぞれ自分の中に新しい気づきを見出し、自分自身が磨かれる。アジアの国などと姉妹教区となり、継続的に祈りや献金を行い、青年たちも相互に訪問するなど、交流を深めている教区もある。日本教会全体の取り組みとして、日韓学生交流会が行われていた。一番近い隣国でありながら、過去の植民地支配などのため隔たりが残っている日本と韓国で、学生の交流を続けて来た。両国間で歴史教育・歴史認識が異なるため、大きな驚きの体験も多い。相互理解を目指し、共に祈りながら継続してきた。

c) <評価>
多くの国に、多くの若者が関わり、気づき、振り返り、その体験が将来の社会での働き(個の召命)に反映されることを目標としている。経済的面、時間的な面の都合が教会活動よりも、個人の生活使われることが優先されている。大切であることは解っているのだが、それを許さない状況がある。教会全体の動きがその波にのまれている以上、それにあらがうのではなく、その中でできることを模索することが重要となる。ボランティア活動で得た宝を、これから出会う人々に分けてさらに大きなものとしていくことで、他者の隣人となり、社会に貢献していく良き社会人となる育成を志している。

③ 教区をこえた青年の活動
a) <説明>
青年たちが集うイベントとして、情報交換と交流を目的としているネットワークミーティング (NWM)など、教区を超えた集いが行われている。NWMは、カトリックの青年、青年の活動を支えている信徒・修道者・司祭が自由に集い、今かかえている問題や信仰のこと等わかちあい、交流する場である。また、いろいろな地域で多様な活動をしている青年と出会い情報交換をする場でもある。

b) <分析>
カトリック中央協議会の青少年委員会が解散するに伴い、全国規模での青年司牧は行われなくなった。それを受けて、司祭・修道者と青年が一緒に話し合い考えていくことができる会を目指し話し合いを重ねた。その結果、青年や青年にかかわって活動している人たちが自由に話し合い、交流ができる場「ネットワークミーティング」と、会を責任をもって支えていく場「カトリック青年連絡協議会」とを分けることが決定された。
「カトリック青年連絡協議会」は、賛同する教区によって支えられおり、カトリック青年連絡協議会の運営委員会開催に合わせてNWMの場を提供している。
運営委員会の開催地がNWMの会場となる。運営委員会においてNWM実行委員会を立ち上げ、開
催地の青年と運営委員会のメンバーが協力して開催する。NWM終了後は、そこで交換されたことや問題点を、これから青年のためにどう生すか検討し、新しい動きを支援する。

c) <評価>
NWMは、参加者の情報交換と交流を目的とし、さらには開催した地域の青年たちが活性化し、教会活動が盛んになることを目標としている。現在では、NWMは年二回開催され、開催地域の青年が多数スタッフとして準備に携わり、毎回百人規模の参加者を集めている。賛同教区以外の教区や多くの修道会からの参加者も増えている。各地で行われている活動の情報交換も行われており、全国各地の青年同士のつながりが生まれ、NWM以外での青年の交流も継続している。開催地域では、普段教会での活動に参加していない青年も準備に関わるなど、活発化しているところもある。日本の教会内でも、だんだんと知られるようになり、各所から好意的な評価も受けている。ただし、基本的に情報交換と交流を目的としているため、祈りや霊的な部分での配慮が不足しているなどの指摘もある。開催地域で一時的に青年たちが盛り上がっても、開催終了とともに燃え尽きてしまい、その後の青年活動の活性化にはつながっていないこともある。日本各地で開催されるため、交通費を払える経済的余裕がある人など限定された青年でなければ参加できないのでは、外国籍信徒が参加しにくいのでは、という疑問も提起されている。

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