教皇レオ十四世、2026年2月22日、「お告げの祈り」でのことば

2026年2月22日(日)正午に教皇公邸書斎の窓から「お告げの祈り」を唱える前に述べたことば(原文イタリア語)。 「お告げの祈り」の後、教皇はイタリア語で次のように述べた。  親愛なる兄弟姉妹の皆様。  ウクライナに対す […]

2026年2月22日(日)正午に教皇公邸書斎の窓から「お告げの祈り」を唱える前に述べたことば(原文イタリア語)。

「お告げの祈り」の後、教皇はイタリア語で次のように述べた。

 親愛なる兄弟姉妹の皆様。

 ウクライナに対する戦争の開始からすでに4年がたちました。わたしの心は、すべての人が目にしている悲惨な状況に今も向けられています。どれほど多くの犠牲者が生まれ、どれほど多くのいのちと家族が引き裂かれ、どれほど多くの破壊が行われ、どれほど多くのいい尽くしえない苦しみがあることでしょうか。まことにあらゆる戦争は人類家族全体に刻まれた傷です。戦争は、死と荒廃と何世代にもわたる苦しみの痕を残します。

 平和を延期してはなりません。平和は、人々の心に場所を見いだし、責任ある決定に移されるべき、緊急の必要事です。そのためわたしはあらためて力から呼びかけます。武器を黙らせ、爆撃をやめ、速やかに停戦を実現し、平和への道を開くための対話を強化してください。

 苦しむウクライナ国民のため、世界中で戦争とあらゆる紛争のために苦しむすべての人々のために心を一つにして祈ってくださるように皆様にお願いします。わたしたちが深く待ち望む平和のたまものがわたしたちの日々の上に輝きますように。

2月24日(火)でロシアによるウクライナへの軍事侵攻開始から4年を迎えた。
なお、この日2月22日午後5時から使徒宮殿にて教皇庁の四旬節の黙想が開始された。今年の黙想会の指導者はエリック・ヴァルデン師(Erik Varden 厳律シトー会、ノルウェー・トロントハイム修道院院長)。黙想のテーマは「隠れた栄光に照らされる――四旬節の歩み」。黙想会は27日(金)午後5時に終了する。その間、水曜日(25日)の一般謁見や個人謁見は行われない。



 親愛なる兄弟姉妹の皆様。こんにちは。

 四旬節第1主日の今日、福音は、イエスが聖霊に導かれて荒れ野に行き、悪魔から誘惑を受けたことを語ります(マタ4・1-11参照)。イエスは、40日間断食した後、人間としての重荷を感じます。すなわち、肉体的なレベルでの飢え、道徳的なレベルでの悪魔の誘惑です。イエスは、わたしたちすべてが歩みの中で体験するのと同じ苦しみを味わいますが、悪魔に抵抗することによって、どうすれば悪魔の欺きと策略に打ち勝つことができるかをわたしたちに示します。

 典礼はこのいのちのことばによって、四旬節を輝かしい旅路として見つめるようにわたしたちを招きます。わたしたちはこの旅路において、祈りと断食と施しにより、自らの人生の独自の傑作を実現するためにあらためて主と協力することができるのです。それは、主によって、汚れを拭い去り、わたしたちの人生の中で罪が造り出しうる傷をいやしていただき、まことの幸福の唯一の源泉である完全な愛に至るまで、主の美しさのすべてを花開かせるように努めることです。

 当然のことながら、それは厳しい道のりです。失望したり、富や名声や権力といった努力のいらない満足を得る道に引き寄せられる危険もあります(マタ4・3-8参照)。しかし、イエスご自身も誘惑を受けたこれらのものは、わたしたちがそのために造られた喜びのみじめな代替物にすぎず、最終的に、不可避的かつ永遠に、わたしたちを不満足で、安らぎを得ず、空虚なままにします。

 そのため教皇聖パウロ六世は次のように教えました。悔い改めは、人間性を貧しくするどころか、むしろ、わたしたちが「主における愛と自己放棄を目的とする」(使徒憲章『ペニテミニ(1966年2月17日)』一[Paenitemini])地平へと進むために人間性を豊かにし、清め、強めます。実際、悔い改めはわたしたちに自分の限界を自覚させるとともに、わたしたちがこの限界を乗り越え、神の助けによって、ますます深く神との交わりとわたしたちの間の交わりを生きるための力を与えてくれます。

 この恵みのときに、祈りとあわれみのわざとともに、悔い改めを惜しみない心で実践してください。沈黙に時を与えてください。テレビ、ラジオ、スマートフォンを少しの間消してください。神のことばを黙想し、秘跡に近づいてください。わたしたちの心に語りかける聖霊の声に耳を傾けてください。また、家庭、職場、地域社会で互いに耳を傾け合ってください。孤独な人、とくに高齢者、貧しい人々、病者のために時間をささげてください。過剰なものを捨て、必要なものに事欠く人と節約したものを分かち合ってください。そうすれば、聖アウグスティヌスがいうとおり、「謙遜と愛、断食と施し、節制とゆるし、善を与えて悪を報いないこと、悪を遠ざけ、善を行うことによってささげるわたしたちの祈り」(『説教』[Sermo 206, 3])は、天に届き、わたしたちに平和を与えることでしょう。

 試練の中にある子らをつねに助けてくださる母であるおとめマリアにわたしたちの四旬節の歩みをゆだねます。

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