
2026年7月5日(月)、年間第14主日の正午に教皇公邸書斎の窓から「お告げの祈り」を唱える前に述べたことば(原文イタリア語)。 「お告げの祈り」の後、教皇はイタリア語とスペイン語で次のように述べた。 親愛なる兄弟姉妹 […]
2026年7月5日(月)、年間第14主日の正午に教皇公邸書斎の窓から「お告げの祈り」を唱える前に述べたことば(原文イタリア語)。
親愛なる兄弟姉妹の皆様。
先週の7月2日(木)にベトナムのタックサイの巡礼所で、信仰への憎悪のゆえに1946年に殺害された司祭フランシスコ・ザビエル・チュオン・ブー(Francesco Saverio Tru’o’ng Bǚu 1897-1946年)が列福されました。チュオン・ブー神父は抑圧と暴力の状況の中で人々の権利の擁護者となり、自らの小教区信者を見捨てませんでした。福者チュオン・ブー神父の執り成しと祈りが、現代においても迫害の状況下にある福音宣教者を支えてくれますように。(以上イタリア語。以下スペイン語)
ブラジルからの巡礼者とベネズエラのメリダ大学合唱団の皆様を歓迎します。わたしは地震の犠牲者とベネズエラのすべての国民の皆様をつねに祈りの中で思い起こしています。この困難な時に主がこの人々を支えてくださいますように。
ベネズエラで6月24日(水)に発生した地震による死者数は3535人になったことが当局により7月6日(月)に発表された。
なお、5日、教皇公邸管理部は教皇レオ十四世の夏季の予定を発表した。教皇は7月5日午後、カステル・ガンドルフォの使徒宮殿に移動し、27日(月)まで休暇をとる。この期間中、すべての一般謁見・個別謁見・特別謁見は行われない。7月中の日曜日の教皇による「お告げの祈り」はカステル・ガンドルフォの自由広場(ピアッツァ・デッラ・リベルタ)で行われる。
親愛なる兄弟姉妹の皆様。こんにちは。
今日の典礼の福音(マタ11・25-30)は、イエスが「天地の主である」(25節)父にささげた賛美にわたしたちもあずかるように招きます。人となられた神の子は、この感謝の行為に全被造物をかかわらせることによって、ご自身の愛を示します。
この自発的で喜びに満ちた単純な行為は、神のスタイルに合致します。神はご自身を「知恵ある者や賢い者に」隠して、「幼子たち」(25節[聖書協会共同訳]参照)に示されるからです。実際、自分の考えでいっぱいになった人々は、ご自身の民を訪れたメシアであるキリストの存在に気づきません。こうして人間の知恵は高ぶり、教えは傲慢へと堕落します。反対に、神の真の知恵は肉の謙遜さのうちに示され、その教えはもっとも苦しむ人々に告げられます。主はいわれます。「疲れた者、重荷を負う者は、だれでもわたしのもとに来なさい」(28節)。イエスのもとに行くとは、その愛にこたえ、十字架に至るまでその生涯にあずかることを意味します。イエスご自身がこう説明されるとおりです。「わたしについて来たい者は、自分を捨て、自分の十字架を背負って、わたしに従いなさい」(マタ16・24)。愛のゆえに自分を与えることこそがイエスの「軛」(マタ11・29参照)です。これがイエスの教えの要約であり、すべての人に対する愛に燃えるその知恵の核心です。
兄弟姉妹の皆様。十字架の重荷はなぜ「負いやすく」、「軽い」(30節参照)といえるのでしょうか。理由はただ一つです。なぜなら、主がご自身でわたしたちとともにその重荷を負い、のしかかる重荷の中でわたしたちを一人きりにすることがないからです。真の教師であるイエスは、悪によって傷ついた人類の重荷を負い、人類をいやしてくださいます。ですから、イエスがわたしたちに与えてくださる知恵は救いの告知です。そして、イエスの軛はわたしたちをあらゆるつまずきから引き上げてくださいます。それゆえ、キリストに従うわたしたちの歩みは自己犠牲の苦行ではありません。それは、数々の歴史の悲劇を受け入れ、とくにもっとも暗い時に歴史の意味をつねに照らしてくれる、自由の学びやです。実際、イエスの十字架においてのみ、悪はあがなわれます。イエスの受難においてのみ、死をもたらすわたしたちの疲れは慰めと救いを見いだします。
奴隷状態にあるとき、キリストは解放です。戦争によって鞭打たれるとき、キリストは希望です。罪のうちにあるとき、キリストはゆるしです。これこそが、わたしたちがキリストの名に結ばれた弟子として一致のうちにともに歩む道です。御子であるイエスはわたしたちの兄弟となることによってわたしたちにこう教えてくださいます。イエスご自身が、聖霊の力によって、神と人間に関する真理を教会に示します。「父のほかに子を知る者はなく、子と、子が示そうと思う者のほかには、父を知る者はいません」(27節)。
愛する友人の皆様。この愛に満ちた確信のゆえに主に感謝しながら、教会と全世界の善益のために平和の元后であるマリアの執り成しを願い求めます。
