教皇レオ十四世、2026年1月11日、「お告げの祈り」でのことば

2026年1月11日(日)正午に教皇公邸書斎の窓から「お告げの祈り」を唱える前に述べたことば(原文イタリア語)。 「お告げの祈り」の後、教皇はイタリア語で次のように述べた。  親愛なる兄弟姉妹の皆様。  すでに申し上げた […]

2026年1月11日(日)正午に教皇公邸書斎の窓から「お告げの祈り」を唱える前に述べたことば(原文イタリア語)。

「お告げの祈り」の後、教皇はイタリア語で次のように述べた。

 親愛なる兄弟姉妹の皆様。

 すでに申し上げたとおり、今朝――主の洗礼の祝日の恒例に従って――、何人かの生まれたばかりの子どもたち、すなわち聖座の職員の子どもたちに洗礼を授けました。今、今日ローマと全世界で洗礼を授けられた、あるいはこれから授けられるすべての幼子たちを祝福し、彼らをおとめマリアの母としてのご保護にゆだねます。とくに、健康において、また外的な危険において、もっとも困難な状況の下で生まれた幼子のために祈ります。この幼子たちをキリストの過越の神秘に結びつける洗礼の恵みが、彼らと彼らの家族の中で力強く働きますように。

 わたしは中東、とくにイランとシリアで最近起きていることに思いを致します。そこでは緊張が続き、そのために多くの人が亡くなっています。社会全体の共通善を追求することによって、対話と平和が粘り強く培われることを祈り願います。

 ウクライナでは、新たな、またとくに深刻なエネルギーのインフラを標的とした攻撃が、寒さが厳しさを増す中で、民間人に深刻な打撃を与えています。苦しむ人々のために祈るとともに、暴力をやめ、平和の実現のための努力を強化するようにあらためて呼びかけます。


 親愛なる兄弟姉妹の皆様。こんにちは。

 今日わたしたちが祝う主の洗礼の祝日から、年間の季節が始まります。この典礼暦年の季節は、わたしたちがともに主に従い、主のことばに耳を傾け、隣人に対する主の愛のわざに倣うように招きます。実際、こうしてわたしたちは、自分たちの洗礼を確認し、更新します。洗礼は、いのちの霊の力によって、わたしたちをキリスト者とし、罪から解放し、神の子へと造り変える秘跡です。

 今日わたしたちが耳にする福音は、この恵みの効果的なしるしがどのように生まれるかを物語ります。イエスは、ヨルダン川でヨハネによって洗礼を受けたとき、「神の霊が鳩のようにご自分の上に降って来るのを」(マタ3・16)ご覧になりました。同時に、天が開けて、こういわれる父の声が聞こえました。「これはわたしの愛する子」(17節)。こうして三位一体全体が歴史の中に姿を現します。御子がヨルダン川の水に降るように、聖霊は御子の上に降ります。そして、御子を通して、聖霊は救いの力としてわたしたちに与えられるのです。

 愛する友人の皆様。神は、わたしたちの人生と手と期待に触れることなしに、遠くから世をご覧になるのではありません。神は、肉となったみことばの知恵とともにわたしたちのただ中に来られ、人類全体に対する驚くべき愛の計画にわたしたちをかかわらせます。

 だから洗礼者ヨハネは、驚きに満たされながらイエスに尋ねます。「あなたが、わたしのところへ来られたのですか」(14節)。まことに、主はその聖性のうちに、すべての罪人と同じように洗礼を受けられます。それは、神の限りないあわれみを現すためです。実際、わたしたちがそのかたのうちに兄弟姉妹である、神の独り子は、支配するためではなく仕えるために、裁くためではなく救うために、来られます。このかたがあがない主キリストです。キリストは、罪を含めてわたしたちがもっているものをご自身に引き受け、ご自身がもっているものを、すなわち、新しい永遠のいのちの恵みをわたしたちに与えます。

 洗礼の秘跡は、すべての時間と空間の中でこの出来事を実現し、わたしたち一人ひとりを教会へと導きます。教会は、神の霊によって生まれ変わった、すべての国と文化に属する人々から成る、神の民だからです。それゆえ、わたしたちが与えられた偉大なたまものを思い起こし、喜びと真実をもってそれをあかしすることを決意するために、この日をささげたいと思います。今日わたしは何人からの生まれたばかりの子どもたちに洗礼を授けました。彼らは信仰におけるわたしたちの新しい兄弟姉妹となりました。唯一の家族として神の愛を祝うことは、なんとすばらしいことでしょうか。神はわたしたちの名を呼び、わたしたちを悪から解放してくださいます。第一の秘跡は、わたしたちに永遠に寄り添う、聖なるしるしです。洗礼は、闇の中にあるときの光です。洗礼は、人生の争いの中にあるときの和解です。洗礼は、死のときの天の門です。

 日々、わたしたちの信仰と教会の宣教を支えてくださることを願いながら、おとめマリアにともに祈ります。

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