「カトリック情報ハンドブック2018」巻頭特集

「カトリック情報ハンドブック2018」 に掲載された巻頭特集(特集1・特集2)の全文をお読みいただけます。 ※最新号はこちらから 【ページ内目次】 特集1 来なさい。そうすればわかる(ヨハネ1・39)―若者へのカトリック […]


「カトリック情報ハンドブック2018」
に掲載された巻頭特集(特集1・特集2)の全文をお読みいただけます。
最新号はこちらから


【ページ内目次】
特集1 来なさい。そうすればわかる(ヨハネ1・39)―若者へのカトリック教会の思い
特集2 カトリック中央協議会―それって何?

特集1 来なさい。そうすればわかる(ヨハネ1・39)―若者へのカトリック教会の思い
名古屋教区司祭 浅井太郎

 2018年10月に開催される世界代表司教会議(シノドス)は、若者たちへの司牧をテーマとしています。そこでこの文章は若い皆さんに、現代のカトリック教会が皆さんをどう見ており、何を提供したいと願っているのか、それを紹介することが目的です。


 なぜ宗教?
 どう生きてゆこうか。私は何をしたいのだろう。私の生き甲斐って何だろう。私の伴侶は誰なのだろう。
 そんな問いに誰しも直面するものです。特に若い人にとって、この問いは自然なものです。たぶん皆この問いを通り抜けて、自分の人生を築き上げてゆきます。教会はそんな皆さんの手助けになりたいと願っています。
 今この文章を読まれている方は、カトリック教会になんとなく関心を持っていたり、幼児洗礼というなぜか切れない絆で教会につながっている方ではないでしょうか。あるいは、神様やキリストのこと、信仰の大切さはなんとなくわかっているけど、今の教会には足を運ぶ気になれない方かもしれません。そんな方々にとっては、そもそもなぜ教会に行くのか、なぜ私はキリスト者なのかということも大きな謎ではないでしょうか。
 ところで、教会について理解する前に、そもそもなぜ宗教があるのか、考えたことがありますか。ふだん私たちの多くは宗教と関わらずに生活しています。日本には私は無宗教ですと答える人がたくさんいます。反対に宗教に関わっているというと、どこか変わっていて、反社会的なイメージさえ伴うことがあります。20年以上前のオウム真理教事件や最近のイスラム過激派のニュースで、そうしたイメージが形成されてしまっています。でも本当は、人は宗教無しでは生きられない存在です。どうしてでしょうか。
 宗教には固有の領域があります。宗教でなければ扱えない領域、それは死です。人類誕生以来、葬送儀礼を欠いた文化はありません。人は、自分の親や身近な人をなくすと悲しみます。その悲しみのゆえに、亡くなった人の遺体を葬り、再会あるいは再生を願います。そこに宗教の原初的形態を認めることができます。近年の日本では、特定の宗教団体に属さず、死に際しても宗教者の祈りや読経を頼まず、そのまま親族だけで火葬場に向かう直葬という形態も登場しています。いかにも無宗教のように見えますが、それは特定の既成教団に属さないというだけで、故人の遺体を葬り、手を合わせる行為がそのまま宗教行為となっています。つまり、死に関われば、宗教行為にならざるをえないのです。それだけの力が死にはあります。この死にどう向き合い、どう乗り越えてゆくのか、それが宗教の課題です。誰しも死に直面しなければなりません。死に直面しないですむ人など誰もいません。この必然的な出来事に背を向けて生きてゆくことは、人にとってむしろ不自然なことです。
 死と誠実に向き合って初めて、生が見えてきます。死と生は裏腹です。死を思う時、よりよい生を見いだせます。したがって生き甲斐を見いだしたい人、よりよい人生を得たい人は、必ず一度は死を意識してみる必要があります。それなくして真実の生を得ることはできません。むかし西田幾多郎という哲学者は『善の研究』という著作の中でこう書きました。「基督がその生命を得る者は之を失ひ我が為に生命を失ふ者は之を得べしといはれたのが宗教の最も醇なる者である」。死と生とにかかわる以上、宗教は命のためにあるといってよいでしょう。
 さて、宗教の必要性が納得できたとしても、どうしてキリスト教、それもカトリックなのでしょうか。別に仏教でも、神道でも、イスラームでも、あるいはプロテスタントでも、よいのではないか。またそれ以外にもたくさんの宗教や宗派が存在します。そのどれに所属しても構わないし、特定の既成教団が気に入らなければ、自分の考えや、あるいは自分の家族の考え方や流儀のみを一つの宗教として守ってゆけばそれでよいのではないか。そんなふうにも思われるかもしれません。たしかに最終的には個人やそれぞれの家族の選択で、どの宗教に属するかは決まることでしょう。それは各自の判断です。しかしそれぞれの宗教にはそれぞれの存在意義つまりアイデンティティがあります。そのアイデンティティのゆえに、どの宗教宗派も自派に属すべきと主張します。そのようなアイデンティティのない教団・集団は解体していってしまいます。
 この点、カトリックであっても同様です。他のすべての宗教宗派が自分たちの存在意義を大切に守るように、カトリックもまた自らの存在意義を大切にしています。なぜカトリック教会なのか。カトリック教会のアイデンティティは、ひとえにイエス・キリストにかかっています。もちろんそれだけならば、キリスト教に属するすべての教会・教団が同じことを言います。カトリック教会はそれに加えて、使徒継承性と普遍性を持っています。使徒継承性とは、簡単に言えば、聖なる伝承に基き、使徒の頭ペトロの後継者につながる教会であるということです。そして普遍性とは、人類共通の教えを持っており、その故に全世界に広がっているということです。この普遍性は、特定の民族に限られるものではなく、むしろ、すべての民族を生かす包容力のことをさしています。
 カトリック教会の願いは、そのアイデンティティでもあり創立者でもあるイエス・キリストの願いにほかなりません。その願いとは、すべての人を真実に生かすことです。この世の一時的な生ではなく、死後も存続する永遠の生を与えること、それがイエス・キリストの願いであり、使命でした。ですから教会もまた、基本的にこの願いを抱いています。この願いをもって若者たちを見守っています。

 日本社会のなかで
 いま皆さんを囲む状況とはどのようなものなのでしょうか。試験や就活に追われているのでしょうか、業績を上げることに必死になっているのでしょうか。はたまた、恋愛がうまくゆかず心晴れない日々を過ごしているのでしょうか。
 夢があり、そのためにしなければならないこともある、しかしそれがなかなか難しいと、ついついその場しのぎの逃げに走ってしまいます。ゲームやビデオ、映画、アニメ、漫画、いくらでも楽しいものはあります。しかしその場しのぎでは、人生何も前に進んでゆきません。そんな自分の窮状はよくわかっているけど、打ち込めるものが見当たらない。見つけたいけど、見つけられない。
 お金を稼がないと生活できないし、人の目もあるので就職はした、けれども、思うように成果を上げられず、人の批判や陰口が怖い、職場の人間関係が合わない。仕事が自分に合っていないような気がして辞めてしまった、そんな人もいるかもしれません。
 生きてゆくための道はたくさんあるように見えて、実際に生きてゆこうとすると前に進めない。そんな袋小路に入り込んでしまった人たちに呼びかけたい。もしかすると、今がチャンスの時、新しい人生が近づいているのかもしれません。教会はそのような人たちが自分の生きてゆく道を見いだすための場を設けて待っています。

 教会が提供するもの
 教会が皆さんに提供する場は、まず何よりも「ミサ」と呼ばれる祈りの場、祭儀の場です。人は心の奥底で神様に対して開かれています。これはカトリック教会の教える人間観の基本です。神様との交わりを持たない限り、人は満たされることがありません。ミサは、人と神様との交わりの場です。カトリック信者は、神様であるキリストがミサにあずかる人々のなかに特別な仕方でやって来て、そこにいると信じています。とりわけ「御聖体」と呼ばれる白いパンのなかにキリストはいて、食べられ、食べた人と一つになります。こうしてキリストの御聖体を食べた信者は、特別のアイデンティティを獲得します。すなわち、キリストのアイデンティティにあずかり、今自分が生きている固有の場でキリストの役割を果たす使命を獲得します。こうして新たな生き方を身に帯びることになります。このキリストが、教会に集う人々の絆です。
 御聖体を食べるための資格はただ一つ、洗礼を受けることです。洗礼とはキリストの死にあずかることです。キリストの死にあずかることで、古い自分が死に、キリストが三日目に復活したように、精神的に新しい生へとよみがえります。誰しも避けられない必然的な死が、キリストの死と置き換えられ、その死を原点として私たちの生が根本的に変えられます。その変化は無意識の次元で行われます。したがって表面的には洗礼を受けたからといって何がどう変わったのか自覚的には捉えにくいかもしれませんが、成人洗礼を受けた多くの人が経験しているように、心の底からの喜びを感じます。とりつかれていたものから解放されたような自由なすがすがしい気持ちを抱きます。そしてミサを中心とした生活へと転換します。この意味で人生が変わります。これもまた教会が提供するものです。この変化の原因を教会は、キリストの恵みと表現しています。
 したがって、ミサはキリスト者の生の原点となるものですが、しかしながら、当たり前のことですが、ミサだけで人生が成り立つわけではありません。仕事があり、社会の中で人々の役に立つと同時に生活の糧を得る必要もあります。また、大切な人と付き合い、家庭を築き次の世代を育んでいく務めもあります。それゆえミサは、自らの生の根拠を確認する場であると同時に、自分が実際に生きている日常生活へと再び遣わされてゆく派遣の場でもあります。「遣わされてゆく」という言い方は教会に固有の表現です。キリストを信じる者は皆、イエスによって全世界に派遣された使徒のように、それぞれの生活の場へと使者として遣わされてゆきます。その場でキリストの役割を果たすようにという意図からです。

 カトリック教会の歴史① 前史・誕生・展開
 子供の頃から教会に通ってきた方々からすると、そうはいっても実際の教会生活に魅力を感じられないと言われる方が結構おられるのではないかと思います。今述べたことは一つの理念であり理想であって、現実の教会生活は過去の因習に囚われ、若者にとっては刺激の乏しいマンネリズムの世界と見えるかもしれません。しかしその姿が教会のすべてではありません。教会もまた現代世界にあって、元の活力を取り戻そうと改革を進めています。そのことを理解していただくために、ここで簡単に教会の歴史を紹介しましょう。
 教会の歴史は、神様が最初の人間アダムを創造した時から一つの流れでつながっています。もちろんこれは旧約聖書創世記に記されている創造物語に依拠しています。ビッグバンや進化論が語るような科学的な理論ではありません。アダムとエバの物語のあと、カインとアベル、ノア、バベルの塔といった有名な物語が続きます。その後、アブラハムという人が出てきます。この人がキーパーソンです。神様の言葉を聞き、素直にそれを信じて旅立った人です。アブラハムはユダヤ教、キリスト教、そしてイスラームの共通の父祖となりました。彼がハガルとの間にもうけたイシュマエルの系譜からイスラームを開いた預言者ムハンマドが生まれたとされているからです。
 他方アブラハムとサラとの間に生まれた子供がイサク、イサクの子供がヤコブ、このヤコブが12人の子供をもうけ、神様からイスラエルの名前をもらいます。これがイスラエルの民の起源です。イスラエルの民は一時期エジプトで暮らしていましたが、いつしか奴隷状態となり、そこからモーセに率いられてエジプトを脱出しました。十戒を授けられ、荒れ野を40年さまよった後、約束の地カナンに入りました。ダビデ王のときイスラエルの国はもっとも大きくなりましたが、その子ソロモンの死後分裂しました。バビロン捕囚によっていったん国が滅びましたが、その後神殿を再建し、民族的統一を保ちました。そしてローマ帝国の統治下にイエスが生まれ、新たな時代が到来することとなりました。
 イエス・キリストはユダヤ人の支配者たちによってエルサレムで十字架につけられて殺されました。しかし三日目に復活して、全世界に使徒を派遣し、聖霊降臨のとき教会が誕生しました。使徒たちは、キリストの復活を証しし、イエス・キリストを信じて受け入れる新しい生き方を人々に伝えました。この新しい生き方は、あっという間に地中海世界に広まりました。ローマ帝国は最初この生き方を受け入れた人々を迫害しましたが、4世紀にはローマ帝国自体がキリスト教化しました。
 その後キリスト教はローマ帝国外の異民族、とりわけゲルマン民族にも浸透し、彼らがヨーロッパ世界の原型をつくりあげました。広大なローマ帝国では、二つの領域で次第に差が表面化してきました。一つは、ギリシア語を用い、コンスタンティノープルを中心とする東方ギリシア正教会、もう一つは、ラテン語を用い、ローマを中心とする西方ローマ・カトリック教会です。
 7世紀にイスラームが成立し、東方の伝統を受け継ぐビザンティン帝国の領土はだんだんと縮小してゆきました。他方、西方ローマ・カトリック教会は改宗したゲルマン国家フランク王国の庇護のもと独自の発展を遂げ、いわゆる中世世界、教皇を中心とし、国王たちもそれに従う社会が形成されました。
 しかし徐々に国王の権力が強まり、西ヨーロッパ社会は近代的な形態へと変化してゆきます。東方ではビザンティン帝国がオスマントルコに滅ぼされました。
 ルネサンスという文化運動は、教会内の改革運動へとつながり、ついにはルターによる宗教改革が起こりました。他方、大航海時代が到来し、西ヨーロッパの冒険者やキリスト教宣教師たちがアメリカ大陸やアジアへと旅立って行きました。イエズス会のフランシスコ・ザビエルは東洋の使徒として、キリストを信じて生きる新しい生き方をアジア、とりわけ日本に伝えました。
イギリスで始まった産業革命は、その圧倒的な経済力と技術力、軍事力で全世界を巻き込み、一つのグローバル世界を形成しました。近代的な生活形態は非西洋諸国にも及び、各地の伝統文化を時に破壊し、時にそれと融合しています。この動きは、高度な科学技術革新という形で現在も進行中です。

 カトリック教会の歴史② 20世紀の動き
 しかしながら核技術の出現と環境の破壊という現実は、無条件の科学技術主義に警鐘をならしています。つまり技術革新においても倫理的制約を考えなければ、人類の存続自体が危ぶまれる時代となっているのです。これが過ぎ去った20世紀が残した課題です。
 20世紀のなかばカトリック教会は大きな改革運動を始めました。それが第2バチカン公会議とその後の改革です。第2バチカン公会議(1962年から65年)は第二次世界大戦を契機に開発された大量虐殺兵器を念頭におき、正義のためとはいえ軍事力を行使することが人類の滅亡へとつながる危険を見据えつつ平和な世界の実現を目指しています。実際キューバ危機という核戦争への恐怖と時期を同じくして同公会議は始まっています。また、グローバル化は一段と加速しており、ヨーロッパ中心の発想だけで全世界のカトリック教会の活動を牽引していくことは無理な時代が到来していることも、公会議は自覚していました。そのための教会の再生が模索されました。それは伝統の放棄や破壊ではなく、伝統の核心の見直しでした。例えていえば、老化した体を初心に立ち返ることによって若返らせる作業といってよいでしょう。教会の体は、世代の変化と共に若返らせることができるのです。
 第2バチカン公会議による教会変革では、西方の中世から宗教改革を経て近代にいたる長い歴史過程のなかで形成された体制が、高度な科学技術とグローバル化という現代に特徴的な傾向性のなかで、この動きに対応しながら、新たな教会生活を形成しようとしているのです。具体的にこの日本で言うならば、これまでキリスト教、教会といえば、まっさきにヨーロッパの大聖堂を思い浮かべ、西洋風のイメージが先行していました。しかしそうしたイメージにとどまることなく、目に見えない信仰の核心をつかみ、それを自分たちの民族に固有なものとして表現するという時代が到来していることを意味します。進んだ西洋と遅れた東洋という対立軸で考える時代ではないということです。誰もが容易に海外に行ける時代、日本社会は急速に国際化しています。国際社会に対応した普遍的な価値観と、民族固有の文化を大切にする価値観とが共存できるような考え方が求められているのです。
 このような変革の時代にあって、第2バチカン公会議は若者たちに次のメッセージを出しました。

 第2バチカン公会議が若者たちにあてたメッセージ
 「世界の若者たちよ、最後にあなた方に向けて、公会議は最後のメッセージを述べようとしています。というのは、先輩たちの手からたいまつを受け取り、歴史上かつてない凄まじい変革の時代を生きるのはまさにあなた方だからです。あなた方の両親や教師たちの教えから最高の教えを受け継ぎ、明日の社会を形づくるのはまさにあなた方なのです。あなた方は自分自身を救うか、そうでなければ明日の社会を滅ぼしてしまうかのどちらかなのです。
 この4年間、教会は自らのイメージを若返らせようと努めてきました。それは、創設者であるキリスト、つまり永遠の若者であり、つねに生きている偉大な方の思いに対してよりよい答えを見いだすためなのです。生の再吟味が当面の課題となっていますが、教会がいまや向き合うのはあなた方です。若者たちよ、まさにあなた方のために、教会は公会議を通して光を燃え立たせようとしています。その光はあなた方のものであり、未来を照らす光、そう、あなた方の未来を照らす光です。
 教会が心配しているのはあなた方が築き上げようとしているこの社会が、個人の尊厳と自由と諸権利を尊重するものとなることです。この個人とはあなた方のことです。教会がとりわけ心配しているのは、この社会が教会の宝、つねに古く、つねに新しい宝、すなわちfaith(信仰)を自由に伸ばさせてくれるかどうかということです。教会は自信を持っています。あなた方がしっかりと強さや喜びを持っているので、かつてあなた方の一部の先輩たちが陥ったように、自己中心的で快楽主義的な哲学の魅惑や、絶望や虚無主義のそそのかしに屈するよう誘惑されないであろうと自信を持っています。そして無神論や、倦怠及び老化の現象に直面しても、あなた方は自分のfaith(信仰)を人生の中で確認する術と、それに意味を与えるもの、すなわち、正しく善なる神の存在の確実性とを知るであろうことに自信を持っています。
 この神とその御子イエスの名によってこそ、私たちは、世界の様々な面に対して心を開き、兄弟の求めに注意を払い、若いエネルギーを奉仕にそそぐようあなた方を励まします。あらゆる自己中心主義に対して戦いなさい。暴力と憎しみの本能を思いのままにさせる誘惑を拒否してください。それらが戦争とそれが引き起こすすべての悲惨をもたらすのです。寛大で、純粋で、敬意を抱き、誠実でありなさい。そして先輩たちが住んでいたよりもよい世界を熱心に築き上げなさい。
 教会はあなた方を自信と愛をもって見つめています。教会はこれまで経験した豊かで長い歴史を持ち、未来に向かって時間的世界における人類の完成と、歴史及び生の最終目的へと歩んでいます。したがって教会は、世界の本当の若者なのです。教会は若者の強さと魅力を生み出す元を持っています。すなわち、始まっていることを喜ぶ能力、思い切ってためらうことなく自分を与える能力、自分自身を改め、新しい探究へと再び立て直す能力です。教会を見てください、そうすればあなた方は教会の中にキリストの御顔を見いだすでしょう。キリストは本当の、慎ましい、賢明な英雄です。真実と愛の預言者です。若者の同伴者であり友人です。まさにキリストの名によって、私はあなた方に挨拶し、あなた方を励まし、あなた方を祝福します」(1965年12月7日)。
 第2バチカン公会議閉会にあたって出されたこの文書から次のことがわかります。第2バチカン公会議は若者の中に教会の本質を見ています。その意味で画期的な若者観を提示しているといってよいでしょう。ともすれば、若者を既成の支配的価値観で眺め、その枠組みや制度の中に当てはめようとしてしまう上からの眼差しを改め、若者自身の純粋な感性をむしろ自らの本来の姿として評価しようとしています。その意味でこれもまた教会改革の一つです。若者を自らに当てはめるのではなく、自らの姿を若者たちの中に見ています。

 2018年シノドスに向けた準備文書
 2018年10月に行われるシノドスすなわち世界代表司教会議第15回通常総会は、若者たちへの司牧をテーマとしています。そしてその準備として「若者、信仰、そして召命の識別」という題名の文書が2017年に発表されました。
 この文書は、今述べた第2バチカン公会議の眼差しを反映しています。そこにはこう書かれています。「教会は、今日、福音を告げ知らせるための最も効果的な方法を識別する際に、若者の助けを求めることにしました。若者の話に耳を傾けることによって、教会は再び、神が現代世界で語りかけることばを聴くでしょう。サムエル(サムエル上3・1-21参照)とエレミヤ(エレミヤ1・4-10参照)の時代と同様に、若者は聖霊によって導かれ、私たちの時代の時のしるしを識別することができます。教会は、若者の願望に耳を傾けることにより、将来の世界と教会が歩むよう招かれている道を、垣間見ることができるのです」。つまり教会は若者たちが持っている独特の感性を、預言の賜物として捉えているのです。
 同文書が伝えようとしている核心は、人生の選択に直面している若者たちが、神様からの呼びかけをどう見きわめるかということです。同文書の骨子を紹介しましょう。
 現代は、科学技術の発達によってグローバル化が急速に進展し、文化的宗教的に多様な価値観が認められます。そのため人は絶対的なものを避ける相対主義の誘惑にさらされています。そんな不安定な状況のなかで、若者たちは自分の確かなアイデンティティを求めています。様々な研究調査によれば、若者は信頼できる誠実な人を自分の生き方の参考として必要としています。また、他者と関わる能力を整え、自分の気持ちや感情を抑えるための場や方法も必要としています。ですから若者たちに、同世代の仲間と一緒に自由に交流する場が提供されなければなりません。そこで彼らは自分の気持ちや感情を素直に表し、自分の役割や能力を体験できる機会をえることができます。
若者が不安定な社会の中で自らのアイデンティティを確立するには、どうしても決断をくださなければなりません。しかし決定的な選択をしなければならない時に、ついつい暫定的な選択で済ませてしまうことがあります。というのも、決定的な選択は、裏返せばそれ以外の可能性を諦めることであって、いつも新しい道を選べる可能性を手元においておきたいという誘惑に駆られるからです。そうした際には、教皇フランシスコの次の言葉が刺激的です。「広範囲にわたる決断をし、教育的、感情的な課題に立ち向かうために心を奮い立たせる勇気と偉大さを、どうしたら呼び起こすことができるでしょうか。私は『リスクを負いなさい』というフレーズをとてもよく使います。リスクを負いなさい。リスクを負わない者は誰でも、歩んでいません。『しかし、もし間違いを犯したら、どうすればよいのでしょうか』。主がたたえられますように。もしじっとしているならば、あなたはもっと間違いを犯すでしょう」(「ヴィラ・ナザレ大学での講話」2016年6月18日)
 人生の決定的選択を行うとき、神様からの呼びかけを見きわめることが求められます。この時必要となるのが「信仰」です。信仰とはイエスの視点から見ることです。そして信じるとは、神様の息遣いである聖霊に耳を傾けることであり、神の言キリストと語り合うことです。この対話の場が、良心(conscientia)です。「良心は人間のもっとも秘められた中心であり、聖所であって、そこで人間は独り神とともにあり、神の声が人間の内奥で響く」(『現代世界憲章』16)。聖霊の招きの声とそれ以外のものの呼びかけとを判別し、どのようにそれに応えるかを決めるのは各自の課題です。誰しもそれを他の人に代わってしてもらうことはできません。
 神様からの呼びかけであるかどうかを「見分ける」ために、自分が出会う人や出来事、あるいは耳にしたり読んだりする言葉が自分の内面の欲求や気持ちにどう作用しているかをありのままに確かめる必要があります。その際、沈黙することが大事です。そして心の中に呼び起こされた何かが、実際聖霊は何をするよう求めているのか「解釈する」必要があります。そのうえで「選ぶ」段階となります。その際、相対的な規範を絶対的なものと誤解してしまう危険性もたえず付きまといますが、反対に、他律性という外部からの力への従属状態から解放される場合もあります。いずれにせよ、神様からの呼びかけを見きわめることは、良心という不可侵の場所を守ることにほかなりません。
 若者一人ひとりが行わなければならないこの作業に、教会は寄り添うことを自らの務めとして理解しています。教会の霊的伝統はこの寄り添いの重要性を強調しています。しかしながら寄り添うためには、聖霊の働きにしたがう心の動きを見きわめるという困難な作業が伴います。聖霊の声は一人ひとりの独自性、かけがえのなさに語りかけます。こうした霊的な寄り添いは、心理学的な支援とは異なります。心理学者は困難に陥っている人々を支援し、彼らが自分の弱さや可能性に気付くことができるよう助けます。それに対して霊的な指導は、その人を神の方へと向かわせ、神との出会いのための基盤を用意します。教会の願いは、若者に出会い、若者に寄り添い、すべての若者を一人残らず配慮することです。教会は孤立し排斥されている若者たちを見捨てることができません。若者に寄り添うことは、先入観による枠組みを乗り越え、彼らのいる場所で出会い、彼らの時間と生活のペースに合わせることを必要とします。
 神様からの呼びかけを見きわめるためには、神様との親密さを深め、神様の御言葉と対話するのが最も重要なことです。喧噪で過剰な刺激を与える社会の中で教会は、若者に対して沈黙と観想のよさを味わう機会を設け、自身の経験を理解するための養成を受けたり、自分の良心に耳を傾けたりする場を提供することができます。

 カトリックの若者たちの国際大会① WYD
 そのような教会が若者と出会う特別な場として、ワールドユースデイ(WYD)やアジアンユースデイ(AYD)といった国際大会があります。
 どちらの大会にも、まず「教区の日々」と呼ばれる最初の2、3日があります。現地のある教区に日本巡礼団は受け入れられ、若者たちはホームステイをします。ホームステイ先の家族や同じ青年たちと身近に交流しながら、現地の文化や食事などを体験します。その後、本大会が始まり、それぞれのテーマにそって自分たちの信仰体験を見つめます。
 一番最近のWYDは2016年にポーランドで開催されたクラクフ大会です。WYDを始めた教皇様聖ヨハネ・パウロ2世ゆかりの地です。百数十万人の若者たちが全世界から集まりました。ポーランドという国は、かつて国が近隣諸国によって分割されたとき、民族の統一とアイデンティティをカトリック信仰によって保ったという特色を持っています。この点、日本とはだいぶ事情が異なっています。私が参加してみて印象的であったのは、私たちが宿泊した神学校のロータリーに掲げられていた三本の旗です。一つは黄色と白とで半々に塗り分けられたバチカンの旗、もう一つは同様に青と白とで塗り分けられたマリア様の旗、さらにもう一つは赤と白とで同様に半々に塗られたポーランドの国旗でした。これらが一緒に掲げられているのです。いまの日本で日の丸とバチカンの旗とが同時にはためいているのを見ることはまずありません。
 WYDの歴史を振り返ってみましょう。贖いの特別聖年であった1984年、教皇ヨハネ・パウロ2世は、その贖いの聖年の十字架を若者たちにゆだねましたが、その際次のように呼びかけました。「親愛なる若者たちよ、聖年の終わりにあたり私はあなたがたにこのヨベルの年のしるし、キリストの十字架を委ねます。人類に対するキリストの愛の象徴として世界中にこれを運びなさい。そしてすべての人に告げ知らせなさい。キリストの死と復活のうちにのみ私たちは救いと贖いを見いだすことができるということを」(1984年4月22日)。これがWYDの出発点となりました。
 翌1985年は国連の国際青年年でしたが、その年の枝の主日にもサンピエトロ広場に30万人の若者が集まり教皇と時を過ごしました。聖年の十字架はその時にもありました。この年の12月ヨハネ・パウロ2世は、翌年の枝の主日から「世界青年の日」を毎年開催することを宣言しました。こうして第1回のWYDがローマのサンピエトロ広場で開かれました(1986年3月23日)。ただこの時にはまだ教区レベルでのお祝いでした。しかし翌1987年の第2回WYDはアルゼンチンのブエノスアイレスで、国際レベルで開催されました。これが、私たちが今ふつうにイメージするWYDの国際大会です。
 WYD自体は毎年テーマが設定され、全世界あらゆる教区で枝の主日に祝われるよう定められています。そして2、3年に一度、どこかの国で国際大会が開かれ、世界中の若者たちが巡礼団を組んで参加します。基本的な要素としては、上述の十字架とカテケージスがあり、大会全体が聖週間をなぞらえています。さらに2003年にはヨハネ・パウロ2世は聖母のイコンも与えました。
 1995年に教皇は語っています。「巡礼の十字架は大陸から大陸へと渡り、あらゆるところから集まった若者たちは、イエス・キリストがすべての人にとって同じ方であり、そのメッセージもいつも同じであるという事実を一緒に体験します。キリストの内にはどんな分裂もなく、民族対立も社会的差別もありません。皆が兄弟姉妹であり神の一つの家族なのです」。
 また1996年5月8日付の書簡ではこう語っています。「若者たちの中に教会は自分自身と人類に対する自分のミッションを見ています。若者たちと共に教会は未来に対する挑戦に直面し、人類全体が霊において若返る必要があることに気付いています。民の中の若い成員たちのこの巡礼は、兄弟としての間柄と希望という橋を、大陸間、民族間、文化間に架けています。この旅は、生や若者がそうであるように、常に動いています。これまでの数年間によってWYDは自らが慣習的な儀式ではなく、摂理的な出来事、若者たちがこの上ない喜びをもってキリストへの信仰を告白する機会であることを証明しました。彼らは集まって、そのもっとも内側にある望みを語り、交わりとしての教会を体験し、新しい福音化という緊急の課題に取り組むことができます。そうすることで若者たちは手をつなぎ合い、大きな友情の輪をつくり、復活した主への信仰においてあらゆる異なった人種と国、文化と経験を一つに結び合わせます」。
 WYDの十字架は全世界のあらゆるところに運ばれます。時にはボスニア・ヘルツェゴヴィナにも、時にはニューヨークのグラウンド・ゼロにも、東ティモールにも、朝鮮半島の38度線にも運ばれました。国際的な紛争地に平和のしるしが若者たちによって掲げられたのです。ヨハネ・パウロ2世から始まった十字架をベネディクト16世、フランシスコも継承しました。この十字架は国際社会において人類の一致と平和を願う教会のしるしとなっています。
 WYDへの日本の参加についていえば、1997年のパリ大会以前にも日本の若者が個人的にツアーを組んで参加していましたが、大聖年の2000年に開かれたローマ大会から「日本公式巡礼団」が結成されました。ローマ大会と次の2002年のトロント大会は約100名、2005年のケルン大会は約300名、2008年のシドニー大会は150名、2011年マドリード大会は350名、2013年のリオ大会は60名、2016年クラクフ大会は132名が日本巡礼団として参加しました。公式巡礼団の発足により、日本から派遣された青年同士の教区を越えた交流が充実するようになりました。
 WYDに参加することで、全世界に広がるカトリック教会の力と素晴らしさを体感し、それに基づいて自らの歩みを振り返り、新たな一歩を踏み出す貴重な機会を得られます。

 カトリックの若者たちの国際大会② AYD
 同じカトリックの若者の国際大会であるAYDは、WYDとはいくぶん雰囲気が異なっています。WYDは終始日本巡礼団として行動し、たとえ現地語や英語ができなくても日本人同士で固まっていれば言葉に困ることはなく、そして基本的に巡礼としての性格が強いのに対して、AYDはアジアの青年たちとの交流が大きな部分をしめており、そのため英会話の力が試されます。また聖地を訪ねる巡礼というよりは、カトリック信仰を基盤としたアジアの連帯確認といった趣があります。
 AYDはアジア司教協議会連盟(FABC)が主催する一週間にわたる大会です。アジア中から集まったカトリックの若者が友情を深め霊的に成長することを目的としています。AYDは1991年にポーランドのチェンストホヴァで行われたWYDに遡ります。そこに参加した30を超えるアジアの国々の若者たちが第3回国際ユースフォーラムの場で、アジアのカトリックの若者たちでネットワークを築き、交流し、活動を組織化したいという希望を表明しました。1993年にタイのバンコクで開かれた若者に関する会議でも、アジアの若者たちの活動を調整したいという要望が繰り返されました。こうした若者たちの願いを聞き入れ、FABCは、若者のリーダーたちが活動を組織化し信仰を分かち合うことができるよう、信徒に関する事務局のもとに若者に関するデスクを設立し、このデスク(信徒局青年部)がAYDを主催することとなりました。
 これまでのAYDの歴史を一覧にして確認すると以下の通りです。

*第1回(1999年)タイ・ホアヒン
 テーマ:Asian Youth journeying with Jesus towards the New Millenium
*第2回(2001年)台湾・台北
 テーマ:We are called to Sanctity and Solidarity
*第3回(2003年)インド・バンガロール
 テーマ:Asian Youth for Peace
*第4回(2006年)中国・香港
 テーマ:Youth, Hope of Asians Families
*第5回(2009年)フィリピン・イムス
 テーマ:Yasia, Fiesta! Young Asians: Come Together, Share the Word,Live the Eucharist
*第6回(2014年)韓国・テジョン
 テーマ:Asian Youth! Wake up! The Glory of the Martyrs Shines on You
*第7回(2017年)インドネシア・ジョグジャカルタ
 テーマ:Joyful Asian Youth! Living the Gospel in Multicultural Asia

 最近2回の大会に参加してみた私の感想を述べます。2014年の韓国大会は、まず何よりも教皇フランシスコが来られ、そのため日本からもそれまでにない人数の若者たちが参加しました。郊外に大きな仮設ドームが造られ、韓国企業のディスプレイがいくつも設置され、巨大なコンサート会場のような雰囲気の中で大いに盛り上がりました。私にとって特に印象的だったことは、韓国の若者たちが韓国のカトリック教会創立時の物語を演劇できちんと表現してくれたことでした。それは決してにわか仕立てのちゃちなものではなく、しっかりとした脚本、入念な練習を感じさせるクオリティの高いものでした。韓国の教会は宣教師から始まったものではなく、信徒たちが自ら信仰を学び、司祭を海外から招いてつくりあげたという歴史を持っています。もちろん多くの殉教者も出していますが、もちろんそのことをよく知っているようでした。
 2017年のインドネシア大会では、文化や習俗の違いを大いに体験しました。何よりイスラームが人口の90%以上を占める国ですので、朝4時ごろからイスラームのお祈りアザーンが町中に鳴り響きます。日本であれば間違いなく苦情が出るであろうシチュエーションですが、ジョグジャカルタでは当たり前のことのようです。この音で目が覚めます。カトリックの信者人口は4%から5%、パーセンテージは低いですが、全体の人口が大きいのでやはり日本よりはるかに多くのカトリック信者がいます。日本の若者たちがホームステイした小教区の朝ミサは5時半でした。日本人から見れば非常に朝早く思えますが、インドネシアでは普通のこと、6時には通勤通学のラッシュとなり、町には多くのオートバイが行き交います。昼間は暑いため朝早くから活動を始めるとのことでした。また日本の若者が一番当惑したのはたぶんトイレでしょう。ホームステイ先の一般家庭や町中のお店のトイレ(つまり外国人観光客が泊まるようなホテル以外)では紙が使えません。事前にその情報は知らされていたので、トイレットペーパーを持参し、その都度ごみ袋に捨てるという対策を取りましたが、この習俗の違いに皆驚きました。それぞれの民族舞踊を紹介する出し物も盛り上がりました。しかし若者同士はすぐに打ち解けます。スマホやアニメなど現代の文化に関していえば、国境を越えて共通といってよいでしょう。
 このインドネシア大会にもアジア各国から何人もの高位聖職者(枢機卿や大司教、司教)の方々がやって来ました。閉会ミサは、インドネシアの空軍基地が会場となり、副大統領が来賓として来られ挨拶していました。その意味では国をあげての支援も感じられました。
 最後に、このインドネシア大会に参加した若者数人の感想を紹介します。

―――――

 まず、今回AYD7 インドネシアに参加させていただく機会をいただきました事を神様に感謝します。参加する前のAYDの印象はAYD6韓国にも参加させていただきましたので、アジア各国の若者との分かち合い、異文化体験など、様々なアクティビティを体験できる楽しい大会に再び参加できるというワクワク感でいっぱいでした。インドネシアの印象は、私が現在マレーシアで生活しているということもあり、あまり不安なことはなかったです。AYDを通して、今回のテーマでもある、多文化との共存、その中でカトリックがどの様に浸透していっているのかという事をアジアの若者と分かち合うことができました。生活の中で避けては通れないイスラム教と敵対するのではなく、お互いに理解し合い、尊重し合うこと、そして日本人である自分が持つイスラム教についての考えを、インドネシア人だけでなく、ほかの国の人たちと意見交換できたことが今回のAYDで得た貴重な経験でした。アジアの若者のパワーに触れることの出来た日本の若者たちが、近い将来、日本でAYDを開催することができればAYDで携わった方々に恩返しできるのではと思います。(徳 瑞輝 大阪教区)

 AYDに参加したいと思ったきっかけは私が知っている神、又は神に信仰する形が日本の中の地域でも違いがあると感じたからです。海外の人々の信仰や神に対する意識はもっと日本と違うのではないか、自分の神との関係がもっと豊かになるのではないかと期待していました。
 参加して一番関心を持ったのは、インドネシアの文化・風習・気風がカトリックの信仰の中に生きていたことです。インドネシアのカトリック博物館では、十字架はヨーロッパ的な十字架ではなく、色鮮やかで独特な顔の十字架のイエスが出迎えてくれました。ヨーロッパ風十字架とインドネシア風十字架のどちらが正しいか、良いか悪いかというわけではなく、どちらも大切にされていました。この十字架や現地の人々との交流を通して、インドネシアの人々は自分の国の文化を大切にし、信仰に誇りを持っているのだと気付きました。
 私も前より、より一層日本に根付く文化を大切にしながら自分の信仰に誇りを持ちたいと思いました。(藤田真弓 福岡教区)

 自分にとって初めてのAYD、まるで1ヶ月だったかのように感じるほどの濃密な時間を過ごしました。今でも鮮明に思い出すことが出来ます。「アジア約30カ国からおよそ2万人の参加者が集う」、始めはそう聞いて想像がつかず、国際交流ができて、インドネシアを楽しめればいいかくらいの気持ちでした。しかし、現地に身を置けば、その期待を遥かに上回る感心と驚嘆の日々でした。
 もちろん得たものはあります。アジア中の友達、そして性別・人種・言葉・国を超えての絆。ただ一つ、クリスチャンという共通点があるだけで、普段は壁と呼んでいるものがなくなって、みんなで肩を組んで笑い合えるという事に純粋に感動しました。言葉も分からないインドネシア語のミサなのに、手を繋いで一緒に祈ったり、毎日のミサ閉祭の時に感じたあの熱、温かい雰囲気、まさに愛と表現すべきその瞬間は忘れることが出来ません。
 ただそれと同時に、自分にとっては自分と向きあうことのできた時間だったと振り返って感じます。幼児洗礼であった私にとってクリスチャンであるということ、神様の愛と信仰に自分はどう忠実であるべきかということについて、深い想いを抱きました。
 このAYDで、胸を突かれるような体験をし、福音に生きることは幸せなのだと、そして自分が感じるその幸せを、出会う人たちに当たり前に分けていけるような人になりたいと思いました。
まだ21年の自分の人生の中でも、本当に大切な1週間です。
神に感謝!(中島侑里 札幌教区)

 幼児洗礼を受けた私にとって、自分がクリスチャンであることは、性別や国籍と同じレベルのプロフィールに過ぎないものでした。しかし、信仰について考える機会はなかったものの、教会学校に関わる中で、教会は私の居場所になっていました。アジアンユースデーに参加したいと思った理由は単純で、ただ、自分と同じように教会に集う人たちに会ってみたいと思ったからです。そんな思いを持って参加したアジアンユースデーは、始めから終わりまで喜びの連続でした。そこに集えた喜び、出会えた喜び、言葉の壁を超えて語り合う喜び、各々が持つ異なる文化に触れる喜び。それら全ての喜びの源となるものに信仰の喜びがありました。私たちは神様に呼ばれてここに来て、やっと出会うことができたのだと思いました。私の信仰の歩みはまだ始まったばかりです。もっと多くの人に出会って、同じ喜びを感じ、分かち合わなければいけないと思います。私は、信仰の喜びを持って神様の愛を伝えるためにどんな生き方ができるのか、考え続ける人になりたいです。(池松静麗 東京教区)

 渡航前私は、「AYDを通して、アジアの国々の信徒の皆さんとの親交と信仰を深めたい」という目的意識を抱いていました。政治情勢が乱れる中でも、日本人の一人としてアジアの皆さんともっと仲良くなっていきたいという思いでした。しかし実際にAYDに参加すると、私たちカトリック信徒は、国籍を超えた兄弟姉妹なのだということを思い知らされました。AYDの期間中、私たちは出会う人々皆に歓迎してもらいました。あまりにも多くの人と友達になり、本当に多くの人の愛情をもらいました。その経験を通して、私は「福音とは、信仰とは、喜びである」ということを心から理解することができました。また、「日本、アジアというキリスト教とは異なる文化圏でカトリック信徒として福音を生きる」という、私の長年の、アイデンティティーに関わる疑問に対する答えや新たな知見を得ることができました。AYDを通して得たこれらの素晴らしい体験を、これから生涯私の信仰生活に役立てていきたいです。(石村佳子 東京教区)


 私は、7月30日~8月6日までインドネシアで開催された第7回アジアンユースデー(AYD)に参加しました。私は、これまで日本国内の青年会活動には学生時代から数多く参加していました。AYDのことも以前から知っており、興味はあったのですが、何度も行く機会を逃し、今回が初めての参加となりました。今回のAYDに行こうと思ったのは、時間的に行ける余裕があったこともありますが、何よりも、日本とは異なる地で同じ信仰を持つ青年たちと交流を深めたいと思ったからです。
 インドネシアという初めて訪れた地で過ごした8日間は、文化の違いに戸惑う事もありましたが、インドネシアはじめアジア各国の青年たちと多くの交流を持ち、それまで少し自分の殻に閉じこもっていた私が、神と聖霊によって導かれ、本来の自分らしく過ごすことのできた日々でした。
神様に選ばれたから、AYDに参加し、信仰の喜びJoyfulを、聖霊を、たくさんいただくことができました。この体験を他の青年たち、そして子どもたちに伝え、信仰の喜びを広めていきたいと思います。
 AYDで出会ったたくさんのかけがえのない仲間、そして、この貴重な体験を与えて下さった神に感謝!(片山詩音 新潟教区)


 まとめ
 現代のカトリック教会が若い皆さんに提供したいと願うものが何かといえば、一言、それは「生」です。生きること、それも単に生きるのではなく、よりよく生きること、幸せに生きること、そのために正しく生きること、そのことを共に考え、共に歩みたいということが教会の願いであり、思いでもあります。そのため教会は、それを若い皆さんに一方的に与えるのではなく、一人ひとりが自分の力で見いだすのを手助けしたいと願っています。その目的を実現できるように教会は、若者が自分自身を見つめ、新しい生き方を自分で見いだすことができる場を用意して待っています。そのような場として様々なレベルのものがありますが、一番標準的で日常的なものは最寄りの教会のミサです。ミサは普段の生活のなかに根付くという仕方で私たちの生活をよりよいものへと変えてゆきます。しかしそればかりではなく、時に国際的なレベルで、きわめて特別な場、つまり巡礼のような仕方で、皆さんの気付きを支援する場も用意しています。そんな場としてWYDやAYDがあります。
 カトリック教会は古くからの伝統と経験を持っています。変化の激しい現代にあっても、人間としての基本は古代から全く変わることはありません。現代の時代状況に適応した形で人類の叡知を若い皆さんに伝えたいと教会は願っています。ですから、それを体験し、自分のものとするよう、ぜひ教会を訪ねてみてください。
 イエス様は自分に従うことを選んだ若者におっしゃっています。「来なさい。そうすればわかる」(ヨハネ1・39)。またこうも言っています。「求めなさい。そうすれば、与えられる」(マタイ7・7)。イエス様と一緒に旅をしてみましょう。




特集2 カトリック中央協議会―それって何?
カトリック中央協議会出版部・編

 今皆さんが手にしているこの『カトリック教会情報ハンドブック』を発行しているのは、「カトリック中央協議会」という組織です。皆さんは、この組織について、どれだけのことをご存じでしょうか。よく知らない、名前だけなら聞いたことがある、そうしたかたも多いのではないでしょうか。
 そこで本欄では、このカトリック中央協議会という日本のカトリック教会の公的組織について簡単に説明します。その活動について、信徒の皆さんが理解を深めていただければと願っております。

***

 日本のカトリック教会には16の教区があり、それぞれに教区長(司教)がいます(現在さいたま教区司教は空位で、岡田武夫東京大司教が教区管理者を務めています)。この司教たちによって組織され、日本におけるカトリック教会の全国的な共通関心事について協議し、信者のために「結束して司牧的任務を遂行」する常設の組織が「日本カトリック司教協議会」です。これは、教会法に基づいています(第447条~第459条)。簡単にいえば、この日本カトリック司教協議会の事務方の仕事をこなすのがカトリック中央協議会です。
 「カトリック中央協議会」は、日本の宗教法人法に基づく宗教法人です。1940年の宗教団体法施行を受け、教会と修道会の包括組織として1941年に編成された「日本天主公教教団」がその始まりです。
 その後、1945年の宗教法人令公布、施行を受けて「天主公教教区連盟」となり、教区長会議で決定されたことがらの実施、各教区・修道会・宣教会の間の連絡調整、宣教に関する諸問題の相談と指導をその使命としました(戦後、1948年に「カトリック教区連盟」と改称)。
 そして、1951年の宗教法人法の公布、施行に伴い、翌1952年に「カトリック中央協議会」と改称、全国の小教区・修道院などを包括する宗教法人となって今に至っています。
 日本カトリック司教協議会とカトリック中央協議会、この両者の関係は、少し分かりにくいかもしれません。カトリック中央協議会には、司教協議会の事務局という性格と宗教法人の事務局という性格があり、日本におけるカトリック教会の教団事務所的な役割を担っています。ですから、司教協議会事務局として、教皇庁や各国司教協議会に対する窓口となるとともに、宗教法人事務局として、国内の関係諸官庁やマスコミに対する窓口ともなるわけです。
 このあたりのことから多少の誤解が生じる可能性があるので、念のため一つ言い添えておきます。カトリック中央協議会は、16の教区を束ねて命令や指示を下したり、先頭に立って旗を振ったりするような組織ではありません。16教区はそれぞれの教区長による独立自治の組織です。カトリック中央協議会は、あくまでも教区を超えた教会の仕事を担っているのです。
 なお、2012年度からは、東京と福岡にキャンパスのある日本カトリック神学院も、カトリック中央協議会の一部門に加えられています。

***

 カトリック中央協議会の事務局は、以前は東京都千代田区六番町の古い3階建の建物にありました。その場所には今ではマンションが建ち往時の面影はありませんが、雙葉学園のすぐそばです。1992年に移転し、現在は東京都江東区潮見に建つ8階建のビル「日本カトリック会館」(1992年11月竣工)内に置かれています。隣には尊者・北原怜子さんゆかりの潮見教会があります。
 日本カトリック会館では、通常は年3回開かれる司教総会をはじめ、各委員会や部門(262ページの表をご参照ください)の会議が、通年にわたって多数開催されます。そうした会議の準備、対応等は、事務局の大切な務めです。
 またカトリック教会に関することがらについてのマスコミ対応やウェブサイトによる情報発信、あるいは資料、情報の収集、統計の公表などといった仕事もあります。先般の高山右近列福式のような大きな行事があれば、信者ではない人の間でもカトリック教会についての関心は高まります。そうした際の事務局の対応は、まさに福音宣教に密接にかかわることになります。
 加えて、信徒の皆さんの目に直接触れるようなことではありませんが、宗教法人法に基づく宗教法人としての所轄庁への提出書類の作成なども重要な務めです。
 対社会的な役割を果たすセクションとして、社会福音化推進部があります。国内外の社会的課題、人権擁護、平和活動、開発支援といった取り組みや援助活動などに対応しています。カリタスジャパンや正義と平和協議会の名前をご存じのかたは多いことと思います。そうした委員会の活動に対応するのが、この社会福音化推進部です。「時のしるし」を見極めるという司教が果たすべき大切な務めについて、事務局職員がその補佐に従事しています。社会と乖離することのない教会であるために、その役割は重要です。
 さらに、信徒の皆さんはもちろん、教会外の人にも直接かかわるものとして、新聞事業部や出版部といったメディア関連のセクションがあります。
 新聞事業部は、司教協議会の機関紙である「カトリック新聞」の編集、制作、発行を行っています。カトリック新聞の歴史は大変古く、その前身である「公教青年時報」が創刊されたのは1923年1月のことですから、あと5年ほどで創刊100周年を迎えることになります。カトリック新聞の発行元の名称は現在でも「カトリック新聞社」ですが、1998年にカトリック中央協議会事務局の新聞事業部として位置づけられています。
 一方出版部では、典礼に用いられる儀式書、教皇が公布した公文書や教皇庁各省庁から出された文書の翻訳、日本の司教団や各委員会による文書、そしてこの『カトリック教会情報ハンドブック』のような全国にわたる情報を収録した書籍などを、編集、制作、発行しています。全国の教会で広く利用されている雑誌「毎日のミサ」の編集、制作も、出版部で行っています。
 ウェブサイトによる情報発信もそうですが、活字メディアの提供は、単に教会内部にとどまるものではありません。一般の雑誌でキリスト教の特集が組まれたりすることなどからも理解できるように、日本には、まだ教会の門をたたいたことがなくともカトリック教会に関心をもっている人が、潜在的に数多くいるはずです。そうした人たちに、教皇や日本の司教団の訴えやメッセージを届けることも、カトリック中央協議会の大切な使命です。

***

 2017年3月に『いのちへのまなざし 増補新版』が発行されました。この書籍の著者は「日本カトリック司教団」です。2000年に旧版を世に送り出してから15年以上が過ぎ、社会も大きな変化を遂げました。そうした中にあって日本の司教団は、日本に暮らすすべての人に向けて、新たなメッセージを送ることの必要性を痛感し、旧版の根本的な改訂を決定しました。
 司牧者として根底にあるものは当然通じてはいても、社会の問題について、全司教が共通理解に至る表現を見いだすことは簡単ではありません。内容を検討、吟味する会議を幾度も積み重ねることによって、この増補新版は完成したのです。事務局職員以外にも多くの人がかかわり、多くの時間が費やされました。こうした教区を超えた司教たちの働きを、カトリック中央協議会事務局は日々支えています。

***

 この小さな特集には、カトリック中央協議会はすごいことをやっている、ましてや偉大で立派な事業を行っているなどと喧伝する意図はありません。それは事実に反することです。行われているのはささやかなことです。しかし、ささやかながらも日本のカトリック教会において仕事を担っています。
 そのカトリック中央協議会の任務は、信徒の皆さん一人ひとりの理解を得られなければ遂行が困難になります。理解を得るためには情報の発信が必須です。今後とも、それを続けていきたいと思っております。カトリック新聞や各種書籍、そしてウェブサイト(https://www.cbcj.catholic.jp/)による情報発信に、ぜひご関心をお持ちいただき、それらの浸透にご協力くださいますよう、せつにお願いいたします。

PAGE TOP