教皇ベネディクト十六世の14回目の一般謁見演説 ワールド・ユース・デー・ケルン大会を振り返って

8月24日(水)午前10時30分から、教皇庁パウロ六世ホールで、教皇ベネディクト十六世の14回目の一般謁見が行われました。この謁見の中で、教皇は、ワールド・ユース・デー・ケルン大会参加のために、18日から21日までドイツ […]

8月24日(水)午前10時30分から、教皇庁パウロ六世ホールで、教皇ベネディクト十六世の14回目の一般謁見が行われました。この謁見の中で、教皇は、ワールド・ユース・デー・ケルン大会参加のために、18日から21日までドイツを訪問したことについて振り返りました。以下はその全訳です(原文はイタリア語)。
第20回ワールド・ユース・デー・ケルン大会は、8月16日から21日までケルンで開催されましたが、教皇ベネディクト十六世は18日から21日まで大会に参加しました。ケルン郊外のマリエンフェルトでの閉会ミサの後の「お告げの祈り」の演説の中で、教皇は、2008年の第23回ワールド・ユース・デー国際大会を、オーストラリアのシドニーで開催することを発表しました。
この日の一般謁見の演説の後、各国語で行われた祝福の最後に、教皇は、最近ヨーロッパを襲った洪水と山火事の災害に言及しました。教皇はイタリア語で次のように述べました。「わたしは、この数日、洪水と山火事に見舞われ、不幸にも犠牲者を出し、甚大な被害を与えられている、ヨーロッパの諸地域に思いを致しています。多くの家族が家を失い、何百という人が悲惨な困難に直面しています。わたしは、亡くなったかたがたに主が永遠の報いを与えてくださることを祈り求めます。そして、わたしは、愛と祈りのうちに、この大きな災害の試練を受けている人々に、霊的に寄り添うことを約束いたします。これらの人々が、すべての人の連帯によって支えられることを確信しています」。先週からの豪雨によって、ルーマニアでは少なくとも25人が、オーストリアとスイスでも8人が死亡しています。ポルトガルで起こった森林火災では、24日までに少なくとも14人が死亡しました。
なお、この日の一般謁見には、長崎大司教区の髙見三明大司教も参加しました。髙見大司教は一般謁見の最後に、教皇と親しく言葉を交わしました。


 

親愛なる兄弟姉妹の皆様。

 敬愛する教皇ヨハネ・パウロ二世が使徒的巡礼を行った後に必ず行っていたように、今日、わたしも、ワールド・ユース・デー参加のためにケルンで過ごした数日間について、皆様とともに振り返りたいと思います。神のはからいによって、わたしの最初のイタリア国外司牧訪問は、わたしの生まれた国を目的地とすることになりました。また、この司牧訪問は、世界の青年の大会に参加するために行われました。この大会は、わたしの忘れることのできない前任者である、教皇ヨハネ・パウロ二世の預言的な洞察によって、ワールド・ユース・デーが設立されてから、20年後に行われたものです。
 司牧訪問を終えて帰国した後、わたしは心の奥底から、今回の巡礼をすることができたたまものを神に感謝しました。この巡礼は、多くの思い出に満ちています。わたしたちは皆、それが神の与えてくださったたまものだと感じています。もちろん、多くの人が協力しました。しかし、つまるところ、この大会の恵みは、天から、すなわち主から与えられたたまものでした。同時にわたしは、今回の大会を、その万般にわたり、献身的な愛をこめて準備し、運営したすべての人々に感謝いたします。まずケルン大司教のヨアキム・マイスナー枢機卿、ドイツ司教協議会会長のカール・レーマン枢機卿、そして、ドイツの司教の皆様です。司教の皆様には、実際には、今回の司牧訪問の最後にお会いしました。
 次に、わたしは、ご協力いただいた政府、諸機関、ボランティアの皆様に感謝したいと思います。さらにわたしは、祈りによって大会を支えてくださった全世界の人と共同体、また、この重要な大会の霊的な意味での成功のために、自らの苦しみをささげてくださった、病気のかたがたにも、感謝いたします。
 ワールド・ユース・デーに参加した青年によるこの上ない歓迎は、わたしがケルン・ボン空港に到着した瞬間から始まりました。この歓迎は、ローデンキルヒェンブリュッケの船着場からケルンに向かって、五大陸を代表する他の五隻の船に伴われながらライン河を下った船上で、いっそう感情の込もったものとなりました。おびただしい青年が待ち受けていた、ポラー・ラインヴィーゼンの船着場の前で船を止めて、わたしが行った最初の正式な会見も感動的なものでした。それが、本来の意味で「歓迎式典」と呼ばれるものでした。この会見の標語は、三人の占星術の学者たちの言葉からとられました。「ユダヤ人の王としてお生まれになったかたは、どこにおられますか」(マタイ2・2a)。
 この巡礼者の青年たちをキリストへと導く「案内人」は、まさにこれらの占星術の学者たちでした。これらすべてのことが、ヨハネ・パウロ二世の招きで始まった聖体年の締めくくりを準備するなかで行われたのは、なんと意義深いことでしょうか。「わたしたちはイエスを拝みに来たのです」。この、今回の大会のテーマがすべての人に目指すように招く目標は、占星術の学者たちに従うことです。そして、占星術の学者たちとともに、インマヌエル、すなわちわたしたちとともにおられる神への回心に至る、内的な旅路を歩むことです。わたしたちとともにおられる神を知り、その神に出会い、その神をあがめることです。そして、この神と出会い、神をあがめた後、心のうちに、すなわちわたしたちの心の奥深くに神の光と喜びを抱きながら、再出発することです。
 ケルンで、青年たちは繰り返しこの霊的なテーマを深く思いめぐらし、キリストをあかしするように、聖霊によって駆り立てられるのを感じました。キリストは、聖体において、世の終わりまでわたしたちのうちに現実に現存し続けてくださると約束してくださったからです。わたしは青年たちと喜びを分かち合ったさまざまな時のことを思い起こします。とりわけ思い起こされるのは、土曜日(20日)の晩に行った晩の祈りと、日曜日(21日)に行った閉会ミサです。ラジオとテレビ中継のおかげで、地上のあらゆる地の、参加者以外の何百万の青年も、このすばらしい信仰の祭典に加わりました。
 けれども、わたしはここで、一つの会合のことを思い起こしたいと思います。それは、神学生たちとの会合です。神学生は、教師であり牧者であるキリストに、より徹底的なしかたで従うように招かれた青年たちです。わたしはこの神学生たちのために特別な時間をとることを望みました。それは、ワールド・ユース・デーが召命に向けた性格をもつことを強調するためでした。司祭や奉献生活への少なからぬ召命が、最近20年間、特にワールド・ユース・デーの時期に生まれました。ワールド・ユース・デーは、聖霊の招きを聞くための特別な機会といえます。
 ケルンでの希望に満ちた一日(19日)に、カトリック教会以外の諸教会・教会共同体代表者とのエキュメニカルな会合が行われたのも、きわめてふさわしいことでした。エキュメニカルな対話において、ドイツが果たす役割は重要です。それは、ドイツが悲しむべき分裂の歴史をもつためでもありますが、また、ドイツが和解への道のりにおいて重要な役割を果たしてきたためでもあります。さらにわたしは、このエキュメニカル対話が、たんに互いにことばを交換し合うだけでなく、さまざまなたまものを交換し合うことを通じて、秩序と調和のある「交響曲」を成長させることに寄与するようになることを希望します。このような「交響曲」が、カトリック(普遍)的な一致なのです。こうした展望において、ワールド・ユース・デーは、有効なしかたでエキュメニカルな「実験場」となるものです。
 また、わたしは、ケルンのシナゴーグへの訪問を、どうして感動をもって思い起こさずにいられるでしょうか。ケルンのシナゴーグは、ドイツにおける最古のユダヤ人共同体の中心だったからです。わたしたちのユダヤ人の兄弟たちとともに、わたしは「ショアー(絶滅)」と、ナチスの強制収容所からの解放60周年を記念しました。さらに今年は、第二バチカン公会議の『キリスト教以外の諸宗教に対する教会の態度についての宣言』発布40周年を迎える年です。『キリスト教以外の諸宗教に対する教会の態度についての宣言』は、ユダヤ教徒とキリスト教徒の間で対話と霊的な連帯を行うための新しい時代を開きました。同文書はまた、他の偉大な宗教の伝統を尊重するための新しい時代も開きました。他宗教のなかでも、イスラム教は特別な位置を占めています。イスラム教徒は、唯一の神を礼拝し、進んでアブラハムを太祖としているからです。このため、わたしはいくつかのイスラム共同体の代表者たちと会見することを望みました(20日)。イスラム共同体の代表者たちに向けて、わたしは、わたしたちが経験している困難な歴史的時期における、希望と懸念を表明しました。そしてわたしは、狂信主義と暴力が根絶されること、また、わたしたちがともに協力して、人間の人格の尊厳を常に守り、基本的人権を擁護していけるようになることを希望しました。
 親愛なる兄弟姉妹の皆様。「古い」ヨーロッパは、前世紀において不幸にも恐るべき戦争と非人間的な政治体制を経験しました。この「古い」ヨーロッパの中心から、青年たちはもう一度、現代の人類に向けて、希望のメッセージを発信しました。この希望は失望に終わることがありません。なぜなら、この希望は、イエス・キリストにおいて肉となった、神のみことばの上に据えられたものだからです。イエス・キリストは、わたしたちの救いのために死んで復活しました。ケルンで、青年たちは、聖体の神秘のうちに、インマヌエル、すなわちわたしたちとともにおられる神と出会い、その神を礼拝しました。そして彼らは、教会が大きな家族であることをますます知るようになりました。神は、この教会という家族を通じて、すべての大陸、文化、民族が交わり、一致する場を創り出します。神は、キリストに導かれた、いわば「大きな巡礼者の集団」を創り出すのです。キリストは、輝く星として歴史を照らすかたです。
 イエスは、聖体のうちに、旅するわたしたちとともにいてくださいます。そして、わたしが閉会ミサの説教で、物理学からとった有名なことばを用いて述べたように、イエスは、聖体によって、存在の奥深くに、「核分裂」を引き起こします。このような、悪に打ち勝つ、内なるいつくしみの爆発だけが、世界を変えるのに必要な他の変革に、いのちを与えることができるのです。それゆえ、ケルンに集まった青年たちが、真理であり愛であるキリストの光を携え、この光をすべての地に伝えることができるように、祈りたいと思います。こうして、わたしたちは、ドイツとヨーロッパと全世界で、希望の春をあかしすることができるのです。

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