教皇ベネディクト十六世の2008年6月22日の「お告げの祈り」のことば 恐れてはならない

教皇ベネディクト十六世は、年間第12主日の6月22日(日)正午に、教皇公邸書斎の窓から、サンピエトロ広場に集まった信者とともに「お告げの祈り」を行いました。以下は、祈りの前に教皇が述べたことばの全文の翻訳です(原文はイタ […]

教皇ベネディクト十六世は、年間第12主日の6月22日(日)正午に、教皇公邸書斎の窓から、サンピエトロ広場に集まった信者とともに「お告げの祈り」を行いました。以下は、祈りの前に教皇が述べたことばの全文の翻訳です(原文はイタリア語)。
「お告げの祈り」の後、教皇は、フィリピンのフェリー遭難事故について次のように述べました。
「今朝、フィリピンのフェリーの海難事故のことを聞き、深い悲しみを覚えています。このフェリーはフィリピン地域を襲った台風6号によって沈みました。わたしは台風の被害を受けたフィリピン諸島の人々に霊的に寄り添うことを約束するとともに、今回の痛ましい海難事故の犠牲者のために主に特別な祈りをささげます。犠牲者の中には多数の子どもも含まれていると思われるからです」。
6月22日(日)、フィリピン中部シブヤン島沖で、台風6号による高波で乗客・乗員約745人が乗った客船「プリンセス・オブ・ザ・スターズ」号が沈没しました。沿岸警備隊によると、22日までに32人の生存と4人の死亡が確認されていますが、今なお700人以上が行方不明となっています。


親愛なる兄弟姉妹の皆様。
  今日の主日の福音の中で、イエスは二つの招きを行います。一つは「人々を恐れてはならない」。もう一つは「神をおそれなさい」(マタイ10・26、28参照)です。こうしてわたしたちは、人間への恐れと神へのおそれの間にある違いを考察するよう促されます。恐れは生活の自然な要素の一つです。わたしたちは子どものときからさまざまな恐れを体験します。この恐れは、後に架空のものであることがわかり、消え去ります。続いて別の恐れが現れます。この恐れは現実そのものに基づくものです。わたしたちは人間の努力と神への信頼をもってこの恐れに立ち向かい、これを乗り越えなければなりません。けれどもさらに、とくに現代では、もっと深刻な、実存的な意味での恐れも存在します。それは不安に変わることもあります。この恐れは空虚感から生まれます。この空虚感は、広い範囲にわたって理論的・実践的な虚無主義で満たされた、ある種の文化と関連しています。
  さまざまな形で目の前に広がる人間の恐れに対して、神のことばははっきりといいます。神を「おそれる」人は「恐れない」と。聖書は、神をおそれることは「まことの知恵の初め」だといいます。神をおそれるとは、神を信じることであり、人生と世界に対して神が権威をもっておられることをうやうやしく尊ぶことにほかなりません。「神をおそれない」とは、自分が神に代わって、善と悪、生と死の主であると考えることです。これに対して、神をおそれる人は、母の胸にいる幼子のように(詩編131・2参照)、心が安らかです。神をおそれる人は嵐のただ中にあっても落ち着いています。なぜなら、イエスが示してくださったとおり、神はあわれみといつくしみに満ちた父だからです。神を愛する人は恐れることがありません。使徒ヨハネはいいます。「愛には恐れがない。完全な愛は恐れを締め出します。なぜなら、恐れは罰を伴い、恐れる者には愛がまっとうされていないからです」(一ヨハネ4・18)。それゆえ、信じる者は何も恐れません。なぜなら、信じる者は自分が神のみ手のうちにあることを知っているからです。悪は不合理なものであり、最後に勝利を収めるのは悪ではないこと、世界と人生の主はキリストただひとりであることを知っているからです。キリストは人となられた神のことばです。そして、キリストは、わたしたちの救いのためにご自身を犠牲としてささげ、十字架上で死ぬに至るまで、わたしたちを愛してくださったことを知っているからです。
  わたしたちは、この神との親しい交わりを深め、愛で満たされれば満たされるほど、容易にあらゆる恐れに打ち勝つことができるようになります。今日の福音の箇所で、イエスは「恐れてはならない」という勧めを二度繰り返して述べます。イエスはわたしたちを力づけます。使徒たちになさったように。聖パウロになさったように。パウロが宣教において特別な困難に遭遇していたときに、イエスはある夜、幻の中でパウロに現れました。イエスはいわれました。「恐れるな。わたしがあなたとともにいる」(使徒言行録18・9-10)。ともにおられるキリストに力づけられ、キリストの愛に強められて、異邦人の使徒は殉教も恐れませんでした。わたしたちは特別聖年によってパウロの生誕2000周年を記念する準備をしています。この大きな霊的・司牧的行事によって、わたしたちのうちにもイエス・キリストへの信頼があらためて湧き上がることができますように。イエス・キリストは、何も恐れずに、ご自身の福音を告げ知らせ、あかしするようわたしたちを招いています。親愛なる兄弟姉妹の皆様。それゆえわたしは皆様にお願いします。信頼をもってパウロ年を祝う準備をしてください。神が望まれるなら、わたしは今週の土曜日の午後6時にサン・パオロ・フオリ・レ・ムーラ大聖堂で、聖ペトロ・聖パウロ使徒の祭日の前晩の祈りによって、パウロ年を正式に開始します。わたしは今から、この教会の大きな行事を聖パウロと至聖なるマリアの執り成しにゆだねます。マリアは使徒の元后にしてキリストの母であり、わたしたちの喜びと平和の泉だからです。

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