
2026年8月16日(日)、年間第20主日の正午にカステル・ガンドルフォのリベルタ広場で「お告げの祈り」を唱える前に述べたことば(原文イタリア語)。 「お告げの祈り」の後、イタリア語で次のように述べた。 親愛なる兄弟姉 […]
2026年8月16日(日)、年間第20主日の正午にカステル・ガンドルフォのリベルタ広場で「お告げの祈り」を唱える前に述べたことば(原文イタリア語)。
親愛なる兄弟姉妹の皆様。
ヨルダン川西岸地区のパレスチナの民間人に対する度重なる暴力が終わるように、あらためて呼びかけます。そして、公正かつ永続的な平和のための二国間解決を促進するように、国際社会に強く願います。
今週からターラントで地中海競技大会が開催されます。大会には地中海地域に属するアフリカ、アジア、ヨーロッパの諸国が参加します。このスポーツ大会が同地域と全世界の人々の間の平和と友愛の預言的なしるしとなることを願います。
第20回地中海競技大会は8月21日(金)から9月3日(木)までイタリア南部プーリア州のターラントで開催される。地中海競技大会は1951年に第1回が開催され、現在は4年ごとにオリンピックの翌年開催される。
親愛なる兄弟姉妹の皆様。こんにちは。
昨日わたしたちは御子との切り離しえない関係のうちにあるおとめマリアを観想しました。死さえも、この霊魂と肉体の一致、すなわち永遠のいのちを断ち切ることはできません。主日は週ごとに、イエスに従う者にこの完全ないのちが与えられることを思い起こさせてくれます。イエスの復活は過去の出来事ではなく、わたしたちにかかわる新しいいのちです。
今日の典礼の中で朗読された福音の主人公であるカナンの女がこのことを示します(マタ15・21-28)。自分の民に属さず、異国の地に住んでいるにもかかわらず、この女はイエスと話すことを執拗に求め、すでにイエスとのきずなをもつ弟子のようにイエスに従います。二人はかつて出会ったことがなかったようですが、不思議なことに女のうちにはすでに信仰が生まれていました。女は自分のために何かを願うのではなく、苦しむ娘のために平安を願います。そして、彼女がダビデの子孫であるメシアとして認めたイエスを信頼します(22節参照)。
福音書記者はこの女が直面する困難を隠しません。弟子たちは女を厄介者とみなし、イエスご自身も女の願いを拒みます。実際、師であるかたはこの地域に退いておられました(21節参照)。わたしたちは、イエスが、他のときと同様に、自ら祈り、また弟子たちを教育するための人里離れた場所を求めていたと想像できます。しかし、そのとき思いがけないことが起こります。わたしたちはこのことを思いめぐらすことによって、ご自分が見聞きしたことによって心を動かされ、ご自分の使命を果たされる、イエスの従順を理解することができます。ついにイエスは女にいわれます。「女よ、あなたの信仰は立派だ。あなたの願いどおりになるように」(28節[聖書協会共同訳])。
今日においても、教会は神のわざに驚かされ、すでに引かれた境界を超えてキリストの平和を伝えることが可能です。教会の使命は、良心の奥底で働く神の恵みによって先取りされます。だから、わたしたちの計画を狂わせるものも含めたどんな出会いにおいても、耳を傾け、神が語ろうとされることに目と心を開かなければなりません。
わたしたちはカナンの女から謙遜と揺るぎない決意を学びます。わたしたちはこの女の信仰のおかげで、神の食卓がすべての人のために用意されていること、パン屑をもらえない人はだれもいないことを学びます(26-27節参照)。なぜなら、御父のもとにはだれでも自分の場所があるからです。この信仰に照らすなら、あまりにも多くの神の子の尊厳を踏みにじる不平等、差別、障壁は耐えがたいものとなります。
親愛なる兄弟姉妹の皆様。わたしたちは、苦しみ、平和を求める世におけるイエス・キリストの教会です。わたしたちの母であるマリアに、わたしたちのために執り成してくださるように願い求めます。「その口からは、これまでに唱えられた中でもっとも力強く革新的な賛歌である「マリアの賛歌(マニフィカト)」が流れ出たからです」(教皇レオ十四世回勅『人間の偉大さ――AIの時代における人格の擁護』244[Magnifica humanitas])。それは、今や神の目で現実を見、それゆえ希望を失わず、愛のわざを行う人々の賛歌なのです。
