教皇庁諸宗教対話省 2026年花祭りに際してのメッセージ 人が十全に大切にされる文明に向かって 仏教徒とキリスト者がともに 親愛なる日本の仏教徒の皆さん、 1.釈尊のこ゚生誕を記念する、喜びに満ちた花祭りにあたり、親愛な […]
2026年花祭りに際してのメッセージ
人が十全に大切にされる文明に向かって
仏教徒とキリスト者がともに
親愛なる日本の仏教徒の皆さん、
1.釈尊のこ゚生誕を記念する、喜びに満ちた花祭りにあたり、親愛なる日本の仏教徒の皆さんに、心よりのお慶びを申し上げます。この慶びの日は、わたしたちが共有する、霊的、道徳的価値観に開かれた文明を築くという責任を新たにする機会となります。つまりそれは、正義、平和、人類愛が深く永続して根づく愛の文明なのです。
2.2026年はまた、諸宗教対話の模範的なあかし人である聖フランシスコの街、イタリア・アシジで、1986年10月27日に開催された、世界の宗教指導者による歴史的会合の40周年にあたります。聖ヨハネ・パウロ二世教皇の勇気ある招きに応え、多様な宗教伝統の代表者たちは、平和と真の人間的価値に奉仕するという共通の決意をもって、この「世界祈願日」に集いました。この会合は、諸宗教間の関係性の転換点となり、世界中の信仰者たちの間に永続的な友情と協力関係をはぐくみました。そのもっとも貴重な遺産の一つである「アシジ精神」は、日本において忠実に受け継がれており、38年にわたり、宗教指導者たちが比叡山に集い、平和のために祈り続けています。
3.今日、人類は、いのちの実体的側面を理解し活用する上で、目覚ましい進歩を目撃しています。とりわけ人工知能(AI)や通信技術における急速な発展を通してそうです。しかしながら、こうした進歩は往々にして、主に経済的利益、また、残念ながら、ますます高機能化する兵器開発へと向けられています。同時に、わたしたちは霊的視野が憂慮すべきほど衰退しているさまを目の当たりにしています。このことは、絶え間ない紛争、宗教活動の自由に対する制限、拡大する経済格差、困窮する移住者受け入れへの抵抗感において明らかです。
4.こうした文脈の中、各宗教は超越的な価値への道を照らすよう求められています。つまり、真理の探求、正義の追求、人間の尊厳といのちへの畏敬、あらゆる差異を超越し諸民族を結び付ける絆の強化です。聖ヨハネ・パウロ二世教皇はこう述べています。「神は多くの方法で、個人のみではなくすべての人に、彼らの霊的な豊かさをとおして、ご自身の存在を示すことをお忘れになりません。……それらの諸宗教は、彼らの霊的な豊かさの主要で本質的な表現なのです」(『救い主の使命』55項)。さらに教皇は、宗教は数多く多様であるものの、「時代を超えて、絶対的存在との関係を築きたいという人間の希求を反映している」と述べています(「キリスト教諸教会、教会共同体および世界的諸宗教の代表者への講話」1986年10月27日)。
5.アシジでの会合から40年が経ち、教皇レオ十四世の新たな呼びかけに応えて、わたしたち仏教徒とキリスト者は再び霊において一つとなり、霊的な覚醒と真の人間的発展という目的のために奉仕する誓いを新たにします。一緒になってわたしたちは、いつくしみ、相互扶助、平和の維持が、単なる物質的野心を超克する文明を育てようと模索するのです。教皇レオ十四世が、最近こう語りました。観想することによって、わたしたちは心を開き、祈りのうちに自己を乗り越えていきます。自己を振り返ることで、自己を超越するのです。これがわたしたちのあかしです――古代の霊性という計り知れない宝を、現代の人類に提供していくのです(「聖エジディオ共同体主催、国際平和会議参加者への挨拶」2025年10月28日)。
6.この喜びにあふれる時期に、わたしたちは釈尊の勧めをあらためて心に刻みます。「限りない慈愛の思いを世界全体に染み渡らせましょう。妨げも、憎しみも、敵意ももたず、上にも下にも四方八方に」(『慈経』8項)。この「メッタ」、すなわちいつくしみへの呼びかけによってわたしたちは、あらゆる境界を超越し、共感の心をもって全人類を抱擁するよう招かれています。分断と不安に満ちたこの世界において、こうした広い心こそが、連帯、いのちへの崇敬、平和に根ざした社会の源泉となるのです。
7.こうした思いを胸に、友である日本の仏教徒の皆さんに、あらためて心からのご挨拶を申し上げるとともに、霊的知恵に養われ、共感する心に導かれ、平和への共通の取り組みに強められる文明へ向かって、ともに歩み続けられるよう、心より願っています。
バチカンより、2026年3月21日
