教皇ベネディクト十六世の81回目の一般謁見演説 キリスト教一致祈祷週間について(二)

2007年1月24日(水)午前10時30分から、パウロ六世ホールで、教皇ベネディクト十六世の81回目の一般謁見が行われました。この謁見の中で、教皇は、1月18日(木)から行われ、25日(木)に終わるキリスト教一致祈祷週間について再び解説しました。以下はその全訳です(原文はイタリア語)。
演説に先立って、ヨハネによる福音書17章22節-24節が朗読されました。


親愛なる兄弟姉妹の皆様。
 キリスト教一致祈祷週間が明日終わります。今年のキリスト教一致祈祷週間は、マルコによる福音書の次のことばをテーマとしています。「耳の聞こえない人を聞こえるようにし、口の利けない人を話せるようにしてくださる」(マルコ7・31-37参照)。わたしたちも、耳が聞こえず、口の利けない人をイエスがいやしたわざに対する人びとの驚きを表す、このことばを繰り返していうことができます。わたしたちは、キリスト者の一致の回復のための取り組みが驚くほど盛んになってきたことを目にしているからです。過去40年間の歩みを振り返ると、わたしたちは驚かされます。主はどれほどわたしたちを自己満足と無関心に基づく無気力な状態から目覚めさせてくださったことでしょうか。主はどれほど「互いのことばを聞く」だけでなく、いっそう「互いに耳を傾ける」ことができるようにしてくださったことでしょうか。主はどれほどわたしたちの舌のもつれを解いてくださったことでしょうか。こうしてわたしたちが主にささげる祈りは、いっそう世を信頼させる力をもつようになりました。
 そうです、ほんとうに、主はわたしたちに多くの恵みを与えてくださいました。また聖霊の光は多くのあかしを照らし出してくださいました。これらのあかしは、祈ることによってどんなことでもかなえられることを示しました。そのためにわたしたちは、神の愛のおきてに忠実かつ謙遜に従うことができなければなりません。そして、すべての弟子の一致に対するキリストの願いに従うことができなければなりません。
 第二バチカン公会議はこう述べます。「一致を回復しようとする配慮は、信者も牧者も含む全教会にわたることであり、あるいは日常のキリスト教生活において、あるいは神学や歴史の研究において、その能力に応じ各自に関わることである」(『エキュメニズムに関する教令』5)。
 第一の共通の務めは祈りです。キリスト者は、祈ることによって、また、ともに祈ることによって、たとえ今なお分かれていても、自分たちが兄弟であることをいっそう自覚するようになります。また、わたしたちは祈ることによって、主にいっそう耳を傾けることを学びます。わたしたちは、主に耳を傾け、主のことばに従うことによって、初めて一致への道を見いだすことができるからです。
 エキュメニズムの進展が遅いことは確かです。時には落胆させられることもあります。それは、勇気をもって宣言する代わりに、あいまいな言い方をよく耳を傾けずに鵜呑みにする誘惑にかられる場合です。「心地のよい、耳をふさいだ状態」から抜け出すのは簡単なことではありません。不変の福音に、もう一度花開き、わたしたち一人ひとりの回心と霊的な刷新のための摂理的なパン種となる力はないかのように考えるからです。
 わたしはエキュメニズムの進展が遅いと申し上げました。エキュメニズムはゆっくりと上昇する歩みです。それは、あらゆる悔い改めの歩みが遅いのと同じです。しかしながら、この歩みは、最初の困難の後に、またその困難そのものの内に、大きな喜びの時、すなわち休息の時間をも与えます。そのとき人は時として、完全な交わりの清らかな風を胸いっぱい吸うことができるのです。
 第二バチカン公会議後の最近数十年の経験は、キリスト者の一致の探求がさまざまなレベルで、また多くの機会に行われてきたことを示しています。すなわちそれは、小教区、病院、人びとの接触、世界中のすべての地域の地域共同体間の協力において行われるとともに、特に、兄弟に対して善意に基づく行動をとることが大きな努力と記憶の浄めを必要とする地域で行われてきました。
 キリスト者の完全な交わりに向けたさまざまな具体的な歩みに彩られた、この希望との関連の中に、わたしの奉仕職、すなわち普遍教会の牧者であるローマ司教の奉仕職に絶えず刻まれるさまざまな会合や出来事も位置づけられます。今わたしは2006年に行われた重要な出来事を振り返りたいと思います。これらの出来事のゆえに、わたしは喜び、また主に感謝します。
 2006年は世界改革教会連盟への公式訪問で始まりました。カトリック-改革教会国際委員会は、それぞれの教会の権威のある人びとが検討するための文書を提示しました。この文書は、1970年に始まった、36年に及ぶ対話の過程を締めくくるものでした。この文書の標題は「神の国を共通にあかしする共同体としての教会」です。
 一年前の2006年1月25日、キリスト教一致祈祷週間を荘厳に終えるにあたって、サン・パオロ・フオリ・レ・ムーラ大聖堂で、ヨーロッパのエキュメニズムの代表者が、ヨーロッパ司教協議会連盟とヨーロッパ教会協議会の代表者とともに、第3回ヨーロッパ・エキュメニカル会議開催に向けた第一段階に招かれました。第3回ヨーロッパ・エキュメニカル会議は今年2007年9月に正教会の地である(ルーマニアの)シビウで開催されます。
 水曜一般謁見の折に、わたしは、忠実に定期的なローマ訪問を行い続けてくださっている、世界バプテスト連盟と米国福音ルーテル教会の代表者のかたがたを迎えることができました。さらにわたしは、グルジアの正教会の指導者のかたがたとお会いしました。わたしは、わたしの敬愛すべき前任者である神のしもべ教皇ヨハネ・パウロ二世とイリヤ二世との間で結ばれた友愛のきずなを引き継ぎながら、グルジア正教会に親愛の情を抱き続けています。
 昨年のエキュメニカルな会合として次に続くのは、2006年7月にモスクワで行われた宗教指導者会議でした。モスクワと全ロシアの総主教アレクシー二世は、特別なメッセージの中で聖座との一致を促しました。モスクワ総主教座のキリル府主教の訪問も有意義なものでした。キリル府主教は、両教会間の関係をより明確に正常化したいという意向を明らかにしたからです。
 同じく、ギリシア正教会主教会議の「使徒的奉仕運動(ディアコニア・アポストリカ)」神学院の司祭と神学生の訪問も有難いものでした。世界教会協議会が(ブラジルの)ポルト・アレグレで開催された総会で、寛大にカトリック教会の参加を許してくださったことも思い起こしたいと思います。この総会開催に際して、わたしは特別なメッセージを送りました。
 わたしは、ソウルで開かれた世界メソジスト協議会の大会にもメッセージを送ることを望みました。さらにわたしは、さまざまな教派間の情報交換・交流組織であるクリスチャン・ワールド・コミュニオンズの秘書団の丁重な訪問を喜びをもって思い起こします。
 2006年の出来事をたどりながら、わたしたちは11月のカンタベリー大主教であり聖公会首座主教であるかた(ローワン・ウィリアムズ)の公式訪問に至りました。わたしは大主教とその随行員のかたがたと、教皇庁のレデンプトーリス・マーテル聖堂で、ともに有意義な祈りの時を過ごしました。
 忘れがたいトルコへの司牧訪問と、バルトロマイ一世との会見について、わたしは、ことばよりも雄弁だった、多くのしぐさを思い起こしたいと思います。わたしはこの機会に、バルトロマイ一世にあらためてごあいさつ申し上げるとともに、バルトロマイ一世がわたしのローマ帰国後くださった手紙に感謝いたします。
 わたしはバルトロマイ一世に、わたしの祈りと、ファナールの聖ゲオルギオス教会での聖体礼儀でわたしたちが互いに交わした平和のあいさつが実りを生み出すようわたしが努めることを約束します。
 2006年の終わりに、クリストドゥロス・アテネと全ギリシア総主教の公式訪問が行われました。わたしたちは互いに贈り物の交換をしました。すなわち、「パナギア(すべてにおいて聖なるかた)」のイコンと、聖ペトロと聖パウロが抱き合うイコンです。
 以上の霊的な意味できわめて価値のある出来事は、先ほどわたしが述べた、一致へのゆっくりとした上昇における喜びの時、休息の時といえるのではないでしょうか。これらの出来事は、一致の探求においてわたしたちを結びつける――多くの場合、沈黙のうちに行われるとはいえ、力強い――取り組みを明らかにします。これらの出来事は、このゆっくりしているとはいえ重要な上昇の歩みを続けるためにあらゆる努力を行うよう、わたしたちを励まします。
 神の母とわたしたちの守護聖人たちの絶えざる執り成しにより頼もうではありませんか。わたしたちがよい意向を失うことがないように、彼らがわたしたちを支え、助けてくださいますように。彼らの励ましがわたしたちのあらゆる努力を力づけ、聖霊があとのことはすべてしてくださることを信じて、わたしたちが信頼をもって祈りかつ働くことができますように。聖霊は、ご自身がご存知の時としかたで、わたしたちに完全な一致を与えてくださいます。このような確信に強められながら、信仰と希望と愛の道を進んでいこうではありませんか。主がわたしたちを導いてくださいます。

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