1997年「世界広報の日」教皇メッセージ

1997年「世界広報の日」教皇メッセージ 「伝えよう-道・真理・いのちのイエスを」 兄弟姉妹のみなさん  今世紀も終わりに近づいた今、社会的コミュニケーション手段は、かつてな かったほど発展しています。私たちは、コミュニ […]

1997年「世界広報の日」教皇メッセージ
「伝えよう-道・真理・いのちのイエスを」

兄弟姉妹のみなさん

 今世紀も終わりに近づいた今、社会的コミュニケーション手段は、かつてな かったほど発展しています。私たちは、コミュニケーションの新しい技術が広が りをもつことにより、これらのメディアが人々の生活にさらに影響を及ぼしてい ることにも気づいています。

 この進歩の恩恵をこうむっている人々は、選択するものが増えれば増えるほ ど、責任をもって選び取ることがますます困難になってきていることを体験して います。事実、メディアをとおしてくるサウンドやイメージから目や耳を守るこ とはますます困難です。とくに、両親がわが子を有害なメッセージから守ること は困難です。また、子供たちの年齢と感受性と人間関係にふさわしい方法でこの 世界の出来事を学ぶことを保証することは難しく、正誤の感覚を育てることはさ らに困難です。

 私たちは、情報と表現の新しい手段の利益を受けている人々と、今はまだこ れらの手段にアクセスしていない人々との間のギャップが、不公平と差別をよぶ 原因とならないように希望しています。

 明らかに減少しているのは、宗教的・精神的な事柄を扱ったメディアの作品 の割合であり、道徳的によりよく生きるよう人々を励まし、向上させる番組の割 合です。メディアが人々の生活における宗教の生きた役割に無知であったり、宗 教的信条に常に否定的で冷淡な扱いをする時、マスメディアの影響はよいものだ と楽観的であり続けることはできません。伝統的なマスメディアに、まだキリス トのための場があるのでしょうか。私たちは、新しいメディアにキリストのため の場を要求しているのでしょうか。

 カトリック教会では、1997年は紀元2000年の大聖年を準備する3年間の最初 の年として、聖霊によって人になった神のみことば・キリストについて思い起こ すために捧げられています(『紀元2000年の到来』30項参照)。ですから、「世 界広報の日」のテーマ「伝えよう – 道・真理・いのちのキリストを」(ヨハネ 14 ・6参照)はふさわしいものです。

 このテーマはコミュニケーション・メディアがイエス・キリストにおける救 いのよい便りを知らせるために特別な貢献や仲介の機会を教会に提供するもので す。それはまた、コミュニケーションの専門家が、宗教的テーマや価値、とくに キリスト教的テーマと価値がいかにメディアの作品をより豊かなものにし、メデ ィアに従事している人々の生活を豊かなものにしているかについてよく考える機 会を提供するものです。

 現代のメディアは社会に対してだけではなく、家庭、若者、児童、幼児にま で語りかけています。メディアが指し示している「道」とは何でしょうか。メデ ィアが提案している「真理」とは何でしょうか。メディアが提供している「いの ち」とは何でしょうか。これはキリスト者だけではなく、善意のすべての人々に 関係していることです。

 キリストの「道」は、神の子として、また、同じ人間家族の兄弟姉妹として の高潔で実り豊かな平和な「いのち」の道です。キリストの「真理」は、神が創 造された世界の中だけではなく、聖書をとおしても、またとくに、神の子・人と なられたみことば・イエス・キリストによって私たちにご自身を表された神の永 遠の真理です。そして、キリストの「いのち」は、恵みのいのちです。この恵み は、神のいのちを被造物に分け与える無償の恵みであり、キリストの愛のうちに 永遠に生きるために私たちに与えられている神の無償の恵みなのです。キリスト 者がこのことを真に確信した時、いのちは変えられるのです。この変容は、確か で人を動かさずにはおかないような個人的なあかしの結果だけではなく、迅速で 効果的なコミュニケーション、比喩的に言えば、分かち合うことによって増大す る生きた信仰のコミュニケーションによる結果でもあるのです。

 キリストの御名をいただくすべての人が、この同じ確信を分かち合っている ということを知ることは慰めです。それぞれの教会や教会的共同体のコミュニケ ーション活動に十分敬意を払いつつ、キリスト者同士がきたるべき大聖年を祝う 準備として、メディアでお互いに緊密な協力ができれば、重要なエキュメニカル な働きとなることでしょう(『紀元2000年の到来』41項参照)。すべてのことは 、聖年が目指している第一のこと、すなわち信仰とキリスト者のあかしの強化に 焦点を当てたものでなければなりません(同上 42 項参照)。

 救い主の生誕2000年記念を準備することは、いわば、聖霊がこの時代に、それ ぞれの教会に語りかけていることを翻訳する鍵となるものです(同上 23 項参照 )。マスメディアはキリスト教共同体に、あまねく世界にこの恵みを宣べ伝え、 説明するという重要な役割を持っています。

 「道・真理・いのち」であるこの同じイエスは、また「世の光」でもあります 。私たちの道を照らす光、私たちに真理を悟らせてくれる光、この世と来世の超 自然のいのちを私たちに与えてくださる神の子の光です。

 イエス・キリストの生誕2000年の記念に、私たちが彼にささげることができる 最上の贈り物は、キリスト者の生きた模範によるあかしによってだけではなく、 道・真理・いのちのキリストを伝えるメディアによって、世界中のすべての人に よい便りを知らせることでしょう。これが、いのちと真理の源(ヨハネ 5・26、10 ・10、28 参照)・イエス・キリストが唯一のお方であることを告白するすべての 人の目的であり、献身の動機でありますように。また、社会的コミュニケーショ ンの広大で影響力のある世界で、権利と責任をもって働く人々の目的であり、献 身の動機でありますように。

1997年1月24日
   バチカンにて
教皇ヨハネ・パウロ二世

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