1993年「世界広報の日」教皇メッセージ

1993年「世界広報の日」教皇メッセージ 「文化と良心を形成するビデオカセットとオーディオカセット」 親愛なる兄弟姉妹の皆様へ  コミュニケーション・メディアについての司牧指針『新しい時代』が出版されて1年が経ち、指針が […]

1993年「世界広報の日」教皇メッセージ
「文化と良心を形成するビデオカセットとオーディオカセット」

親愛なる兄弟姉妹の皆様へ

 コミュニケーション・メディアについての司牧指針『新しい時代』が出版されて1年が経ち、指針が示した現代世界へのヴィジョンと様々な社会状況に対する実践的な意図を思い起こすように、再びあなたがた全てに求めます。教会は現代生活の至るところの重要な状況の進歩によって引き起こされた前例のない多くの変革を無視できません。現代のコミュニケーション技術の進歩が、神とその民に奉仕するための機会であることを認識する知恵を私たち皆に与えられますように。同時にこの進歩によって必然的に提起された挑戦をも認めましょう。

 司牧指針『新しい時代』が私たちに示唆したように、「人類のコミュニケーションの広汎な拡張が至る所で深く文化に影響しています」(『新しい時代』1)。現代の様々なコミュニケーションによって生まれた「新しい文化」は全ての人々、特に若い世代を魅了しています。そして「新しい文化」自体、「新しい言語や新しい技術や新しい心理学による新しいコミュニケーションの手段」(『救い主の使命』3 7参照)によって生まれた技術的進歩の結実に多くを負うものと言えるのです。神の御言葉を宣べ伝える永遠の使命を遂行している今日、教会はこの新しい文化を福音化し、その文化の言葉で変わることない福音の真実を表現するための限りない挑戦に直面しています。すべての信徒がこの進歩に影響を受けているので、私たちは変化し続ける状況に適応し、神の栄光とその創造の賜物のための効果的で責任あるコミュニケーション•メディアの使い方を発見するように求められています。

 私は昨年の世界広報の日のメッセージで、この毎年の機会が、話すこと、聴くこと見ることによって私たち相互のコミュニケーションを可能にする神から与えられた賜物を祝う日であると述べました。今年の広報の日のテーマは特に2つの「新しい」メディアに焦点をあてました。その新奇な方法によってたいへん感度の良いもの、すなわちオーディオカセットとビデオカセットです。

 オーディオカセットとビデオカセットは、私たちが音と映像の無数のプログラムを手軽に利用でき、そしてたやすく交換できるようにしてくれました。教育番組、娯楽番組ばかりではなく、ニュースや情報のより完全な理解のため、あるいは美と芸術を鑑賞するためにです。神の道具として理解されるべきこの新しいメディアは、人間の知性と工夫によってわたしたちが自由に使えるようになりました。すべての神の賜物と同様に、このメディアはよい目的のために使われるべきであり、個人と共同体が事実を理解するための知識を増し、感性においても品位を保つように助力するものであるべきです。オーディオカセットとビデオカセットは個人が文化的、社会的そして宗教的領域において進歩するのを促進する強力な力を持っています。キリストのメッセージが完全な真理であり価値があることを宣ベるための基本である人々の証しと取って代えるわけにはいきませんが、信仰を伝えるために多大な貢献をし得るのです。

 カセットや他の型式で音楽や映像番組の制作に専門的に携わっている方々が、現代のコミュニケーションによって生まれた新しい文化の中にキリストのメッセージを陰に陽に表現する必要を熟慮していただきたいと思います(『新しい時代』11参照)。このためには、「教会の活動がコミュニケーションの世界と共鳴した存在」(同上参照)に自然になった結果ばかりでなく、コミュニケーション・メディアに係わるスタッフ一人一人との正確な関わり会いの結果として起こることを望まねばなりません。創られたメディア作品の影響と感化する力が正当に評価されている専門家は、その作品が常に実際的な文化形成に効果を与えるので、より倫理的な質を作品に盛り込むように配慮します。彼らはどこにでもある安易な利潤の魅惑に反対し、人の弱さを食いものにし、良心を傷つけ、人間の尊厳を侮辱するような制作への参加を固く断ります。

 オーディオカセットやビデオカセットのようなメディアを利用する視聴者が、単なる消費者として見なされてはならないことはなおさら重要なことです。人々は、制作者や販売者によって公開され提供されたメディアに反応を示すことによって、テーマの明確な意図と描かれている倫理的傾向を知ることができます。特に社会の基礎的集団である家庭は、生活の中でメディアの環境にたいへん影響されます。したがって両親は、広報の手段を批判的に使うようになれるように家族を教育する重大な義務があります。この仕事が重要であることを特に若い両親に教える必要があります。信仰教育のプログラムは子供たちと青年にメディア本来の責任ある使い方を教える必要を見落としてはなりません。

 世界広報の日にあたり、私はコミュニケーション・メディアを通して人類家族に奉仕するように専門家の男女すベて、そして世界各地で活動している国際的なカトリックメディア機関のすべてのメンバーに心から望みます。彼らは、観客であるメディア消費者の膨大な全体に対して重大な責任を負っています。万能の神の賜物があなたがたすべてに注がれますように。

1993年1月24日
サレジオの聖フランシスコの祝日に
   バチカンから
教皇ヨハネ・パウロ二世

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