教皇ベネディクト十六世の257回目の一般謁見演説 アビラの聖テレサ

2月2日(水)午前10時30分から、パウロ六世ホールで、教皇ベネディクト十六世の257回目の一般謁見が行われました。この謁見の中で、教皇は、「教会博士」に関する新しい連続講話を開始し、その第1回として、「アビラの聖テレサ」について解説しました。以下はその全訳です(原文イタリア語)。


 親愛なる兄弟姉妹の皆様。

 教父と、中世の偉大な神学者と女性を取り上げたこれまでの連続講話で、わたしは、その優れた教えのゆえに教会博士と宣言された幾人かの聖人と聖女についても考察することができました。今日から、わたしはこの教会博士の解説を完成させるためにささやかな連続講話を始めたいと思います。すべての時代のキリスト教霊性の頂点を代表する聖人である、アビラの(イエスの)聖テレサ(Teresa de Ávila 1515-1582年)から始めます。
 アビラのテレサは1515年、スペインのアビラで生まれました。本名はテレサ・デ・アウマダ(Teresa de Ahumada)です。 彼女は自叙伝の中で幼年時代のいくつかの出来事に言及しています。テレサは「神を畏れ、徳に満ちた両親」から、9人兄弟と3人姉妹の大家族の一人として生まれました。9歳にもならない幼いときからすでに幾人かの殉教者の伝記を読むことができました。殉教者の伝記は彼女に殉教への望みを抱かせました。そこで彼女は殉教者として死んで天国に行くために家を出ることまで考えました(『自叙伝』:Libro de la vida 1, 4参照)。幼いテレサは両親にいいました。「わたしは神を見たいのです」。数年後、テレサは幼いときの読書について語っています。そして自分は真理を見いだしたと述べます。この真理を彼女は二つの原理に要約しました。第一は、「この世に属するものはすべて過ぎ去ること」、第二は、神のみが「永遠に、永遠に、永遠に」存在することです。このテーマは次の有名な詩の中で述べられます。
  「なにものにも乱されるな
  なにものにも驚くな
  すべては過ぎ去るが
  神は変わらない
  忍耐が
  すべてに至る道
  神を体験している人は
  なにも欠くことがない
  神のみで満ち足りる」(『詩』:Poesias 9〔『アビラの聖女テレサの詩』高橋テレサ訳、聖母の騎士社、1992年、51頁〕)。
テレサは12歳で母を失い、至聖なるおとめに自分の母となってくれるよう願いました(『自叙伝』:Libro de la vida 1, 7参照)。
 青年時代のテレサは世俗的な書物を読んでこの世の生活に心を奪われました。しかし、アビラのアウグスティヌス女子修道会のサンタ・マリア・デ・グラシア修道院の付属学院寮の学生として過ごし、霊的書物、とくにフランシスコ会の霊性の古典を読んだことにより、精神の集中と祈りを学びました。20歳のとき、アビラのエンカルナシオン修道院に入りました。修道生活を始めたテレサは、イエスのテレサの修道名を名乗りました。3年後、重い病にかかり、4日間の間、昏睡状態に陥り、ほとんど死んだかのように思われました(『自叙伝』:Libro de la vida 5, 9参照)。聖女は、自分の病との戦いは、弱さと神の呼びかけにあらがう心との戦いでもあると認めます。テレサはいいます。「わたしは生きたかったのです。わたしは生きていたのではなく、つねに死の影と戦っていたのでした。わたしにいのちを与えてくれる人はいませんでしたし、自分からいのちを得ることもできませんでした。唯一わたしにいのちをお与えくだされるかたは、わたしを助けにきてくださいませんでした。それは当然のことです。幾度となくわたしを連れ戻しにいらしてくださったのに、わたしはその度にそのかたを捨てたのですから」(『自叙伝』:Libro de la vida 8, 12〔『神の憐れみの人生』高橋テレサ訳、聖母の騎士社、2006年、上、128頁〕)。1543年、テレサは肉親を失いました。父親が死に、兄弟も次々とアメリカに移住したからです。1554年の四旬節、39歳のとき、テレサの自分の弱さとの戦いは頂点に達しました。たまたま「傷にまみれたキリスト」の像を見いだしたことが、彼女の生涯に深い刻印を残すことになります(『自叙伝』:Libro de la vida 9参照)。当時、聖アウグスティヌス(Augustinus 354-430年)の『告白』(Confessiones)に深い親しみを感じていた聖女は、自らの神秘体験にとって決定的な瞬間をこう書き記します。「突然神の存在がわたしに迫ってきて、神がわたしのうちにおいでになる、またはわたしが神のうちに完全に沈められていることをまったく疑うことができませんでした」(『自叙伝』:Libro de la vida 10, 1〔高橋テレサ訳、上、138頁〕)。
 内的成熟と並行して、聖女はカルメル会の改革の理念を具体化し始めました。1562年、テレサはアビラの司教アルバロ・デ・メンドサ(Alvaro de Mendoza)の支援を得て、最初の改革カルメル会修道院をアビラに創立しました。その後間もなく、カルメル会総長ジョヴァンニ・バッティスタ・ロッシ(Giovanni Battista Rossi)の認可も受けました。その後の数年間、テレサは計17の新しいカルメル会修道院を設立し続けました。十字架の聖ヨハネ(Juan de la Cruz 1542-1591年)との出会いは根本的に重要です。テレサは十字架の聖ヨハネとともに1568年にアビラ近郊のドゥルエロに最初の跣足カルメル会修道院を創立しました。1580年、テレサはローマから改革カルメル会のための免属管区を設立する認可を得ました。これが跣足カルメル会の出発点となります。テレサは地上の生涯をこうした設立活動を行っている最中に終えます。実際、彼女は、1582年にブルゴスのカルメル会修道院を設立した後、アビラに帰る途中の10月15日、アルバ・デ・トルメス修道院で亡くなりました。つつましく次の二つのことばを繰り返し唱えながら。「ついにわたしは教会の娘として死にます」。「わが花婿よ、今こそ御身とまみえる時です」。彼女はその生涯をスペイン全体だけでなく、教会全体のためにささげ尽くしました。テレサは1614年、教皇パウロ5世(在位1605-1621年)により列福され、1622年、グレゴリウス15世(在位1621-1623年)により列聖され、1970年、神のしもべパウロ6世により「教会博士」とされました。
 イエスのテレサは学問的教育を受けませんでしたが、神学者、知識人、霊的師父の教えをつねに用いました。著述家としてのテレサはつねに自分自身に起こったこと、ないし人の経験のうちに見たことに従います(『完徳の道』:Camino de perfección, prólogo参照)。すなわち経験から出発します。テレサは多くの聖人、とくに十字架の聖ヨハネと霊的交友関係を結ぶことができました。同時に彼女は、聖ヒエロニュムス(Eusebius Hieronymus 347-419/420年)、聖グレゴリウス・マグヌス(Gregorius Magnus 540頃- 604年、教皇在位590-没年)、聖アウグスティヌスといった教父を読むことによって養われました。著作の中でもっとも注目すべきなのは、『神の憐れみの人生』(Libro de las misericordias de Dios)とも呼ばれる『自叙伝』(Libro de la vida)です。1565年にアビラのカルメル会修道院で著されたこの書物は、彼女の生涯と霊的歩みを振り返ります。それはテレサ自身が述べるとおり、自らの霊魂を「霊的教師」の聖フアン・デ・アビラ(Juan de Ávila 1499/1500-1569年)に識別してもらうために書かれました。同書の目的は、自分の生涯におけるあわれみ深い神の現存と働きを示すことです。そのため、この著作ではしばしば主との祈りの対話が述べられます。本書を読むと心を捕らえられます。なぜなら、聖女は神との関係の深い体験を単に物語るだけでなく、自分がそれをあらためて体験していることを示すからです。1566年、テレサは『完徳の道』(Camino de perfección)を著しました。テレサは本書を『イエスのテレサが自分の修道女に宛てた勧告と助言』と呼びました。彼女が本書を書き送ったのは、アビラのカルメル会サン・ホセ修道院の12人の修練女です。テレサはこの修練女たちに、教会に奉仕するための観想生活の厳しい計画を示します。観想生活の基盤は、福音的な徳と祈りです。もっとも貴重な箇所は、祈りの模範である「主の祈り」の解説です。聖テレサのもっとも有名な神秘的著作は、1577年、彼女が円熟した時期に書かれた、『霊魂の城』(Las moradas o Castillo interior)です。本書は自らの霊的生活の歩みの回顧であるとともに、聖霊の働きのもとに完成と聖性に向かうキリスト教的生活の発展の可能性の集大成でもあります。テレサは、人間の内面の比喩として、7つの住まいをもつ城の構造を述べます。同時に彼女は、蝶として生まれ変わる蚕というたとえを用います。それは、自然から超自然への移行を示すためです。聖女は聖書、とりわけ雅歌から霊感を受けて、最終的に「花嫁と花婿」というたとえを用います。このたとえにより、第7の住まいにおいて、キリスト教的生活の頂点を4つの観点から述べることが可能となります。すなわち、三位一体、キリスト、人間、そして教会です。テレサは1573年から1582年の間に書かれた『創立史』(Libro de las Fundaciones)で、改革カルメル会修道院の創立者としての活動を取り上げます。本書の中でテレサは初期の修道女のグループの生活について語ります。自叙伝と同じように、記述の目的は、新しい修道院を設立する活動の中で何よりも神が働かれたことを示すことです。
 テレサの深く複雑な霊性を短いことばでまとめるのは困難です。いくつかの本質的な点を述べたいと思います。第一はこれです。聖テレサは、福音的な徳があらゆるキリスト教的生活と人間生活の基盤であることを示します。とくに富からの離脱、あるいは福音的な清貧です。これはわたしたち皆にかかわります。また、互いに愛し合うことです。これは共同生活と社会生活に不可欠な要素です。へりくだりとは、真理を愛することです。決断は、キリスト教的勇気から生まれます。テレサは、神への希望は、生ける水への渇きだと述べます。人間的徳も忘れてはなりません。すなわち、柔和、誠実、謙遜、親切、快活、教養です。第二はこれです。聖テレサは、聖書の偉大な人物に深く親しむとともに、神のことばにしっかり耳を傾けるよう指示します。聖女が親しみを感じたのは、何よりも雅歌の花嫁と、使徒パウロであり、また、ご受難のキリストと、聖体のイエスです。
 聖テレサは祈りが根本的に重要であることを強調します。テレサはいいます。「祈りとは、わたしたちを愛してくださっていると分かっているかたと幾度も二人きりで対話をし、友情を深めること」(『自叙伝』:Libro de la vida 8, 5〔高橋テレサ訳、上、120頁〕)です。聖テレサの思想は聖トマス・アクィナス(Thomas Aquinas 1224/1225-1274年)による神への愛の定義と一致します。神への愛とは「神に対する人間の何らかの友愛(amicitia quaedam hominis ad Deum)」です。神がまず人間にご自身の友愛を与えてくださいます。まず働きかけてくださるのは神なのです(『神学大全』:Summa theologiae II-II, q. 23, a. 1〔『神学大全16』稲垣良典訳、創文社、1987年、121頁〕参照)。祈りは生活です。そして祈りは、キリスト教的生活が深まるにつれて徐々に進歩します。それはまず口祷から始まります。そして、黙想と精神の集中を通じて心の祈りとなります。ついにはキリストと至聖なる三位一体の神との愛の一致に至ります。いうまでもなく、この進歩は、高みに登れば、以前に行っていた祈りの形を捨てるようなものではありません。むしろそれは、神との関係を少しずつ深めることです。神は生活全体を包むかただからです。聖テレサは、祈りの教育者であるばかりか、まことの「秘義教育者」だといえます。彼女は、著作の読者に、自らその人とともに祈りながら、祈ることを教えます。実際、彼女はしばしば説明ないし解説を中断して、あふれるような祈りをささげるのです。
 聖テレサにしばしば見られるもう一つのテーマは、キリストの人間性を中心とすることです。実際、テレサにとって、キリスト教的生活はイエスとの個人的な関係です。イエスとの個人的関係は、恵みと愛と倣(まな)びを通じて、イエスとの一致において頂点に達します。それゆえテレサは、主の受難と聖体を重んじます。聖体は、あらゆる信者の生活にとって、教会のうちにキリストが現存することであり、典礼の中心だからです。聖テレサは教会に対する限りない愛を生きました。彼女は当時の教会の分裂と争いを前にして、深い「教会の感覚(sensus Ecclesiae)」を示しました。彼女は「聖なるローマ・カトリック教会」への奉仕とその擁護をさらに行うために、カルメル会を改革しました。そのために彼女は自分のいのちをささげる用意ができていました(『自叙伝』:Libro de la vida 33, 5参照)。
 わたしが強調したい、テレサの教えの最後の本質的な点は、完徳です。完徳は、キリスト教的生活全体が求めること、その究極目的そのものです。聖テレサは、キリスト信者がキリストのうちに「完成」すると、はっきり考えていました。『霊魂の城』の終わりの最後の「住まい」の中で、テレサはこの完成について述べます。この完成は、三位一体の神がわたしたちのうちに住むこと、人性の神秘を通じてキリストと一致することによって実現します。
 親愛なる兄弟姉妹の皆様。イエスの聖テレサは、あらゆる時代の信者にとってキリスト教的生活のまことの教師です。しばしば霊的な価値を欠いた現代社会にあって、聖テレサはわたしたちに、神と、その現存と、その働きをうむことなくあかしすることを教えてくれます。聖テレサはわたしたちの心の奥深くにおられる、神への渇きを本当に感じることを教えてくれます。神を見、神を尋ね求め、神と語り合い、神の友となりたいという望みを本当に感じることを教えてくれます。このような神との友愛を、わたしたちは皆、必要としています。わたしたちはそれを日々、あらためて求めなければなりません。深く観想的であるとともにきわめて活動的な、この聖女の模範が、毎日、祈りにふさわしい時間を当てるよう、わたしたちをも促してくれますように。祈りは神への開きであり、神を尋ね求める歩みです。そして、神を見いだし、神の友となり、そこから、まことのいのちを見いだすことができますように。わたしたちの多くは本当にこういわずにいられないからです。「わたしは生きていない。わたしは本当の意味で生きていない。なぜなら、わたしは本来の自分の人生を生きていないからだ」。ですから、祈りの時間はむだな時間ではありません。祈るとき、わたしたちにいのちへの道が開かれます。神と神の教会を深く愛し、また兄弟を具体的に愛することを神から学ぶための道が開かれるのです。ご清聴ありがとうございます。

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