教皇ベネディクト十六世の201回目の一般謁見演説 キリスト教中世ヨーロッパの大聖堂

11月18日(水)午前10時30分から、パウロ六世ホールで、教皇ベネディクト十六世の201回目の一般謁見が行われました。この謁見の中で、教皇は、2月11日から開始した「中世の東方・西方教会の偉大な著作家」に関する連続講話 […]


11月18日(水)午前10時30分から、パウロ六世ホールで、教皇ベネディクト十六世の201回目の一般謁見が行われました。この謁見の中で、教皇は、2月11日から開始した「中世の東方・西方教会の偉大な著作家」に関する連続講話の第20回として、「キリスト教中世のヨーロッパの大聖堂」について解説しました。以下はその全訳です(原文イタリア語)。

謁見の終わりに、教皇は、「世界子どものための祈りと行動の日」を前に、国際社会に対して次の呼びかけをイタリア語で行いました。
「明後日の11月20日、『児童の権利に関する条約』採択20周年を記念して、国連のもとで『世界子どものための祈りと行動の日』が行われます。わたしの思いは世界のすべての子ども、とくに困難な状況の中で過ごす子ども、暴力、虐待、病気、戦争、飢餓のために苦しむ子どもに向かいます。
わたしとともに祈ってくださるよう皆様にお願いします。同時にわたしは国際社会に呼びかけます。子どもたちの悲惨な諸問題に適切な形でこたえる努力を強めてください。児童の権利が認められ、児童の尊厳が常に尊重されるために、すべての人が寛大な取り組みを十分に行ってくださいますように」。
「世界子どものための祈りと行動の日」は、「子どものための宗教者ネットワーク(GNRC)」が2008年広島で、国連の「世界子どもの日」と同じ日に行うことを採択した行事です。「子どものための宗教者ネットワーク(GNRC)」は「ありがとう基金」が2000年に設立した組織です。


  親愛なる兄弟姉妹の皆様。

  最近の講話で中世神学のいくつかの側面をご紹介しました。しかし、すべての時代の人間の中に深く根ざしたキリスト教信仰は、思想と信仰に関する神学的著作の傑作を生み出しただけではありません。それは世界の文明の中でもっとも高度な芸術作品にも霊感を与えました。すなわち、キリスト教中世のまことの栄光である大聖堂(カテドラル)です。実際、11世紀初頭から始まって3世紀にわたり、ヨーロッパには特別な芸術活動の隆盛が見られました。ある中世の年代記作者は当時の熱気と勤勉さを次のように述べます。「多くの教会が良好な状態にあり、復興されることを必要としなかったにもかかわらず、全世界で、とくにイタリアとガリアで諸教会の再建が始まった。それは人々の間で競うように行われた。世界はいたるところで、古いぼろを脱ぎ捨て、新しい教会という白い衣を新たに身にまとおうとするかのように思われた。要するに、ほとんどすべての司教座聖堂と多くの修道院聖堂、そして村の礼拝堂までもが、信者によって再建されたのであった」(ロドゥルフス・グラベル『歴史五巻』:Historiarum libri quinque 3, 4)。
  さまざまな要因がこのような宗教建築の再生に寄与しました。第一の要因は、政治的安定の増大と、これに伴う人口の継続的増加、都市と富と交易の発展などの良好な歴史的条件です。さらに、建築家は、安定性と威厳を保ちながら建物の規模を大きくするためのいっそうすぐれた技術的方法を見いだしました。しかし、修道院聖堂が建てられるようになったのは、主として修道制の霊的熱意と活気の拡大によります。こうして修道院聖堂では品位と荘厳さをもって典礼が挙行され、聖人の聖遺物の崇敬によって引き寄せられて来た信者が祈り続けることができるようになりました。これらの聖遺物は絶えることのない巡礼の対象となったからです。こうしてロマネスク教会と大聖堂が生まれました。これらの聖堂は、多数の信者を受け入れるための身廊の長さの拡大によって特徴づけられます。それは厚い壁と石の天井と単純で基本的な外形によるきわめて堅牢な聖堂でした。この建築の新しさは彫刻の導入によって示されます。ロマネスク聖堂は修道士の祈りと信者の礼拝の場だったので、彫刻家は技術的完成度に留意するよりも、第一に教育的目的に配慮しました。心に強い印象を呼び起こすことが求められました。こうして呼び起こされた感情が、悪徳と悪事を離れ、美徳と善行を実践するよう促すことができるからです。そのため、繰り返し取り上げられたテーマは、黙示録の登場人物に囲まれた、世界の審判者としてのキリストの描写です。一般的にロマネスク聖堂の正面はこうした象徴表現を提示しました。それは、キリストが天国へと導いてくれる門であることを強調するためです。信者は聖なる建物の敷居をまたいで日常とは異なる聖堂の時空間に入ります。建築家の意図によれば、信者は、聖堂正面の上部の、威厳に満ち、正しく、かつあわれみ深いキリストのうちに、典礼と聖堂の内部全体で行われる敬虔なわざにおける永遠の至福の先取りを味わうことができたのです。
  12世紀と13世紀、フランス北部から、聖堂建築におけるもう一つの様式であるゴシック様式が広まりました。ゴシック様式はロマネスク様式と比べて二つの新しい特徴をもちます。すなわち、垂直的な飛躍と、明るさです。ゴシックの大聖堂は信仰と芸術の総合を示しました。この総合は、美という普遍的かつ魅力的な言語によって調和のとれた形で表現されました。それは今なお驚嘆を呼び起こします。頑丈な柱によって支えられた、鋭いアーチの天井を導入することによって、聖堂の高さを著しく高めることが可能になりました。高みへの飛躍は、祈りへの招きであると同時に、それ自身が祈りでした。こうしてゴシックの大聖堂は、魂の神へのあこがれを建築様式によって表すことを望んだのです。さらに、新たな技術的方法を用いることによって、聖堂の周囲の壁をうがち、色とりどりのステンドグラスで飾ることができるようになりました。いいかえると、窓がすばらしい光の画像となったのです。それは民衆に信仰を教えるのにきわめて適していました。これらの飾り窓の中で、聖人の生涯や、たとえ話、また他の聖書の出来事が、場面を追って語られました。絵の描かれたステンドグラスから信者の上に光が降り注ぎました。それは、彼らに救いの歴史を語り、また彼らがこの歴史を生きられるようにするためでした。
  ゴシック大聖堂のもう一つの長所は、その建設と装飾のために、キリスト教共同体と市民共同体全体がさまざまな形で、しかも協力して参加できたことでした。身分の低い人も権力者も、無学な人も知識人も参加できました。なぜなら、すべての信者が大聖堂というこの共通の家の中で信仰を教えられたからです。ゴシック彫刻は大聖堂から「石の聖書」を作り上げました。この「石の聖書」は、福音書の諸場面を表し、主の降誕から主が栄光へと上げられるに至るまでの典礼暦の内容を説明します。さらにこの時代には、主の人性に関する感覚がこれまでにまして広まり、主の受難の苦しみがより写実的に表現されるようになりました。「苦しむキリスト(Christus patiens)」の画像がすべての人に好まれ、信心と罪の悔い改めを促しました。旧約の人物も多数描かれました。旧約の物語は信者によく知られるようになりました。そのため信者は、唯一、共通の救いの歴史の一部として大聖堂をしばしば訪れたのです。13世紀のゴシック彫刻は、美と柔和と知性に富むその姿によって、明るく穏やかな霊性を示します。この霊性から、神の母への子としての心からの信心が流れ出ました。神の母は、ほほえみを浮かべた母としての若い女性として考えられることもありました。そして、おもに力と憐れみに満ちて、天地を統べるかたとして描かれました。ゴシックの大聖堂を埋め尽くした信者はそこに聖人を思い起こさせる芸術表現があることも望みました。聖人はキリスト教的生活の模範であり、神への執り成し手だからです。大聖堂には「世俗的な」生活の表現も多数見られました。そこかしこで、畑での仕事、学問、また芸術が表現されました。すべてのものは、典礼が行われる場で、神へと方向づけられ、またささげられました。パリのサン=ドニ修道院教会の中央の扉に彫られた碑文の文章を考察すると、ゴシック大聖堂に帰されるようになった意味をもっとよく理解できます。「この扉の美しさを賛美することを望む通行人は、金や壮麗さにではなく、むしろ困難な労力に心をとめるがよい。ここには著名な作品が輝いている。しかし、天がこの輝く著名な作品によってもろもろの霊を輝かせてくださいますように。そして、光り輝く真理によって霊たちがまことの光に向けて歩むことができますように。この光の中で、キリストはまことの門となられます」。
  親愛なる兄弟姉妹の皆様。今わたしは、ロマネスク美術とゴシック美術がもつ、わたしたちにとっても有益な二つの要素を強調したいと思います。第一はこれです。過去の時代のヨーロッパで生まれたすぐれた芸術作品は、それらに霊感を与えた宗教的な精神を考慮しなければ理解できません。美と信仰の出会いをつねにあかしした芸術家の一人である、マルク・シャガール(Marc Chagall 1887-1985年)はこう述べています。「画家たちは幾世紀にもわたって、聖書という色のついた文字に自分の筆を浸してきました」。典礼によって特別なしかたで記念される信仰が芸術と出会うとき、深い調和が生まれます。信仰と芸術はともに、目に見えないものを目に見えるようにすることを通じて、神について語ることができ、またそう望むからです。わたしはこのことを11月21日の芸術家の皆様との集いの中で分かち合いたいと思います。そして、わたしの敬愛する先任者たち、とくに神のしもべパウロ六世とヨハネ・パウロ二世が望んだ、キリスト教的霊性と芸術の間の友好関係についての提案を更新したいと思います。第二の要素はこれです。ロマネスク様式の力強さと、ゴシックの大聖堂の輝きは次のことを思い起こさせてくれます。すなわち、「美の道(via pulchritudinis)」は、神の神秘に近づくための特別かつ魅力的な道だということです。作家や詩人や音楽家や芸術家が観想し、それぞれの言語で表した美とは何でしょうか。それは、肉となられた永遠のみことばの輝きの映しにほかなりません。聖アウグスティヌスはいいます。「大地の美に問いなさい。海の美に問いなさい。あまねく満ちた大気の美に問いなさい。天空の美に問いなさい。星の秩序に問いなさい。太陽に問いなさい。あなたの輝きをもって昼を照らすのはだれかと。月に問いなさい。あなたの光をもって夜の闇を和らげるのはだれかと。水の中を泳ぎ、地を這い、空を飛ぶ野獣に問いなさい。自らを隠す霊魂、自らを示す肉体、他のものに導かれる目に見えるもの、他のものを導く目に見えないものに問いなさい。すべてのものはあなたに答えるでしょう。『わたしたちを見てください。わたしたちの美しさを』。彼らはその美しさによって知られます。この変わりうる美しさを創造したのはだれか。変わることのない美であるかたそのものです」(『説教241』:Sermo CCXLI, 2, PL 38, 1134)。
  親愛なる兄弟姉妹の皆様。主の助けによって、わたしたちが、神と出会い、神を愛するようになるための一つの道、おそらくもっとも心を引かれる魅力的な道として、美の道を再発見できますように。

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