教皇ベネディクト十六世の98回目の一般謁見演説 カイサリアのエウセビオス

6月13日(水)午前10時30分から、サンピエトロ広場で、教皇ベネディクト十六世の98回目の一般謁見が行われました。この謁見の中で、教皇は、2006年3月15日から開始した「使徒の経験から見た、キリストと教会の関係の神秘」についての連続講話の42回目として、「カイサリアのエウセビオス」について解説しました。以下はその全訳です(原文はイタリア語)。
演説に先立って、ヨハネによる福音書1章1-5節が朗読されました。謁見には30,000人の信者が参加しました。


親愛なる兄弟姉妹の皆様。
  古代教会史において、最初の3世紀と、ニケア公会議に続く世紀の間には根本的な違いがあります。ニケア公会議は325年に行われた最初の普遍公会議です。この二つの時期の「蝶番(ちょうつがい)」をなすのが、いわゆる「コンスタンティヌス帝(280頃-337年、ローマ皇帝在位306-没年)の回心」と教会の平和、そしてパレスチナのカイサリアの司教であるエウセビオス(263/265頃-339/340年)という人物です。エウセビオスはさまざまな意味で当時のキリスト教文化の優れた代表者でした。エウセビオスの活動分野は神学から聖書釈義まで、歴史からその博識にまで及びます。エウセビオスは何よりも最初のキリスト教史家として有名ですが、古代教会の偉大な文献学者としても知られます。
  エウセビオスはカイサリアでおそらく260年頃生まれました。このカイサリアにオリゲネス(185頃-254年頃)はアレキサンドリアから逃れてきました。オリゲネスはこの地に学校と巨大な図書館を創立しました。数十年後、若きエウセビオスはこの書物から学ぶことになります。325年、エウセビオスはカイサリア司教としてニケア公会議で中心的な役割を果たしました。エウセビオスは「ニケア信条」と「神の子の完全な神性」に関する宣言に署名しました。エウセビオスは神の子を「御父と同一本質(ホモウーシオス・トー・パトリ)」と定義しました。実際にこの同じ「信条」をわたしたちは毎日曜日のミサで唱えています。エウセビオスは教会に平和をもたらしたコンスタンティヌス帝の心底からの称賛者でした。ですからエウセビオスはコンスタンティヌス帝を敬い、尊びました。エウセビオスは著作の中だけでなく、公の演説でコンスタンティヌス帝をたたえました。この演説は、皇帝の戴冠20周年と30周年と、337年の皇帝の死の後にも行われました。皇帝の死の2、3年後にエウセビオスも亡くなります。
  疲れることを知らない学究だったエウセビオスは、多くの著作を通じてキリスト教の3世紀について考察し、検討しました。この3世紀は迫害のもとで過ごされた時代でした。エウセビオスはカイサリアの大図書館に保存されていたキリスト教と異教の多くの資料を用いました。それゆえ、エウセビオスの護教論と聖書釈義と教理に関する著作も客観的な意味で重要ですが、エウセビオスの不滅の名声はまず10巻の『教会史』によるものです。エウセビオスは最初に教会史を書きました。この『教会史』は、わたしたちが用いることができるように資料を残してくれたおかげで、いつまでも基本的な書物であり続けています。エウセビオスの『教会史』により、古代教会の多くの出来事、人物、書物が忘却されずにすみました。ですから『教会史』は最初の数世紀のキリスト教を知るための第一の源泉資料といえます。
  わたしたちは、この新しい『教会史』という著作がどのような構成で、またどのような意図をもって書かれたのか問うことができます。第1巻の初めに、歴史家エウセビオスは自分の著作で述べようとしていることの目的を次のように列挙しています。「わたしたちの救い主の時代からわたしたちの時代まで連綿と続いてきたときと、聖なる使徒たちの継承。教会の歴史の中で記録されている多くの重要な出来事とその性格。その歴史の中でもっとも著名な教会管区を率い、代表した多数の卓越した人びと。それぞれの世代に口頭や文書で神のことばを伝える大使になった多くの人びと。改革を求めるあまり大きな過誤を犯し、偽ってグノーシス(知識)と呼ばれたものの紹介者と称し、凶暴な狼のようにキリストの群を容赦なく荒らした者の正体と数と時期。・・・・異邦人が神のことばに対して仕掛けた多くの戦いと、その性格、およびそれが起こった時代――いかに多くの人びとが(いつの)時代においてもみことばのために血を流し拷問を受けて苦しんだか――。最後に、わたしたちの時代のあかしと、わたしたちすべてに対して(示された)わたしたちの救い主のあわれみといつくしみについてである」(エウセビオス『教会史』:Historia ecclesiastica 1, 1, 1-2〔『教会史1』秦剛平訳、山本書店、1986年、11-12頁参照〕)。それゆえエウセビオスはさまざまなテーマを広く扱います。教会の骨組みとしての使徒の継承、教えの広まり、誤った教え、そして異教徒からの迫害、『教会史』を照らす光である偉大なあかし。これらすべてのことの中で救い主のあわれみといつくしみが輝き出ます。このようにエウセビオスは教会史を書き始めました。エウセビオスの著述は、リキニウス帝(ローマ皇帝在位308-324年)が敗れた後、コンスタンティヌスがローマの唯一の皇帝であることが宣言された324年までを扱います。324年はニケア大公会議が開かれる前年です。ニケア公会議は、教会が300年にわたって学んだ教理と道徳と法の「まとめ」を提示しました。
  『教会史』第1巻から今しがた引用したことばは、明らかに意図的な繰り返しを含んでいます。エウセビオスは短い文章の中で、「救い主」キリストという称号を3回繰り返し、その「あわれみ」と「いつくしみ」にはっきりと言及します。そこからわたしたちはエウセビオスの歴史記述の基本的な思想を理解することができます。エウセビオスの『教会史』は「キリストを中心とした」歴史です。この歴史の中で、人類に対する神の愛の神秘が次第に明らかになります。エウセビオスは心から驚きをもって述べます。「今日まで存在した全世界の人のうちで、イエスだけが『キリスト』(すなわち「メシア」であり「世の救い主」)と呼ばれ、告白され、認められている。ギリシア人も非ギリシア人もこのかたをこの名で呼んでいる。現在に至るまで世界中の弟子がこのかたを王として敬い、預言者以上にあがめ、神の唯一の大祭司としてたたえている。何よりも、すべての世に先立って存在し、父からほむべき栄誉を与えられた、神の先在のロゴスであるこのかたは、神として礼拝される。しかし何よりも特別なことは、このかたのために聖別されたわたしたちが、声やことばの響きだけでなく心を尽くしてこのかたに敬意を払い、そのかたに対するあかしを自己の生命以上のものとみなしていることである」(同:ibid. 1, 3, 19-20〔前掲秦剛平訳、34頁参照〕)。こうしてわたしたちは、この古代の教会史に常にもう一つの特徴があることを知ります。つまり、歴史記述を導いている「道徳的な目的」です。歴史的な分析は歴史的な分析だけを目指していません。それは過去を知ることだけを目指しているのではありません。回心と、信者によるキリスト教生活の真の意味でのあかしをはっきりと目標としているのです。これは現代のわたしたちにとっても導きとなります。
  こうしてエウセビオスはすべての時代の信者に鋭く問いかけます。歴史の変化、特に教会の変化に彼らがどのように対応しているのかと。エウセビオスはわたしたちにも問いかけます。わたしたちは教会の変化に対してどのような態度をとっているでしょうか。それは、たんなる好奇心に基づく興味から、刺激的なことや醜聞ばかり探す人の態度でしょうか。それともそれは、愛に満たされ、神秘に心を開いた態度でしょうか。すなわち、信仰に基づいて、教会史から、神の愛のしるしと、神がなさった偉大な救いのわざを見いだす人の態度でしょうか。もしこれがわたしたちの態度なら、わたしたちは自ずと、いっそう一貫した寛大なしかたで神の招きにこたえるように、すなわち、いっそうキリスト教的な生き方のあかしをするように駆り立てられずにはいられません。それは、将来の世代に神の愛の痕跡を残すためです。
  優れた教父研究者であるジャン・ダニエルー枢機卿(1905-1974年)は、うむことなく繰り返してこう述べました。「歴史の中には神秘があります。歴史の中には隠された内容があります。・・・・この神秘は、神のわざの神秘です。神は時間の中で、目に見えるものの後ろに隠れた真の意味での現実を造り上げるからです。・・・・しかし、神が人間を通じてこの歴史を実現するからといって、神はご自分と関係なく歴史を実現するのではありません。神の『偉大なわざ』を仰ぎ見るとは、事柄の一面を見ることを意味するにすぎません。この『偉大なわざ』に対して人間は応答するのです」(『歴史の神秘についての試論(イタリア語版)』:Saggio sul mistero della storia, Brescia 1963, p. 182)。多くの世紀を隔てた現代にあっても、エウセビオスは信者を、すなわちわたしたちを招きます。歴史の中で人間の救いのために神が行った偉大なわざに驚き、それを仰ぎ見るようにと。同じ力をもってエウセビオスは、わたしたちを人生の回心へと招きます。実際、わたしたちは、わたしたちをこれほど愛してくださった神の前で、何もせずにいることはできません。愛がわたしたちに求めるのは、愛すべきかたに倣って人生全体を方向づけることです。ですから、わたしたちの人生の中に神の愛のはっきりとした跡を残すために、できる限りのことをしようではありませんか。

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