教皇ベネディクト十六世の2010年5月23日の「アレルヤの祈り」のことば 聖霊降臨

教皇ベネディクト十六世は、聖霊降臨の祭日の5月23日(日)正午に、教皇公邸書斎の窓から、サンピエトロ広場に集まった信者とともに「アレルヤの祈り」を行いました。以下は、祈りの前に教皇が述べたことばの全文の翻訳です(原文イタ […]


教皇ベネディクト十六世は、聖霊降臨の祭日の5月23日(日)正午に、教皇公邸書斎の窓から、サンピエトロ広場に集まった信者とともに「アレルヤの祈り」を行いました。以下は、祈りの前に教皇が述べたことばの全文の翻訳です(原文イタリア語)。

「アレルヤの祈り」の後、教皇はイタリア語で次のように述べました。
「昨日、ベネヴェントでテレサ・マンガニエッロ(1849-1876年)が列福されました。テレサ・マンガニエッロはフランシスコ会第三会に属する信徒の女性です。農家の家族の第11子として、モンテフスコで生まれたテレサは、家事とカプチン・フランシスコ修道会の教会の霊的任務を果たしながら、素朴でへりくだった生活を送りました。アッシジの聖フランチェスコ(1181/1182-1226年)と同じように、テレサはイエス・キリストに倣おうと努めました。そして、罪の償いのために苦しみと悔い改めのわざをささげました。彼女は隣人への愛で満たされていました。テレサはすべての人、とくに貧しい人、病気の人のために自らを惜しみなく与えました。常に微笑みと優しさを絶やさなかったテレサはわずか27歳で天に召されました。彼女の心は生前からすでに天を住まいとしていたからです。この福音の輝かしい証人のために神に感謝しようではありませんか。
 明日5月24日の、『キリスト者の助け』である聖なるおとめマリアの記念日に、わたしたちは『中国の教会のために祈る日』を行うことができます。中国の信者が互いの一致と普遍教会との一致が深まることを祈るこのときにあたって、世界中のカトリック信者、とくに中国出身の信者は、中国の信者とともに祈りと愛のわざをささげます。どうか聖霊がとくに今日の祭日にわたしたちの心を満たしてくださいますように」。

この日、教皇は、午前10時からサンピエトロ大聖堂で聖霊降臨の祭日のミサをささげました。


 親愛なる兄弟姉妹の皆様。

 復活祭の50日後、わたしたちは聖霊降臨の祭日を祝います。この祭日に、わたしたちは聖霊の力が示されたことを思い起こします。聖霊は、二階の広間に集まっていた使徒たちの上に風と炎のように降り、彼らが勇気をもってすべての国民に福音を告げ知らせることができるようにしてくださいました(使徒言行録2・1-13参照)。聖霊降臨の出来事を教会の真の意味での「洗礼」とみなすのは適切です。しかし、聖霊降臨の神秘はそれだけではありません。実際、教会は聖霊の注ぎのうちに生き続けます。聖霊がなければ、教会は力を失います。風を失った帆船と同じです。聖霊降臨は特定の力強いときに特別なしかたで更新されます。それは地域的な次元のことも、普遍的な次元のこともあります。小さな集いの場合のことも、大集会の場合のこともあります。たとえば公会議の会期には聖霊の特別な注ぎが与えられます。こうした公会議の一つに、いうまでもなく第二バチカン公会議があります。わたしたちは、1998年の聖霊降臨の祭日にここサンピエトロ広場で尊者ヨハネ・パウロ二世とさまざまな運動団体が開催した集会も思い起こすことができます。しかし教会は、たくさんの「聖霊降臨」が地域共同体をも生かすことを知っています。たとえば典礼、それも、とくに共同体の生活の特別なときに行われる典礼です。このような典礼の中では、神の力がはっきりと感じられ、心に喜びと熱意を注ぎます。他の多くの祈りの集いもそうです。こうした集いの中で、若者は神の招きをはっきりと感じます。わたしの愛に基づいて生きなさい。場合によっては、自分のすべてをわたしにささげなさいと。
 それゆえ、聖霊降臨なしに教会はありえません。わたしは付け加えてこういいたいと思います。おとめマリアなしに聖霊降臨はありえません。それは最初の二階の広間についていうことができます。そこでは弟子たちが「婦人たちやイエスの母マリア、またイエスの兄弟たちと心を合わせて熱心に祈っていた」(使徒言行録1・14)のです。使徒言行録がいうとおりです。それはあらゆる場所、あらゆるときに常にいうことができます。わたしはほんの数日前にファティマでこのことを目の当たりにしました。実際、巡礼聖堂前の広場の大群衆は、皆が心と思いを一つにしながら、何を体験したでしょうか。新たな聖霊降臨にほかなりません。わたしたちのただ中には、イエスの母マリアがおられました。これこそが、ルルド、グアダルペ、ポンペイ、ロレトといった偉大な聖母巡礼所の特徴をなす体験です。このことはもっと小さな巡礼所にもいえます。キリスト信者が集まってマリアとともに祈るとき、主はご自身の霊を与えてくださるのです。
 親愛なる友人の皆様。聖霊降臨の祭日に、わたしたちも、キリストの母であり、教会の母であるかたと心を合わせ、信仰をもって、神である「弁護者」が新たに注がれることを祈り願いたいと思います。この恵みを、全教会のため、とくに「司祭年」にあたり、すべての福音の奉仕者のために祈り求めます。どうか救いの知らせがすべての民に告げ知らされますように。

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