教皇レオ十四世、2026年9月25日、行政当局者、市民社会、外交使節団へのあいさつ

2026年9月25日(金)のフランス司牧訪問の第1日、午前11時(日本時間同日午後6時)からフランス共和国大統領官邸のエリゼ宮殿でエマニュエル・マクロン大統領を表敬訪問した後、午後0時20分(日本時間午後7時20分)から […]

2026年9月25日(金)のフランス司牧訪問の第1日、午前11時(日本時間同日午後6時)からフランス共和国大統領官邸のエリゼ宮殿でエマニュエル・マクロン大統領を表敬訪問した後、午後0時20分(日本時間午後7時20分)から祝宴の間における行政・宗教当局者、経済界、市民社会、文化界、外交使節団の代表者との会見で行ったあいさつ(原文フランス語)。

 (エマニュエル・マクロン)大統領
 行政当局者と外交使節団の皆様
 ご列席の皆様。

 今日皆様とご一緒できることをたいへんうれしく存じます。(エマニュエル・マクロン)大統領に対し、フランス訪問を招請くださったことを特別に感謝申し上げます。先ほど温かい歓迎のごあいさつを賜りましたことにあらためて御礼申し上げます。大統領を通して、この豊かな文化的・宗教的遺産をもつ国に暮らすすべてのかたがたにごあいさつ申し上げます。この国を構成する多様な出自をもつ人々は、民主的生活を活気づけ、共生の精神を豊かなものにしています。大統領とご列席の皆様。フランスがいつも教皇の祈りの中心にあることをお約束します。教皇はノルマンディーとベアルン地方の家族のルーツを忘れません。

 わたしのフランス訪問は「光の都」として知られる首都パリから始まります。フランスは何世紀にわたってヨーロッパのみならず世界の文化、芸術、精神の灯台として輝いてきました。名門校、大学、アカデミーといった真理の探求の重要な拠点をもつフランスは、国境を越えて人々の知性の形成に貢献してきました。偉大なカトリック信者でもある多くの卓越したフランスの知識人は、科学、芸術、文学、哲学が「世を生かすために」(ヨハ6・51)善・美・真理の探求へと向かうとき、いかに人類の幸福に貢献しうるかを示しています。

 フランスの専門技術は多くの分野において卓越性の代名詞となっています。それはパリのノートルダム大聖堂の大規模な修復プロジェクトにおいてとくに顕著に示されました。このプロジェクトには当初から多くの民間機関と公的機関が参加しました。特別にご配慮くださった(マクロン)大統領に感謝申し上げます。プロジェクトにご参加くださった職人と専門家の皆様にも感謝申し上げます。大聖堂が礼拝のため、また全世界からの訪問者のために最近再開されたことは、技術的な偉業の達成であるだけでなく、新たな希望の象徴でもあります。それは、完全に破壊されたと思われたものが互いの協力によって再生できることの証拠であり、共同の努力によって実現された一致のあかしです。このようなすばらしい成果が、フランスの政治、社会、宗教の指導者を、力強く生き生きとした希望により一致の精神をもってうむことなく働くように力づけてくれますように。

 フランスは豊かなキリスト教的伝統をもつ国です。聖イレネオ(130/40-200年頃)とクローヴィス(フランス王位481-511年)の洗礼以来、フランスの精神はキリスト教から精神的、文化的、知的、芸術的、宣教的な才能を引き出しながら発展してきました。この才能は今日でも世界中に光を放っています。16世紀のフランスでは、ギリシア・ローマの遺産とキリスト教信仰を統合することを目指すヒューマニズムが開花しました。ルネサンス、偉大な世紀(17世紀)の優れた思想家に啓蒙思想家が続くことにより、フランスは世界に真の発展をもたらしました。たとえば、人間の人格の本性に記された人権、とくに信教の自由の認識です。すべての人間の人格に内在する尊厳に対する絶えざる関心は、フランスの標語にもこだましています。自由、平等、博愛は、公共建築物の前面に刻まれたことばにすぎないものではなく、福音のメッセージの中にも尽きることのないインスピレーションと充足の源泉を見いだす普遍的な倫理的要求を示します。

 このパリで宣言された『世界人権宣言』(1948年)――フランスの法学者でノーベル平和賞受賞者のルネ・カサン(1887-1976年)がその起草において主導的な役割を果たしました――は、人間の人格の不可侵の尊厳の認識を広めることを目指しました。この文書を「人類の道徳的発展の歩みにおける真の里程標」とみなした教皇聖ヨハネ・パウロ二世(位1978-2005年)は、次のように自覚していました。「物質的なものの領域においてであれ、精神的なものの領域においてであれ、人権に対するあらゆる脅威は等しく平和にとって危険なものです。なぜなら、それはつねに人間全体にかかわるものだからです」(1)。

 人間の尊厳と、人間本性に由来する基本的権利と自由の尊重の問題は、あらゆる時代に生じるとともに、社会の進化と技術の進歩に伴わなければなりません。実際、「技術の発展は、何世紀にもわたって人類の生活条件の改善に著しく寄与してきました。同時に、進歩のあらゆる段階において、善へと方向づけられない場合に害悪をもたらしうるという、道具としての両義的な側面も示されてきました」(教皇レオ十四世回勅『人間の偉大さ――AIの時代における人格の擁護(2026年5月15日)』4[Magnifica Humanitas])。ジョルジュ・ベルナノス(1888-1948年)はすでに彼の時代において、無分別な従順と無責任が人を「機械の楽園」の主人とする危険を認識していました。ベルナノスは、この危険を回避するために、フランス文明が反対に、自らの行動に完全な責任を負う自由な人間の形成のために何世紀にわたって努力してきたことを強調しました(2)。

 そのためわたしは、最初の回勅の中で、あらゆる考察の中心に人間の人格をあらためて据えるために、人工知能というテーマを取り上げることが不可欠であると考えました。わたしたちの日常生活に侵入し、それを規定する「機械の楽園」の中で人間性を失わずにいるために、道徳的な善を見極めうる倫理的識別を行う精神を養成することが緊急に必要です。このことは、人間の内的自由と神聖な尊厳を無条件に尊重しながら、人間が本来の召命に従って成長することを可能にする、真の善を認識するために不可欠です。このことに関連して、次のことをあらためて述べたいと思います。「真に自由な社会は、権威主義的傾向を防ぎ、社会組織を豊かにする倫理的対話を推進することを通じて、画一性を強制せず、むしろ良心の多様性を守ることを強調します」(教皇レオ十四世「在バチカン外交使節団への新年のあいさつ(2026年1月9日)」)。このような対話は、フランスの今日の状況においてこれまでに増して緊急に必要とされています。そこでは異なる文化的・宗教的出自をもつ人々が共生し、社会の構築に貢献するように求められているからです。

 フランスが多様性への配慮と力強い連帯への望みによって際立ってきたのは、まさにその豊かな社会構造のおかげです。フランスのカトリック教会は、自らの人間性と福音の価値観を忠実に守った人々の輝かしい働きを通して、もっとも貧しい人々の幸福のためにたえず努力し、神の優しさとあわれみを生き生きと示してきました。

 聖ヴィンセンシオ・ア・パウロ(1581-1660年)の活動、17世紀の愛のわざの刷新、そして苦しみのうちにある脆弱な兄弟姉妹に同伴する介護者が働く現代の数多くのカトリック施設のことを考えてください。彼らのケアと奉仕のあかしは、気遣いの偉大さを学ぶための目に見える人間性の学びやであり、一人ひとりの人間の独自でかけがえのない価値への力強い呼びかけです。それは新たな兄弟愛への招きでもあります。兄弟愛は、いのちを無条件に受け入れ、脆弱さを優しさで支え、人生のあらゆる段階に尊重と相互の信頼をもって同伴すること、そして、声を上げることができない人、十分な支援を受けていないと感じている人を勇気とあわれみをもって擁護することを学ばせます。だからこそわたしは「生存権を守ることが他のすべての人権の不可欠な土台であることをあらためて強調する」(教皇レオ十四世「在バチカン外交使節団への新年のあいさつ(2026年1月9日)」)のです。

 今日、科学がわたしたちのすべての苦しみに解決と慰めを与えてくれることを期待する誘惑が存在します。それはしばしば幻想に陥る危険があります。科学技術が良心によって照らされていないとき、人々の望みや苦痛にこたえるかのように思われる即効的な解決をもたらすかもしれませんが、実際には、人々が心から切望する善から深刻なしかたで逸脱させるおそれがあります。

 科学技術を営利目的のために悪用し、遺伝子操作、代理懐胎、臓器売買、あるいは自殺幇助を促進するおそれがある現代の社会情勢をわたしは懸念を持って見守っています。相互の尊重とすべての人間のいのちの保護は、わたしたち一人ひとりの、またすべての人の責務であることを忘れてはなりません。この責務は精神と心の回心から始まります。そしてそれは兄弟姉妹に対する真摯で無私の献身を必要とします。

 どうしてこのような取り組みの中に地上の国の真のライシテの表現を見いださずにいられるでしょうか。公共生活にかかわり、信仰に照らされた良心の光に従って行動するキリスト者は、強制改宗者ないし国家の統一の脅威とみなされるべきではありません。実際、「真のライシテは宗教的次元を排除せず、むしろ反対にそれを教育的資源として活用することが可能です」(教皇レオ十四世「イタリア・カトリック宗教家教師全国会議参加者へのあいさつ(2026年4月25日)」)。

 まさにこれが、フランスのような国家の教育状況においてカトリック学校が正当な位置を占める理由です。「これは、学校や社会におけるあらゆる対話にとって不可欠な、より広範な態度の一部をなすものです。それは、尊重と開かれた心をもって他者と出会えるために自己を知り、また愛することです」(同)。 

 それゆえ、真のライシテとは、公共の空間や教育の場から宗教を排除することのうちにあるのではなく、「世を生かすために」、国家と宗教機関が対話し合い、共通善への奉仕のために力を合わせられるようにすることのうちにあります。このことに関連して、わたしは、聖座とフランスのカトリック教会とフランス政府が対話フォーラムの枠組みの中で行っている活動を評価します。実際、カトリック教会がその豊かな表現と機関を通してうむことなく行っている活動が社会全体の幸福にとって貴重で称賛に値するものであることは、間違いありません。このような協力関係は、第二バチカン公会議が再確認した健全な補完性をきわめて幸いなしかたで示すものです。すなわち、「政治共同体と教会は〔……〕名目こそ違え、同じ人々の個人的・社会的召命に奉仕する。両者が時と場所をよくわきまえ、互いに健全に協力し合うならば、すべての人の福祉のため、この奉仕をより効果的に実行できるであろう」(第二バチカン公会議『現代世界憲章』76[Gaudium et spes])。

 わたしはまた、出自にかかわりなくすべての人にともに奉仕したいというこの同じ望みが、フランスとカトリック教会の中東のキリスト者への奉仕に関する協力を数世紀にわたって促してきたことを喜びをもって指摘します。〈苦しみのうちにある教会への援助〉(Aide à l’Église en Détresse)や〈東方活動〉(Œuvre d’Orient)などのさまざまな組織と連携しながら中東諸国で行われている教育、社会、文化、人道支援活動は、人々の対話とすべての人の権利の擁護のために貴重な貢献をしています。

 これは、文化と信仰が、人類の平和と交流に奉仕するために異なる民族と宗教の調和を促進する支柱となることを雄弁に語るあかしです。とくに教育は特別に重要な役割を担っています。教育は主要な協力分野の一つであり、とくに〈中東学校基金〉(Fonds pour les écoles d’Orient)を通じて具体的な実り豊かな表現を見いだしています。このことに関連して、わたしは、2021年の設立以来、レバノンの7つの大学とベツレヘム大学を含む、中東の260以上の教育機関を支援することを可能にしたこのプロジェクトにかかわったすべてのかたがたに感謝を表したいと思います。

 しかし、2000年前に平和の君がお生まれになった世界のこの地域について語るとき、どうして紛争の影響と戦争の惨禍によって苦しむすべての人のことを思わずにいられるでしょうか。人間の尊厳を傷つけ、神に正義を求めて叫ぶこの苦しむ人々を前にして、無関心のままでいることはできません。この深刻な状況は、わたしたちがどこにいようとも、一人ひとりに真の心の回心と態度の変化を訴え、促します。わたしたちが互いに必要とし合うことを謙虚に認めることは、複雑でますます相互に依存する現代世界の中心で愛の文明を築くように協力するために役立ちます(教皇レオ十四世回勅『人間の偉大さ――AIの時代における人格の擁護(2026年5月15日)』182[Magnifica Humanitas]参照)。同時に、わたしの前任者である教皇聖ヨハネ二十三世(位1958-63年)が当時述べたとおり、「正義、英知、そして人間の尊厳の尊重のためには、軍備競争に終止符が打たれること、既成の軍備が同時かつ平衡的に縮小されること、核兵器が禁止されること、そして最後に、有効な監視を伴っての軍備全廃達成が切実に要求されます」(教皇聖ヨハネ二十三世回勅『パーチェム・イン・テリス――地上の平和(1963年4月11日)』112[Pacem in terris])。実際、核兵器の保有が安全を保障するという誤った信念がますます広まり、新たな制御困難な軍拡競争を煽っています(教皇レオ十四世回勅『人間の偉大さ――AIの時代における人格の擁護(2026年5月15日)』194[Magnifica Humanitas]参照)。しかし、平和は武力の均衡ではなく、対話と正義によって日々築かれるものです。

 それゆえわたしは皆様に促します。戦争を「不可避な」ものと考える物の見方に屈することなく、個人と集団の尊厳と権利を尊重する平和な社会を維持するために、対話と外交をたゆまずに促進してください。戦争の兆候と現代世界を揺るがすさまざまな危機を前にして、フランスは平和と多国間主義のうむことのない責任者であり続ける使命を帯びています。フランスが、自らの価値観を忠実に守り、武器のない平和、武器を取り除く平和の畝(うね)を耕し、平和のためのかけがえのない貢献を責任をもって果たしてくださるように願います。皆様の自由がますます共通善を追求してくださいますように。皆様の博愛が全人類を抱き留めますように。皆様が待ち望む平等が、個人の違いを消し去ることによってではなく、社会全体の利益のために違いを調和的に花開かせることによって、つねに正義と愛の基盤の上に築かれますように。

 (マクロン)大統領とご列席の皆様。この会見をもつことができたことをあらためて感謝申し上げたいと思います。(マクロン)大統領が2018年にフランス司教団に語られた、わたしたち一人ひとりにとっても意義深いことばを用いるなら、この会見は次のことを強調するものです。「地上の問題に関心をもたないと主張する教会は、その使命を果たしているといえません。教会とカトリック信者に関心をもたないと主張する共和国大統領は、その責務を果たしているといえません」(3)。皆様のすばらしい国のために心から祈ることを約束します。

 神が「世を生かすために」フランスに平和と一致と繁栄を与えてくださいますように。この願いを、フランスの守護聖人である幸いなるおとめマリアの母としての執り成しにゆだねます。

 神がフランスとすべてのフランス国民を祝福してくださいますように。

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