1998年「第35回 世界召命祈願日」教皇メッセージ

“霊”と花嫁とが言う。「来てください」(黙示録22・17)

1998年「第35回 世界召命祈願日」教皇メッセージ
“霊”と花嫁とが言う。「来てください」(黙示録22・17)

尊敬する司教の皆さん
愛する世界の兄弟姉妹の皆さん
 紀元2000年の大聖年準備の途上にある今年、「世界召命祈願の日」は聖霊の「 光輝く雲」のもとで行われます。聖霊は、教会の中でつねに働き、教会の使命を 完成させるために必要な奉仕職と霊のたまものをもって教会を豊かにします。

1.イエスは、….“霊”に導かれて荒れ野に行かれた(マタイ4・1)

 イエスの生涯は、最初から最後まですべて聖霊の働きのもとにありました。 聖霊は、まず初めに、人のことばでは説明できない受肉の秘義のうちにおとめマ リアを包みます。ヨルダン川では、「イエスが御父の最愛の子であること」をあ かしし、イエスを荒れ野へと導きます。ナザレの会堂では、イエスが自ら「主の 霊がわたしの上におられる」(ルカ4・18)と証言されます。イエスは、ご自分 がいつも弟子たちの間に生きているしるしとして、この同じ霊を弟子たちに送り 続けることを約束されます。十字架上では、ご自分の霊を御父に返し(ヨハネ19 ・30 参照)、復活の夜明けには、新しい契約を結ばれます。そして最後に、 イエスは五旬祭(聖霊降臨)の日に、最初の共同体の信仰を固めるため、その上 に聖霊を注ぎ、彼らを世界にお遣わしになりました。

 それ以来、キリストの神秘体である教会は、同じ霊の息吹に突き動かされ、 神のことばの光で歴史を照らしながら、また、イエスのわき腹から流れ出る生き た水の川で人々の心といのちを清めながら(ヨハネ7・37-39参照)、時代の小 道を歩み続けています。 このように教会は、「父と子と聖霊の一致によって集 められた民」(聖チプリアノ、De Domenica Oratione,23:CCL3/A,105)となり 、「父なる神が御子イエス・キリストをとおして呼ばれる人々を宣教のために聖 別する聖霊の神秘の保管者」(教皇ヨハネ・パウロ二世使徒的勧告『現代の司祭 養成』35)となって、自己の召命を実現していきます。

2.あなたがたは….生ける神の霊によって….
  人の心の板に書きつけられた 手紙です(二コリント3・3)

 教会の洗礼をもって、あらゆるキリスト者は、「キリスト・イエスによって いのちをもたらす霊の法則」(ローマ8・2)のもとに、新しいいのちを生きる ようになります。また、霊の導きに従って神と兄弟姉妹と対話することにより、 自己の召命が格別に偉大であることを悟るようになります。

 世界召命祈願の日」は、神の聖なる霊が、洗礼を受けた人の心と生命に、愛と 恵みのご計画を描いておられることを知らせる絶好の機会です。このご計画だけ が、人間の存在に十全的な意味を与えることができるのです。霊は、キリスト者 を神の子の自由に導き、また、正義と真理の道における人類の進歩に、独自でか けがえのない貢献をすることができるようにします。

 わたしはどこから来たのか、そしてどこへ行くのか。わたしは何者なのか。 人生の目的は何なのか。自分の時間はどう使うべきなのか。霊は、このような人 間の心の重大な問題に誠実に向き合うよう助けるだけでなく、これに対する勇気 ある回答への道を開きます。一人ひとりの男女が、神の思いのうちに、また、人 類の歴史のうちに、自分の場があることを発見するのは、新しい召命の出発点と なります。

3.“霊”と花嫁とが言う。「来てください」(黙示録22・17)

 黙示録のこのことばは、聖霊と教会がいのちの通う関係で結ばれていること を思いめぐらすよう招きます。この関係から、さまざまな召命が生まれます。そ してまた、同じ黙示録のこのことばは、多くのキリスト者の共同体が聖霊降臨の 日に生まれたものであることを思い起こさせます。この共同体は、多種多様のた まものをもちながら一致し、渇いている人々によい便りをもたらすために遣わさ れています。

 召命は神からのものであるということが真実なら、召命に関する対話が教会 をとおして行われるということもまた真実です。救いをもたらすために百人隊長 コルネリウスの家に行くようペトロに命じ(使徒言行録10・19参照) 、また、「 バルナバとサウロをわたしのために選び出しなさい。わたしが前もって二人に決 めておいた仕事に当たらせるために」(同13 ・2)と告げた霊の力は、いまだ に衰えていません。福音は「ただことばだけによらず、力と聖霊」(一テサロニ ケ1・5参照)によって、絶えず宣べ伝えられています。

聖霊と、その神秘的花嫁である教会は、いまもなお多くの男女に向かって「来 なさい」と、繰り返し呼びかけています。 来なさい。あなたをご自分のいのち に参与させたいと望んでおられるキリスト・受肉されたみことばに出会うために 。

 来なさい。障害を乗り越え、遅れずに神の招きにこたえるために。

 来て、神が人類とともに織り上げていく愛の歴史を見なさい。神は、あなた と一緒に愛の歴史を織っていきたいと望んでおられます。

 来て、受けたゆるしと与えたゆるしの喜びを味わいなさい。神と人間、また 人間同士の間にあった分裂の壁は壊されました。罪がゆるされ、いのちの宴がす べての人のために用意されています。

みことばの力に引かれ、秘跡をとおして成長し、そして、「わたしはここにい ます」と言う人たちは幸いです。この人たちは、欺くことのない希望に強められ て、全面的に、また徹底的に神に従う道を歩んでいます。というのも、「わたし たちに与えられた聖霊によって、神の愛がわたしたちの心に注がれているからで す」(ローマ5・5)。

4.たまものにはいろいろありますが、
   それをお与えになるのは同じ霊です(一コリント12・4)

 霊のたまものや奉仕職、そしてさまざまな形の奉献生活は、洗礼によって新 たに生まれ、みことばと秘跡によって成長する新しいいのちのうちに養われるの です。霊における新しい召命の誕生は、キリスト者の共同体が主のみ前に生きて いるときに可能です。それは、共同体が、あつい信仰と祈りの雰囲気を保ち、霊 のさまざまなたまものに対する尊敬と一致をあかしし、陥りやすい利己主義を克 服して神の国のために自分のすべてを差し出す宣教への情熱をもっていることを 前提とします。

 一つ一つの部分教会は、すべての信者の心に主がお与えになる霊のたまもの の成長を支えるために働くよう招かれています。とはいえ、この召命祈願日には 、特別に司祭職への召命と奉献生活への召命に注目したいと思います。というの も、この二つの召命は、教会のいのちと使命の完成の上で、基本的な役割をもっ ているからです。

 イエスは、十字架上で御父にご自分を奉献することにより、ご自分の弟子た ちを「祭司の王国、聖なる国民」(出エジプト19・6)、「神に喜ばれる霊的な いけにえをささげるための霊的な家、聖なる祭司」(一ペトロ2・5参照)とさ れました。イエスは、新しい契約における普遍的祭司職に奉仕させるため12人 をお選びになりました。それは、「彼らを自分のそばに置くため、また、派遣し て宣教させ、悪霊を追い出す権能をもたせるため」(マルコ3・14-15 )でし た。今日キリストは、司教たちや司祭たちをとおして救いのわざを続けておられ ます。彼らは、「教会の中で、教会のために、・・・頭であり牧者であるイエス ・キリストを、秘跡的に示します。キリストのことばを権威をもって宣言し、・ ・・・キリストのゆるしのわざと救いの犠牲のわざを繰り返し」(『現代の司祭 養成』15)ます。

 そしてまた、「奉献生活は、歴史を通じて聖霊によって呼び起こされ、今日 の教会においても非常に多様な姿で存在しています。このことを、聖霊への感謝 のうちに思い起こさずにいられるでしょうか。これらの形態は、たくさんの枝を もつ一本の木にたとえることができます。この木は福音に根ざし、教会生活のあ らゆる時節に豊かな実りをもたらします」(教皇ヨハネ・パウロ二世使徒的勧告 『奉献生活』5)。奉献生活は、教会の使命を決める大切な要素として、教会の 中心に位置づけられています。それは、奉献生活がキリスト者としての召命の本 性を表しており、また、ただ一人の花婿に結ばれようとする花嫁である教会の緊 張感を表しているからです。

 これらの召命は、あらゆる時代に必要なものですが、今日、大きな矛盾をは らむ世界、生命にかかわる各種の根本的な選択から神を除外したいとの誘惑にと らわれた世界にあって、よりいっそう必要となっています。次の福音のことばが 思い出されます。「収穫は多いが、働き手が少ない。だから、収穫のために働き 手を送ってくださるように、収穫の主に願いなさい」(マタイ9・37-38。ルカ10 ・2参照)。教会は、主の命令に従い「収穫の主」に、信頼と希望をこめて毎 日祈っています。ただ主だけが、働き手を集め、派遣することができることを認 めているからです。

 毎年行われるこの「世界召命祈願の日」が、信者たちの心に司祭職と奉献生活 への新しい召命を得るための熱烈な祈りを促す日となり、また、すべての人、と くに両親と信仰の教師には、召命を促進するための責任感を新たにする日となる よう切に願っています。

5.あなたがたの抱いている希望について説明しなさい
  (Ⅰペトロ3・15参照)

 愛する司教の皆さん。まずあなたがたに、そして司祭、助祭、奉献生活の会 の皆さんに呼びかけます。「すべての人にすべて」となるよう皆さんの一人ひと りを動かしている霊的および人間的情熱について、あきることなくあかしを立て てください。その情熱によって、キリストの愛が、できるだけ多くの人にゆきわ たるようになるためです。

 社会のあらゆる構成員と、ふさわしい関係を築いてください。霊が皆さんの 共同体に起こす奉仕職への召命とカリスマへの召命を、補い合いと協力の心で大 切にしてください。一人ひとりのキリスト者が成長し、十分に成熟することがで きるよう働いてください。若い人たちが、福音に奉仕している皆さんを見るとき 、司祭職あるいは奉献生活を選んでキリストに全生涯をささげることの魅力を感 じ取ることができますように。

 既婚者の皆さん。皆さんは、結婚への召命の深い意味について、いつでも説 明できるよう備えていてください。家庭内の調和、信仰と祈りの精神、キリスト 教的徳の実践、他者、中でも貧しい人々に開かれていること、教会生活への参加 、落ちついて日々の困難に立ち向かう強さなどは、子どもたちの召命が成熟して いくのにふさわしい土壌を造ります。婚姻の秘跡の恵みに支えられ、「家庭教会 」として理解されている家庭は、愛の文明のための常設の研修所です。ここで若 い人々は、自由にまた誠実に自己を明け渡すことによってのみ人生は充実するの だということを学ぶことができるのです。

 教師、カテキスタ、司牧担当者、そのほか教育に携わっておられる皆さん。 重要で骨の折れる皆さんの奉仕は、霊のわざに協力するものであることを意識し てください。若い人たちの歩みを妨げるものから、彼らの心と知恵を解き放つよ う助けてください。人間として、キリスト者としての成長に伴う絶え間ない緊張 の中で、自己の最善を尽くすよう彼らを励ましてください。彼らの感受性を、み ことばの光と力で養ってください。そうすれば、彼らも主に招かれるとき、教会 と世界の善のために自己の召命にこたえることができるでしょう。

 今年は、紀元2000年の大聖年を迎える準備の中心に聖霊があります。その準 備の歩みは、特別に堅信の秘跡に注目するよう招いています。ですから、この時 期に堅信の秘跡を受ける皆さんに話したいと思います。愛する若者の皆さん、堅 信式の初めに司教は次のように言うでしょう。「これから聖霊をお受けになる皆 さん、聖霊を受けることは、霊的なしるしを押されることであって、それによっ て、あなたがたはキリストの姿に似る者となり、キリストの教会の、より完全な 構成員になります」と。こうして、あなたがたにとって恵みの時が始まるのです 。この時期、皆さんは、自己の存在意義について自分自身に問いかけ、また、皆 さんもその構成メンバーであるキリスト者の共同体に問いかけるよう招かれてい ます。今こそ召命を識別し、その道を選び取る時です。イエスの声に耳を傾けて ください。イエスは「来て、見なさい」と招いておられます。神が皆さんの上に 描いておられる、全く個人的で、二つとないご計画に従い、教会共同体において キリストに、皆さんのあかしを立ててください。皆さんの心に注がれた聖霊にす べてをゆだね、その働きに任せてください。皆さんが真理に導かれ、まことの自 由と愛のあかし人とされますように。束の間の人間的成功や富のはかない夢に振 り回されることなく、むしろ、愛のため、また寛大な任務のために、労力と勇気 のいる道を走ることを恐れないでください。だれの前でも、「あなたがたの抱い ている希望について説明」(Ⅰペトロ3・15)できるようになってください。  

6.“霊”も弱いわたしたちを助けてくださいます(ローマ8・26)

「世界召命祈願の日」は、まず第一に司祭職と奉献生活への召命 のために祈る日と考えられています。それは、これらの召命が、身についた祈り の習慣をもっともよく表しており、キリスト者の共同体から、このような祈りを とり除くことができないからです。聖霊が今日と明日の教会に多くの聖なる召命 を与えてくださることに信頼し、今年も聖霊に向かって祈りたいと思います。

 父と子とより生まれた 永遠の愛の霊、
 あなたに感謝します。
 教会を豊かにしてきた使徒や聖人たちの召命はあなたのものです。
 どうか、今もいつも、教会に聖なる召命を送り続けてください。
 聖霊よ、聖霊降臨の日のことを思い起こしてください。
 あなたは、イエスの母マリアとともに祈る使徒たちのもとに来られました。
 あなたの教会を顧みてください。
 いま教会は、聖なる司祭、神の恵みの権威ある忠実なあかし人を必要として います。
 また教会は、奉献生活を送る人々をも必要としています。
 彼らはただ御父のためにのみ生き、その喜びを表しています。
 また、キリストの使命と奉献を自分のものとし、愛をもって新しい世界を築 いていきます。 喜びと平和の、尽きることのない源である聖霊よ、
 人の心と知性を、神の招きに向けて開かせるのはあなたです。
 善と、真理と、愛に向かう力を起こさせるのもあなたです。
 あなたの「ことばにならないうめき」が、
 教会の心から、御父のもとに昇っています。
 教会はいま、福音のために苦しみ、闘っています。
 若い人たちの心と知性を開いてください。
 そうすれば、聖なる召命が新たに花ひらくとき、あなたの誠実な愛が示され 、
 すべての人が、キリストを知るようになるでしょう。
 キリストは、永遠のいのちへの確かな希望を与えるため、
 この世に来られたまことの光。アーメン。

すべての人に愛をもって使徒的祝福を送ります。

1997年9月24日
カステルガンドルフォにて
教皇ヨハネ・パウロ二世

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