教皇ベネディクト十六世の62回目の一般謁見演説 パトモスの幻を見る者

8月23日(水)午前10時から、パウロ六世ホールで、教皇ベネディクト十六世の62回目の一般謁見が行われました。この謁見の中で、教皇は、3月15日から開始した「使徒の経験から見た、キリストと教会の関係の神秘」についての連続講話の17回目として、「パトモスの幻を見る者」について解説しました。以下はその全訳です(原文はイタリア語)。


親愛なる兄弟姉妹の皆様。
 先の講話でわたしたちは使徒ヨハネの姿について考察しました。まずわたしたちは、ヨハネの生涯についてどれだけ知ることができるかを明らかにしようと試みました。次に、二番目の講話で、わたしたちは、ヨハネの福音書と手紙の中心思想である、愛のわざと、愛について考察しました。そして今日、わたしたちはもう一度ヨハネの姿を取り上げます。今回は、ヨハネの黙示録の「幻を見る者」を考察するためです。
 ここでわたしたちはただちに注意したいと思います。使徒ヨハネの著作とされた第四福音書の中にも手紙の中にも「ヨハネ」という名前は出てきませんが、黙示録は4回、ヨハネの名前を挙げます(黙示録1・1、4、9、22・8参照)。まず、明らかに、著者はヨハネの名前をいわないでいる理由がありませんでした。また、著者は、最初の読者が、このヨハネが誰のことであるか正確にわかることを知っていました。さらにわたしたちは、すでに3世紀に、学者たちが、黙示録のヨハネがほんとうに誰であるかについて議論していたことを知っています。
 そのためわたしたちも、このヨハネを「パトモスの幻を見る者」と呼ぶことができます。なぜなら、ヨハネはこのエーゲ海の島の名と関連づけられているからです。ヨハネの自分自身についての証言によれば、彼は「神のことばとイエスのあかしのゆえに」(黙示録1・9)、この島に流されていました。まさにそのパトモスで、「ある主の日のこと・・・・〝霊〟に満たされて」、彼は壮大な幻を見、特別なメッセージを聞きました。このメッセージは、教会の歴史とキリスト教文化全体に少なからぬ影響を与えました。
 たとえば、この書物の標題の「黙示」(アポカリュプシス)は、現代も「黙示録」「黙示的」ということばとして用いられます。こうしたことばは、適切ではありませんが、「差し迫った破局」という意味を表します。
 黙示録は、アジア州の7つの教会(エフェソ、スミルナ、ペルガモン、ティアティラ、サルディス、フィラデルフィア、ラオディキア)の劇的な状況という文脈の中で理解しなければなりません。これらの教会は、1世紀末にかけて、キリストをあかしする上で、大きな困難――迫害と、内部の対立――に直面しなければなりませんでした。ヨハネは、迫害下のキリスト信者に対して深い司牧的理解を示しながら、これらの教会に呼びかけます。ヨハネは、彼らが信仰にしっかりととどまり、強力な異教世界と同化しないように勧めます。
 要するに、ヨハネがしたかったのは、キリストの死と復活から始めて、人間の歴史の意味を明らかにすることでした。実際、ヨハネの第一の根本的な幻は、小羊の姿と関わるものです。この小羊は、屠られたにもかかわらず、しっかりと足で立ちながら、神自身が座る玉座の前に置かれます(黙示録5・6参照)。このことによってヨハネがいいたいのは、次の二つのことです。まず第一に、イエスは、暴力的な行為によって殺されたにもかかわらず、地上に倒れるのではなく、逆説的にも、両足で立ち続けます。なぜなら、イエスは復活によって、決定的な意味で死に打ち勝ったからです。
 第二に、イエス自身は、まさに死んで復活したために、今や御父の王としての救いの力に完全にあずかります。これが根本的な幻です。イエスは、神の子でありながら、地上では、小羊として、身を守るすべもなく、傷つけられ、死にました。にもかかわらず、イエスは神の玉座の前に、その両足でまっすぐに立ち、神の力にあずかります。イエスは世の歴史を手にしています。こうして幻を見る者は次のように語ろうとします。――イエスに信頼を置きなさい。さまざまな敵対する権力と迫害を恐れてはなりません。傷つけられ、死んだあの小羊が、勝利を収めます。小羊イエスに従いなさい。イエスに信頼しなさい。イエスの道を歩みなさい。たとえこの世では弱い小羊のように思われても、勝利を収めるのはイエスです。
 黙示録の主な幻の一つでは、この小羊が巻物を開くときのことが述べられます。この巻物は、それまで七つの封印によって閉じられ、誰もその封印を開くことができませんでした。巻物を開いて、読むことのできる者がいなかったので、ヨハネは激しく泣いたといわれます(黙示録5・4参照)。歴史は、依然として解読することも理解することもできません。誰も歴史を読み解くことはできないのです。
 歴史の暗闇の神秘を前にした、ヨハネのこの悲しみは、アジア州の諸教会の困惑を表していると思われます。当時、アジア州の諸教会がさまざまな迫害に直面していたにもかかわらず、神は沈黙していたからです。このような困惑は、わたしたちの驚きをもよく反映しているといえます。現代の教会も、世界のさまざまな地域で、深刻な困難や無理解、また敵意に遭遇しているからです。
 もちろん、こうした苦しみは、教会が受けるべくして受けているものではありません。それは、イエスが処刑されるべくして処刑されたのでないのと同じです。しかしながら、これらの苦しみは、悪のそそのかしに身を委ねた人間の悪意と、神が高い次元で歴史の出来事を導いていることを現します。そこで、不滅の小羊だけが、封印された巻物を開き、そこに書かれたことを示すことができるのです。それは、しばしばきわめて不条理と思われる、この歴史に意味を与えるためです。
 この小羊だけが、キリスト信者の生活を方向づけ、教え導くことができます。死に対する小羊の勝利は、自分たちもかならず勝利を得ることができるという、勝利の知らせと保証をキリスト信者にもたらすからです。ヨハネが力強いイメージに満ちたことばを用いるのはすべて、このような慰めを与えるためなのです。
 黙示録が述べるさまざまな幻の中心にあるのが、きわめて重要な、女の姿です。女は男の子を産みます。これと相補い合うのが、竜の姿です。竜はすでに天から落ちていますが、依然として大きな力をもっています。この女は、あがない主の母である、マリアを表します。しかし女は同時に、全教会、すなわち、あらゆる時代の神の民をも表します。教会は、大きな苦しみをもって、常に新たにキリストを産みます。教会はまた常に竜の力に脅かされています。教会も、身を守るすべがなく、弱いように見えます。
 しかし教会は、竜によって脅かされ、迫害されてはいても、神の慰めによって守られています。そして女も、ついには勝利を収めます。竜が勝利を得ることはありません。これこそが、わたしたちに確信を与える、黙示録の偉大な預言です。歴史の中で苦しむ女、すなわち迫害されている教会は、ついには輝く花嫁、すなわち新しいエルサレムの姿で現れます。この新しいエルサレムには、もはや涙も悲しみもありません。それは造り変えられた世界、新しい世界の姿です。神ご自身がこの世界を照らす光であり、小羊がその明かりです。
 ですから、ヨハネの黙示録は、多くの苦しみや試練や悲しみ――すなわち歴史の暗い側面――について述べ続けます。しかし、それと同じくらい、そこでは多くの賛美の歌が示されます。これらの賛美の歌は、あたかも歴史の明るい側面を表すかのようです。
 たとえば、黙示録は、次のように大声で叫ぶように歌う大群衆について語ります。「ハレルヤ、全能者であり、わたしたちの神である主が王となられた。わたしたちは喜び、大いに喜び、神の栄光をたたえよう。小羊の婚礼の日が来て、花嫁は用意を整えた」(黙示録19・6-7)。わたしたちはキリスト教特有の逆説を目にします。この逆説に従えば、苦しみが最後に勝利を収めると考えることはできません。むしろ苦しみは、幸福に至るための一時的な状態とみなされます。さらに、幸福はすでに神秘的なしかたで、希望から流れ出る喜びに満たされています。
 だから、パトモスの幻を見る者であるヨハネは、その黙示録を、熱烈な期待に満たされた、終わりの日へのあこがれをもって結ぶことができました。ヨハネは、主が終わりの日に来られることを願い求めます。「主イエスよ、来てください」(黙示録22・20)。これは初期キリスト教の中心的な祈りの一つです。聖パウロもそれをアラム語に訳しています。「マラナ・タ」。この「主よ、来てください」(一コリント16・22)という祈りは、さまざまな意味をもっています。
 何よりもまず、この祈りが表しているのは、主の決定的な勝利への待望です。すなわち、新しいエルサレムへの待望、主が来て、世界を造り変えてくださることへの待望です。しかし、同時にこの祈りはエウカリスチアの祈りでもあります。「主よ、今来てください」。そしてイエスは来ておられます。イエスはその決定的な到来を先取ります。ですからわたしたちは、喜びをもって、同時にこういおうではありませんか。「主よ、今来てください。そして決定的なしかたで来てください」。この祈りはまた三つ目の意味をもっています。「主よ、あなたはすでに来ておられます。わたしたちは、あなたがわたしたちとともにおられることを確信しています。わたしたちにとって、それは喜ばしい体験です。それでも、主よ、決定的なしかたで来てください」。そこで聖パウロとともに、パトモスの幻を見る者とともに、初期キリスト教とともに、わたしたちもまた祈ります。「イエスよ、来てください。来て、世を造り変えてください。今、この日に来てください。こうして平和が勝利を収めますように」。アーメン。

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