教皇レオ十四世、2026年11月4日、一般謁見演説 連続講話「第二バチカン公会議の諸文書」 Ⅳ.『現代世界憲章』(Gaudium et spes) 8.信仰と社会・政治・経済生活(『現代世界憲章』53-62)(聖書朗読箇所:一ペト2・12-13、17)

 

教皇レオ十四世、2026年11月4日、一般謁見演説
連続講話「第二バチカン公会議の諸文書」

Ⅳ.『現代世界憲章』(Gaudium et spes)
8.信仰と社会・政治・経済生活(『現代世界憲章』53-62)(聖書朗読箇所:一ペト2・12-13、17)

2026年11月4日(水)午前10時(日本時間同日午後6時)からサンピエトロ広場で行った一般謁見演説(原文イタリア語)。
講話の後、イタリア語で次のように述べた。

 今週の土曜日の11月7日、二つの列福式が行われます、アンティグア・グアテマラでは、1983年に信仰への憎悪によって殺害されたフランシスコ会司祭のアウグスト・ラファエル・ラミレス・モナステリオ(1937-83年)が列福されます。スペインのサンタンデールでは、教区司祭のフランシスコ・ゴンサレス・デ・コルドバ(1888-1936年)が79人の同志とともに列福されます。これらの人々は20世紀のスペインでの迫害期にキリストへの愛のゆえに自らの血を流すことを恐れませんでした。これらの新しい福者は主の友の「数えきれないほどの大群衆」(黙7・9)のモザイク画を目に見えるものとしてくれます。

 明後日(11月6日)からウルグアイ、アルゼンチン、ペルーへの使徒的訪問を開始します。主がこの愛する国々での宣教を祝福してくださるように、皆様の祈りによる同伴をお願いします。

 
 兄弟姉妹の皆様。おはようございます。ようこそおいでくださいました。

 社会的次元は、人間本性の本質的な部分であるだけでなく、神の子の受肉によって与えられた貴重な遺産である、キリスト・イエスへのわたしたちの信仰の本質的な部分でもあります。『現代世界憲章』(Gaudium et spes)は、経済・社会生活をテーマとする、第二部の第三章と第四章でこのことを思い起こさせます。これらの領域でもキリスト教信仰は識別の基準を提供します。

 公会議教父は何よりもまず、被造物を尊重しない不平等な経済発展と関連する不均衡から生じる世界平和への危険を強調します(『現代世界憲章』63参照)。この先見性のある見解は、残念ながら20世紀の終わりに確認され、今日あらためて明らかになっています。『現代世界憲章』が警告するとおり、この軌道を修正するには、技術の発展だけでは不十分です。「経済・社会生活において多くの改革が必要であり、すべての人がその考え方と態度を変えていく必要がある」(同)のです。

 そのため『現代世界憲章』は経済発展に関するキリスト教の考え方の要約を示します。経済発展はつねに人間に奉仕し、人間の管理下に置かれなければなりません(『現代世界憲章』64-65参照)。後に教皇聖パウロ六世が回勅『ポプロールム・プログレッシオ(1967年)』(Populorum progressio)の中心に据えることになる全人的発展の概念がすでにここにはっきりと示されます。さらに、もっとも弱い立場にある社会的グループや移住者に対する差別を撤廃する取り組みへの呼びかけはこれまでにまして現代的な意味をもっています(『現代世界憲章』66参照)。

 経済の中心は労働です。人間は労働を通じて人格として成長し、家族の必要にこたえ、自らの才能を表現し、社会生活に参加し、神の創造のわざに協力しながらよりよい世界を築きます。労働を、個人と共通善と被造物を傷つけるゆがんだものにしてはなりません。真の課題はすべての人に自分の能力を発揮できる機会を与えることです。失業、搾取、健康といのちそのものを危険にさらす労働条件を容認することはできません(『現代世界憲章』67参照)。労働者は、自らの活動に関する決定に参加する権利と義務をもちます。それには組合活動のかたちで、対話や非暴力的な行動によって紛争を解決することも含まれます(同68参照)。

 このことと関連して、公会議は社会的教導職の根本原理の一つである地上の財貨が万人のためにあることを思い起こさせ(『現代世界憲章』69参照)、それを金融分野に適用します。『現代世界憲章』はこう述べます。「このような投資と経済政策を決定する人は皆――個人、団体、公権の別を問わず――〔……〕一方では、個人にも共同体全体にも相応な生活に必要なものが提供されるように配慮し、他方、将来を見通して個人および集団の現在の消費の必要と、未来の世代のための投資の必要との間に正しい均衡をとるようにしなければならない」(『現代世界憲章』70)。

 『現代世界憲章』は次いで政治共同体について論じ、現代におけるさまざまな積極的なしるしを評価します。とりわけ評価されるのは、「人間の尊厳についての自覚が強まるにつれ、〔……〕人権を公共生活においてよりよく擁護する、政治的・法的秩序を確立しようとする努力が世界のさまざまな地域に生じる」(『現代世界憲章』73)ことです。

 政治共同体は共通善のために存在します。共通善とは「個人、家庭、団体がそれぞれの自己実現をより十全に、より容易に達成しうるような社会生活の諸条件の総体」(『現代世界憲章』74)です。公権の行使はつねに共通善を目指さなければなりません。公権は地域的・歴史的状況に従って構築され機能しますが、つねに全人類家族の利益を念頭に置かなければなりません(同参照)。

 『現代世界憲章』は次のことをあらためて強調します。「政治共同体と教会はそれぞれの分野において互いに独立し、自律している。しかし両者は、名目こそ違え、同じ人々の個人的・社会的召命に奉仕する。両者が時と場所をよくわきまえ、互いに健全に協力し合うならば、すべての人の福祉のため、この奉仕をより効果的に実行できるであろう」(『現代世界憲章』76)。

 愛する友人の皆様。これらの基準に従って経済と政治に取り組むことが、平和を築くための方法です。教皇フランシスコが述べたとおり、「戦争は、政治の失敗、人間性の欠如であり、悪しき勢力に対する恥ずべき降伏、敗北なのです」(教皇フランシスコ回勅『兄弟の皆さん(2020年10月3日)』261[Fratelli tutti])。反対に、不正に苦しむ人々の傷をいやそうと努める政治は、人類の未来のための希望の基盤となります。

 そのためわたしは若者の皆様に対して、この分野ですばらしいあかしを行った人々の模範に倣うように励まします。そして、キリスト教共同体に向けて、教会の社会教説の教育をあらためて見直してくださるように勧めます。

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