教皇レオ十四世、2026年6月17日、一般謁見演説 「スペイン司牧訪問を振り返って」(聖書朗読箇所:ヨハ4・35、38)

 

教皇レオ十四世、2026年6月17日、一般謁見演説

「スペイン司牧訪問を振り返って」(聖書朗読箇所:ヨハ4・35、38)

2026年6月17日(水)午前10時(日本時間同日午後5時)からサンピエトロ広場で行った一般謁見演説(原文イタリア語)。6月6日(土)から12日(金)まで行ったスペイン司牧訪問を振り返った。
謁見の終わりに、イタリア語で次の呼びかけを行った。

 イラン・イスラム共和国とアメリカ合衆国が合意に達し、金曜日(6月19日)に署名を行う予定であることを、忍耐強い対話と交渉の励みとなる成果として満足をもって歓迎します。両国間の会談を促し、合意を可能にするために努力された諸国に感謝の意を表します。この合意が、中東における相互の信頼と安全保障と安定の強化に貢献し、人々の間の対話と協力の歩みを推進することを願います。

 一方で、拡大を続けるウクライナにおける戦争に関する悲しむべき知らせが届いています。多くの罪のない人が犠牲となり、救助者がいのちを落とし、教会と文化遺産が火災で破壊されています。愛する人を失った人々、けがをした人々、暴力の中で勇気をもっていのちに奉仕し続ける人々に寄り添います。この戦争の終結のために祈ってくださるようにすべての人にお願いします。主に祈ります。対話の道を開き、憎しみを消し去り、公正で永続的な平和を可能にしてください。

6月14日(日)、D・トランプ米合衆国大統領はSNSで戦闘終結に関してイランと合意したことを発表し。15日(月)、米政府高官は、トランプ大統領、バンス米副大統領、イランのガリバフ国会議長が覚書に署名したこと、正式な調印式を19日(金)にスイスで行うことを明らかにした。
ウクライナではロシアが6月15日にかけて行った夜間攻撃により、首都キーウにある世界遺産のペチェールシク大修道院が火災に遭い、キーウのクリチコ市長によると市内全域で少なくとも18人が負傷した。


 
 親愛なる兄弟姉妹の皆様。おはようございます。ようこそおいでくださいました。

 今日は、先週行ったスペインへの使徒的訪問について少し考察を述べたいと思います。わたしはマドリード、バルセロナ、モンセラット修道院、カナリア諸島訪問しました。

 4つのアフリカ諸国における長い旅の後、今回は古来の豊かなカトリック的伝統をもつヨーロッパの国に身を浸しました。顕著な社会的・文化的変化を遂げた今日のスペインで、教皇が至るところで熱意と耳を傾ける姿勢をもって歓迎されたのは明らかだったと思われます。このことについて、神とすべてのスペイン国民と、国王と行政当局者、司教団と教会共同体に感謝します。

 神の民は、信仰と愛情の喜びに満ちた表明をもってわたしを大いに慰めてくれました。わたしも信者を力づけ、ローマ司教として、つねに交わりと対話と多様性における一致をはぐくみながら、あらゆる形の分裂と対立を克服するようにと彼らを励ましました。これがペトロの後継者の固有の奉仕です。この奉仕は、訪問先の国の教会と社会状況にその都度合わせて、使徒的訪問の中で特別な表現を見いだします。

 スペインの場合、あらゆる年齢と背景の人々が教皇の訪問を心待ちにしていたことを喜びをもって目にすることができました。どこにおいてもわたしは多くの人々からたいへん温かく迎えられました。このことは当然のことではなく、考察に値します。当然のことながら、この参加はまず、すでに述べたとおり、スペイン国民の信仰を表します。同時に、それはイデオロギー的でも党派的利害に基づくものでもなく、真の深い基盤に根ざした一致を再発見したいという必要の広まりを表すものだと、わたしは思います。この基盤は、究極的にはキリストのみが保障するものです。そして福音は必要な「インカルチュレーション」を通してそれを人々の生活の中で伝えることができます。このことが可能となるのは、福音のメッセージが、真理の追求と正義への渇望という二つの欲求に完全にこたえるからです。

 マドリードとバルセロナでは、大聖堂と現代的なスタジアムで集会を行いました。わたしたちはモンセラット修道院でロザリオの祈りを唱えました(6月10日)。荘厳な象徴であり、キリスト教の神秘のすべてを語る石と光のシンフォニーであるサグラダ・ファミリアでミサをささげました(同日)。この古代と現代、カトリックの伝統と現代文化の出会いは、ヨーロッパの固有の特徴、その比類のない豊かさを、乗り越えられることのない現実としてわたしに生き生きと感じさせてくれました。これらは、時代を画する諸課題――すなわち、平和、総合的な(インテグラル)エコロジー、公平で持続的な発展――をもつ今日の世界の中でそれを生かせるために大切に守るべき遺産です。これらの課題をすでに第二バチカン公会議がはっきりと認め、わたしの最近の回勅『偉大なる人類』(Magnifica humanitas)――この回勅は人工知能の時代における人間の人格の保護を目指しています――に至るまでのその後の教導職も繰り返し述べてきました。

 わたしはさまざまな出会いを通して、人を欺く発展モデルの悪影響によって深刻な試練にさらされた現代の人類に対する希望の福音を、教皇の声の中に聞きたいという欲求を感じました。わたしが聞くことができた多くのあかし――これらのあかしは、時として感動的なものであり、また教訓となるものでした――の中で表されたこの欲求は、とくに私が出会った小さい人々、貧しい人々の顔の中にも見いだされました。小教区で自分の手紙を読んでくれた子ども(6月10日)、話を聞いてほしいと願った何人かの虐待の被害者、刑務所でわたしを待っていた受刑者たち(同日)、不安と望みに満ちた若者たち(6月9日)、カナリア諸島の受け入れセンターの移住者たちです。

 訪問の最終目的地のカナリア諸島で、わたしは包括的な理解のための鍵を与えられました(6月11日-12日)。この鍵は、一つにはこの群島の地理的な位置によって、また一つにはとくにアフリカから来る多くの強制的移住者を受け入れる地方教会の現実から与えられました。わたしたちは、移住の現象が複雑であり、組織的かつ調整された行動計画を必要とすることを知っています。しかし、この理解の鍵は、別のより広い視野を開きます。それは、現代世界の中で福音をどのように読み直し、それぞれの文化のたまものを、とくにキリストの豊かなメッセージによってそれらの文化の中で生み出された実りを、どのように交換するように招かれているかをわたしたちに悟らせてくれます。これらの実りの一つが、まさに人間どうし、また人々の間の対話であり、兄弟愛の精神に基づく出会いです。これらの対話と出会いが、相手が与えてくれる価値を互いに発見し、尊重し合うことを可能にします。この歩みは容易なものではなく、善意と神の助けを必要としますが、それこそが愛の文明へと導いてくれる道なのです。

 親愛なる兄弟姉妹の皆様。今回の使徒的訪問のモットーは「目を上げて見るがよい(Alzad la mirada)」(ヨハ4・35参照)でした。これは、人々と群衆の中にいのちと真理と完成への望みを見いだすように教えるために、最初の弟子たちに向けて語られたイエスのことばです。主はまずわたしにこのことばを繰り返して述べ、その恵みによって、わたしも訪問の間にこのことを体験させられました。今日、この招きを皆様と分かち合いたいと思います。目を上げて見るがよい。隣人と、人々と、世界を、「神の目で」、すなわち愛と尊敬とあわれみをもって見ることをイエスから学ぼうではありませんか。

 最後に、この使徒的訪問の成功のために祈ってくださったすべてのかたがた、とくに、神の恵みによってスペインに数多くおられる女子観想修道会に感謝したいと思います。おとめマリアの執り成しによって、わたしが蒔いた種が豊かな実りを結ぶことができるように祈り続けてください。ご清聴ありがとうございます。

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