四旬節

教会公文書の四旬節に関連する箇所

第2バチカン公会議『典礼憲章』より

四旬節灰の水曜日

109 四旬節の次の二つの性格を、典礼そのものにおいても、典礼的教話においても、もっと明らかにしなければならない。すなわち、特に洗礼の記念または準備と、償いとの二つをもって、信者が神のことばを、より熱心に聞き、また祈りに励むようにして復活秘義を祝う準備をさせるのである。したがって、

  1. 四旬節の典礼に固有の洗礼に関する要素を、より豊かに用いること。以前の伝統の中から、適当な場合、あるものを復元すること。
  2. 同様のことは、償いに関する要素についても、いわれなければならない。教話においては、罪の社会的影響とともに、罪を神への侮辱として忌避する償いに固有の性格を信者の心に徹底させること。また、償いの行為における教会の役割も、おろそかにしてはならない。そして、罪人のための祈りを、せつに勧めること。

110 四旬節の償いは、ただ内的、個人的なものであるばかりでなく、また、外的、社会的なものでなければならない。償いの実践は、現代における可能性、種々の地方における可能性、さらに信者の状況にも応じて促進され、第22条のいう権限を有する者によって奨励されなければならない。

「典礼暦年と典礼暦に関する一般原則」より

27 四旬節は、復活の祭儀を準備するために設けられている。四旬節の典礼によって、洗礼志願者はキリスト教入信の諸段階を通して、また、信者はすでに受けた洗礼の記念と償いのわざを通して、過越の神秘の祭儀に備えるのである。

28 四旬節は、灰の水曜日に始まり、主の晩さんの夕べのミサの前まで続く。
  四旬節の初めから復活徹夜祭まで「アレルヤ」は唱えない。

29 四旬節の初めにあたる水曜日は、どこでも断食の日とされ、その日に灰の式が行われる。

30 四旬節の主日は、四旬節第1、第2、第3、第4、第5主日と呼ぶ。聖週間の始まる第6の主日は、「受難の主日(枝の主日)」という。

31 聖週間は、救い主キリストのエルサレム入城に始まる受難の追憶に向けられている。
  聖週間の木曜日の朝、司教は、その司祭団と共同司式ミサを行って油を祝福し、香油を聖別する。

「成人のキリスト教入信式の緒言」より

9 入信の秘跡の祭儀は、キリストの死と復活に初めて秘跡的に参加することであるから、復活徹夜祭に行われることがもっとも適している。したがって洗礼志願者の準備である清めと照らしは四旬節に、入信の秘跡直後の導きは復活節に行われる。こうして、入信の全過程が過越の性格を明白に示すものとなる。
  ただし司牧上の必要のために、入信の秘跡の祭儀を他の時期に行うことは禁じられてはいない。

21 洗礼準備期は清めと照らしの時期であって、典礼暦年の中では四旬節が適している。四旬節の典礼と教話は、洗礼の準備と記念、および回心について行われ、洗礼志願者とともに信者の共同体を新たにする。こうして一同が過越の神秘にあずかる準備をするのである。

26 洗礼準備期は、教話よりも霊的集中によっていっそう深い心の準備をする期間である。志願者の心は良心の反省と回心のわざによって清められ、聖霊に照らされて救い主キリストの深い認識に達するように導かれる。そのため四旬節の主日には「洗礼志願者のための典礼」が行われる。この典礼は、神から選ばれた洗礼志願者の弱さと傷をいやし、与えられた恵みを強める目的を持っている。こうして洗礼志願者は罪と悪の力から解放され、道、真理、生命であるキリストに従う決心が固められるのである。

42-(4) 信者は、四旬節に行われる洗礼志願者のための典礼に熱心に参加し、回心と信仰と愛をもって生活を改め、洗礼志願者の模範となるようつとめる。

51 洗礼志願式は、原則として四旬節第1主日に行われるが、少し早目にも、また週日にも行うことができる。

52 洗礼志願者のための典礼は三回、四旬節第3、第4、第5主日に行われるが、必要な場合、四旬節の他の主日、または週日にすることもできる。
  志願者がいない場合も、共同体は洗礼志願者のための共同祈願を行う。

「ゆるしの秘跡の緒言」より

13 灰の水曜日に、「回心して福音を信じなさい」という荘重な招きのことばが神の民に向けられることからも分かるように、四旬節はゆるしの秘跡にもっともふさわしい時である。したがって四旬節中、何回か共同回心式を行って、すべての信者が神と兄弟と和解し、新しい心で「聖なる三日間」に過越の神秘を祝うことができるよう配慮する。

カトリック儀式書『結婚式』の「緒言」より

32 悔い改めの時期の性格をもつ日、とくに四旬節中に結婚式が執り行われる場合には、主任司祭は、その日のもつ特別な性格の意味について考えるよう、当事者たちに注意しなければならない。

『カトリック教会のカテキズム』より

1094 以上のように、旧約と新約とを結び合わせながら、キリストご自身のカテケージス、そして使徒たちや教父たちのカテケージスが行われています。旧約聖書の文字に隠されていたキリストの神秘を明るみに出す形式のこうしたカテケージスは、「予型論的カテケージス」と呼ばれています。それは、旧約の出来事、ことばと象徴の中でキリストを告げていた「前表(予型)」に基づいて、キリストの新しさを示すからです。このように、キリストを基にして、真理の霊によって読みなおすとき、前表(予型)の意味が明らかにされます。たとえば、ノアの洪水は洗礼による救いの前表であり、雲と紅海の横断もまた、同様です。岩からわき出る水はキリストの霊的たまものの前表でしたし、砂漠のマナは「天からのまことのパン」(ヨハネ6・32)である聖体の前表でした。

1095 以上の理由で、教会はとくに待降節と四旬節、わけても復活徹夜祭で、救いの歴史のすべての重大な出来事を典礼の「今日」という場に立って読み直し、追体験します。しかし、それが実際に効果あるものとなるためには、教会の典礼が表現し体験させている救いの営みを「霊的に」理解できるように、カテケージスを通して信者を助けることが必要です。

『朗読聖書の緒言』より

主日

97 福音朗読は次のように配分されている。
  第1主日と第2主日には主の試みと変容の記事が保存されている。しかし、これは三つの共観福音書によって朗読される。
  続く三つの主日には、A年のためにはサマリアの婦人、生来の盲人、ラザロの復活についての福音が復興された。これらの福音はキリスト教入信にとって重要であるから、とくに洗礼志願者がいる場合には、B年とC年にも用いることができる。
  しかし、B年とC年には他の箇所も用意されている。すなわち、B年には十字架と復活によるキリストの未来の栄光についてのヨハネ福音書の箇所で、C年には回心についてのルカ福音書の箇所である。
  「主の受難・枝の主日」には、行列のために主の盛大なエルサレム入城に関する箇所が三つの共観福音書から選ばれている。ミサには主の受難の記事が朗読される。
  旧約聖書の朗読は、四旬節の教話の固有の題材の一つである救いの歴史に関連している。毎年、その歴史の起こりから新しい契約の約束に至るまでのおもな要点を含む一連の箇所が朗読される。
  使徒書の朗読は、福音朗読と旧約聖書の朗読に呼応し、できる限り相互による深いつながりが保てるように選ばれている。

週日

98 福音と旧約聖書からの朗読は相互に関係のあるものが選ばれ、この節の霊的意味に適応して四旬節の教話に固有な種々の題材を扱っている。第4週の月曜日以降、ヨハネ福音書の準継続朗読が行われ、四旬節の特徴にいっそうよく合致する福音が朗読される。
  サマリアの婦人、生来の盲人、そしてラザロの復活についての朗読は、現在主日に行われ、しかもA年に限られているので(他の年は任意)、週日にも採用することができるよう考慮されている。したがって、第3週、第4週、第5週の初めに、これらの朗読箇所を含む「任意のミサ」(Missa ad libitum)が挿入される。このミサの朗読箇所は、当日の朗読箇所の代わりにその週のどの週日にも用いることかできる。
  聖週間の初めの日々には、朗読は受難の秘義と関連している。聖香油のミサの朗読は、キリストの救い主(メシア)としての使命と、その使命が教会において秘跡をとおして継続されていることを明らかにする。

四旬節主日と主要祝祭日のミサの聖書朗読箇所

【灰の水曜日】

第1朗読 ヨエル2・12-18 衣を裂くのではなく、お前たちの心を引き裂け
第2朗読 二コリント5・20~6・2 神と和解させていただきなさい。今や恵みの時
福音朗読 マタイ6・1-6,16-18 隠れたことを見ておられる父が、あなたに報いてくださる

【四旬節第1主日】

[A年]
第1朗読 創世記2・7-9,3・1-7 人間の創造と罪
第2朗読 ローマ5・12-19 または 5・12,17-19 罪が増したところには、恵みはなおいっそう満ちあふれた(20節)
福音朗読 マタイ4・1-11 イエスは四十日間断食した後、誘惑を受けた

[B年]
第1朗読 創世記9・8-15 洪水から救われたノアと結ばれた神の契約
第2朗読 一ペトロ3・18-22 洗礼は今やあなたがたをも救う
福音朗読 マルコ1・12-15 イエスはサタンから誘惑を受けられた。天使たちがイエスに仕えていた

[C年]
第1朗読 申命記26・4-10 選ばれた民の信仰告白
第2朗読 ローマ10・8-13 キリストを信じる者の信仰告白
福音朗読 ルカ4・1-13 イエスは荒れ野の中を“霊”によって引き回され、誘惑を受けられた

【四旬節第2主日】

[A年]
第1朗読 創世記12・1-4a 神の民の先祖アブラハムの召命
第2朗読 二テモテ1・8b-10 神はわたしたちを招き、照らしてくださる
福音朗読 マタイ17・1-9 イエスの顔は太陽のように輝いた

[B年]
第1朗読 創世記22・1-2,9a,10-13,15-18 先祖アブラハムの献げ物
第2朗読 ローマ8・31b-34 神はその御子をさえ惜しまれなかった
福音朗読 マルコ9・2-10 これはわたしの愛する子

[C年]
第1朗読 創世記15・5-12,17-18 神は忠実なアブラムと契約を結ばれた
第2朗読 フィリピ3・17~4・1 または 3・20~4・1 キリストはわたしたちの体を、御自分の栄光ある体と同じ形に変えてくださる
福音朗読 ルカ9・28b-36 祈っておられるうちに、イエスの顔の様子が変わった

【四旬節第3主日】

[A年]
第1朗読 出エジプト17・3-7 「我々に飲み水を与えよ」(出エジプト17・2)
第2朗読 ローマ5・1-2,5-8 わたしたちに与えられた聖霊によって、神の愛がわたしたちに注がれている
福音朗読 ヨハネ4・5-42 または 4・5-15,19b-26,39a,40-42 永遠の命に至る水がわき出る

[B年]
第1朗読 出エジプト20・1-17 または 20・1-3,7-8,12-17 律法はモーセを通して与えられた(ヨハネ1・17)
第2朗読 一コリント1・22-25 わたしたちは、十字架につけられたキリストを宣べ伝えている。キリストは、ある人々にはつまずかせるものだが、召された者には神の知恵である
福音朗読 ヨハネ2・13-25 この神殿を壊してみよ。三日で建て直してみせる

[C年]
第1朗読 出エジプト3・1-8a,13-15 「わたしはある」という方がわたしをあなたたちに遣わされた
第2朗読 一コリント10・1-6,10-12 荒れ野での民とモーセとの出来事が書き伝えられているのは、わたしたちに警告するためである
福音朗読 ルカ13・1-9 あなたがたも悔い改めなければ、皆同じように滅びる

【四旬節第4主日】

[A年]
第1朗読 サムエル上16・1b,6-7,10-13a ダビデはイスラエルの王として油を注がれる
第2朗読 エフェソ5・8-14 死者の中から立ち上がれ。そうすれば、キリストはあなたを照らされる
福音朗読 ヨハネ9・1-41 または 9・1,6-9,13-17,34-38 生まれつき目の見えない人は行って洗い、目が見えるようになって、帰って来た

[B年]
第1朗読 歴代誌下36・14-16,19-23 主の怒りと憐れみは、民の追放と解放によって明らかにされる
第2朗読 エフェソ2・4-10 罪のために死んでいたとき、あなたがたは恵みによって救われた
福音朗読 ヨハネ3・14-21 神が御子を世に遣わされたのは、御子によって世が救われるためである

[C年]
第1朗読 ヨシュア5・9a,10-12 約束の地に着いた神の民が過越祭を祝う
第2朗読 二コリント5・17-21 神は、キリストを通してわたしたちを御自分と和解させられた
福音朗読 ルカ15・1-3,11-32 お前のあの弟は死んでいたのに生き返った

【四旬節第5主日】

[A年]
第1朗読 エゼキエル37・12-14 わたしがお前たちの中に霊を吹き込むと、お前たちは生きる
第2朗読 ローマ8・8-11 イエスを死者の中から復活させた方の霊が、あなたがたの内に宿っている
福音朗読 ヨハネ11・1-45 または 11・3-7,17,20-27,33b-45 わたしは復活であり、命である

[B年]
第1朗読 エレミヤ31・31-34 わたしはイスラエルの家と新しい契約を結び、彼らの罪に心を留めることはない
第2朗読 ヘブライ5・7-9 キリストは従順を学び、永遠の救いの源となられた
福音朗読 ヨハネ12・20-33 一粒の麦が地に落ちて死ねば、多くの実を結ぶ

[C年]
第1朗読 イザヤ43・16-21 見よ、新しいことをわたしは行う。わたしはわたしの民に水を飲ませる
第2朗読 フィリピ3・8-14 わたしはキリストの死の姿にあやかりながら、キリストのゆえにすべてを失った
福音朗読 ヨハネ8・1-11 あなたたちの中で罪を犯したことのない者が、まず、この女に石を投げなさい

【受難の主日(枝の主日)】

主のエルサレム入城の記念

[A年]マタイ21・1-11 主の名によって来られる方に、祝福があるように
[B年]マルコ11・1-10 主の名によって来られる方に、祝福があるように
     または
ヨハネ12・12-16 主の名によって来られる方に、祝福があるように
[C年]ルカ19・28-40 主の名によって来られる方に、祝福があるように

ミサ

第1朗読 イザヤ50・4-7 わたしは顔を隠さずに、嘲りを受けた。しかし、わたしは知っている。わたしが辱められることはない、と(主の僕第三の歌)
第2朗読 フィリピ2・6-11 神は、へりくだったキリストを高く上げられた
福音朗読 [A年]マタイ26・14~27・66 または 27・11-54 主イエス・キリストの受難
[B年]マルコ14・1~15・47 または 15・1-39 主イエス・キリストの受難
[C年]ルカ22・14~23・56 または 23・1-49 主イエス・キリストの受難

【聖ヨセフ(3月19日)】

  ヨセフへの崇敬の最も古い記録8~9世紀にエジプトのコプト教会のもので、6月20日に記念していました。その後もヨセフへの崇敬は断片的に記録され、12世紀に現在と同じ3月19日に記念するようになりました。これは、東方に遠征した十字軍が、ナザレにヨセフをたたえて教会堂を建てたことと関連しています。そして、フランシスコ会のシエナのベルナルディノ(1380~1444年)がとくに熱心にヨセフへの崇敬を広めたことで定着しました。その後、教皇シクスト6世(在位1471~1484年)が全教会に聖ヨセフの記念を広め、教皇グレゴリオ15世(在位1621~1623年)が1621年に義務の記念日と定めました。
  現在の規定(「典礼暦年と典礼暦に関する一般原則」56参照)では、この祭日が守るべき祭日の場合、受難の主日(枝の主日)と重なるなら前日の土曜日(3月18日)に移されます。また、守るべき祭日でない場合は、司教協議会の決定によって四旬節以外の日に移すことができます。

第1朗読 サムエル下7・4-5a,12-14a,16 神である主は、彼に父ダビデの王座をくださる(ルカ1・32)
第2朗読 ローマ4・13,16-18,22 彼は希望するすべもなかったときに、なおも望みを抱いて、信じた
福音朗読 マタイ1・16,18-21,24a ヨセフは主の天使が命じたとおりにした
      または
ルカ2・41-51a 御覧なさい。お父さんもわたしも心配して捜していたのです

【神のお告げ(3月25日)】

  3月25日にマリアへの受胎告知を記念する習慣は、6世紀半ばの東方教会に見られ、西方教会では7世紀に祝われています。3月25日は主の降誕(12月25日)の9か月前にあたっていることから、降誕祭との関係が深い祭日として考えられてきました。また古代において12月25日は冬至に、3月25日は春分にそれぞれあたっており、キリストを「義の太陽」(マラキ3・20)や「世の光」(ヨハネ8・12)と位置づける信仰の影響もあると考えられます。
  名称は、この日に記念する出来事のどのような側面を強調するかによって変化してきました。当初は「主のお告げ」、「主の受肉」などと呼ばれていましたが、救いの歴史におけるマリアの役割に着目して「マリアへのお告げ」という名称も広まり、トリエント公会議後に教皇ピオ5世(在位1566~1572年)によって公布された『ローマ・ミサ典礼書』でもこの名称が採用され、第2バチカン公会議前まで用いられていました。第2バチカン公会議以降は、マリアの役割を大切にしつつも、「主のお告げ」(日本では「神のお告げ」)という名称を採用し、主の祭日として位置づけています。なお、この祭日が聖週間と重なる場合は、復活節第2主日直後の月曜日に移して記念します(「典礼暦年と典礼暦に関する一般原則」60参照)。

第1朗読 イザヤ7・10-14,8・10c 見よ、おとめが身ごもって、男の子を産む
第2朗読 ヘブライ10・4-10 わたしは来ました。聖書の巻物にわたしについて書いてあるとおり、神よ、御心を行うために
福音朗読 ルカ1・26-38 あなたは身ごもって男の子を産む

典礼の特徴

四旬節の二つの側面

  四旬節には、洗礼志願者のためと信者のための二つの側面があります。洗礼志願者にとっては復活徹夜祭に洗礼を受けるための最終的準備の期間です。四旬節第1主日に行われる洗礼志願式に始まり、四旬節第3、第4、第5主日に行われる「洗礼志願者のための典礼」などに参加して清めと照らしの期間を過ごします。そして、代父母や他の信者に支えられながら祈りと回心のうちに直前の準備をします。
一方、すでに洗礼を受けた信者は、これらの典礼に洗礼志願者と一緒に参加して自らの洗礼について思い起こすとともに、祈りや生活によるあかしを通して洗礼志願者の準備に共同体として積極的にかかわります。また、ゆるしの秘跡を受け、キリストの復活を盛大に祝う復活の主日に備えます。

四旬節の日数

  四旬節はラテン語で「クァドラジェジマ(Quadragesima)」と呼ばれます。これは「第40の」という意味の序数詞Quadragesimusに由来します。そのため、四旬節は復活祭前の40日間といわれることがありますが、現在の規定では、灰の水曜日から始まり聖木曜日の主の晩さんの夕べのミサの直前で終わるので、実際の日数は44日間あります。
・四旬節の初日-灰の水曜日
  四旬節の初日が日曜日ではなく水曜日であるのは、四旬節の日数との関連があります。古代のキリスト者は、受難の苦しみを通して復活の栄光に入ったキリストの過越を祝う復活祭を迎えるために、キリストにならって40日の断食による節制の期間を設けました。この期間は正確に40日を守るものだけでなく、3週間、6週間、8週間など地域や時代によって異なりました。やがて、主の復活の日である日曜日を除く月曜日から土曜日までの6日間を断食の日とし、それを6週間続け(6日×6週で36日)、これではまだ40日に4日足りないので、復活祭前の7週目の土曜日から4日さかのぼった水曜日から断食の期間を始めることとなり、これが灰の水曜日として定着したのです。灰の水曜日の日付は復活の主日の日付によって決まるので、最も早い場合は2月4日、最も遅い場合は3月10日になります。
  灰は粗布とともに、断食や回心などと結びつけられて聖書の中で言及されています(ヨシュア7・6、ヨナ3・6、マタイ11・21など)。古代の教会では、罪を犯した人は四旬節が始まるときに教会共同体から引き離され、公の回心のしるしとして粗布をまとい、灰をかぶって四旬節を過ごしました。このような公の回心は10世紀終わりごろまでに廃れてしまいましたが、灰を受けることが残り、灰の水曜日の式となりました。また、罪を犯した人だけでなく、彼らへの連体の意識から他の信者も灰の水曜日の式に参加するようになりました。そして、教皇ウルバノ2世(在位1088~1099年)の時代のベネヴェント教会会議(1091年)の教令で、聖職者も信徒も全員が灰を受けることが定められ、教会全体での実践へと発展しました。前年の受難の主日(枝の主日)に祝福された枝を燃やした灰を受けるという実践は、12世紀以降に始まりました。
  灰の式はミサの説教に続いて行われます。灰を祝福した後、司祭は「回心して福音を信じなさい」もしくは「あなたはちりであり、ちりに帰って行くのです」と言いながら参列者の頭か額に灰をかけ、共同祈願を唱えて式を結びます。なお、ミサ以外のときに灰の式を行うことができますが、その場合はことばの典礼の形を用いることが勧められています。

四旬節第1主日と洗礼志願式

  通常、四旬節第1主日には洗礼志願式が行われます。洗礼志願式は、求道者が神から選ばれた者であることを教会が宣言する式であり、洗礼志願者となった人が復活徹夜祭に入信の秘跡を受けることを承認する式でもあります(「成人のキリスト教入信式の緒言」22)。神によって選ばれ、教会によって承認された人は、「選ばれた人(electus)」、「照らされる人(illuminandi)」などとも呼ばれます。こうして、洗礼志願者として承認された人は入信の秘跡の第2段階(洗礼準備期)に入り、洗礼に向けた準備をさらに進めていきます。

洗礼志願者のための典礼

  四旬節第1主日に洗礼志願者として受け入れられた人を教会共同体として支え、ともに祈るため、四旬節第3、第4、第5主日のミサの中で「洗礼志願者のための典礼」が行われます。説教に続く共同祈願の中で一同は洗礼志願者のために祈り、結びに司式者が「解放を求める祈り」を唱えます。続いて、司式者は洗礼志願者の頭に手を置き(按手)、それから志願者の上に手を伸べて志願者のための祈りをささげます。
洗礼志願者がいない共同体も、洗礼志願者のための共同祈願を唱え、解放を求める祈りで結び、洗礼志願者がいる共同体と心を合わせることが勧められています。

受難の主日(枝の主日)

  四旬節第6主日は「受難の主日(枝の主日)」です。この名称が表しているように、この日のミサでは、主キリストのエルサレム入城と主の受難という二つの出来事を記念します。通常、ミサでは福音朗読は一度だけですが、この日のミサではこれら二つの出来事を記念するため、通常の福音朗読のほかに開祭で行われる「主のエルサレム入城の記念」でも福音書の朗読があります。
  「主のエルサレム入城の記念」では枝の祝福や行列が行われます。この典礼の起源は古く、すでに4世紀後半のエルサレムで行われていました。西方教会では、スペインやガリアの教会で7世紀に「枝の主日」の名称が見られますが、枝の行列が行われるようになったのは8世紀半ば以降です。やがて、枝の行列は西方教会において急速に広まり、枝の行列のための賛歌「グロリア・ラウス」(Gloria laus)が作られました。
  「受難の主日」と呼ばれるように、この日の中心テーマは主の受難の記念です。かつては、受難の主日にマタイ福音書から、受難の火曜日にマルコ福音書から、受難の水曜日にルカ福音書から、受難の朗読を行っていました。現在は、第2バチカン公会議以降に定められた3年周期の主日のミサの聖書朗読配分に基づいて、共観福音書の受難朗読は受難の主日に行われます。

聖香油のミサ

  聖木曜日の午前中もしくは復活祭に近い他の日に、司教が自教区の司祭団と共同司式をして聖香油のミサがささげられます。司教による香油の聖別は3世紀ごろから行われていました。そして、復活徹夜祭に授ける洗礼と堅信の秘跡の際に用いる香油を、復活徹夜祭に最も近い聖木曜日のミサで聖別するようになりました。ローマでは、教皇司式の主の晩さんの夕べのミサで香油の聖別が行われましたが、1955年の聖週間の典礼の改定により、聖木曜日の午前中に聖香油のミサを行うようになりました。
  また、聖香油のミサは、司教の祭司職を表すとともに、司教が司祭団と共同司式することによって両者のきずなを表します。ミサの説教に続いて「司祭の約束の更新」が行われ、司教と司祭団は神と神の民のために奉仕するという叙階の決意を新たにします。
  聖香油のミサの聖書朗読箇所は以下のとおりです。
第1朗読 イザヤ61・1-3a,6a,8b-9 主はわたしに油を注がれた。わたしを遣わして貧しい人に良い知らせを伝えさせ、喜びの香油を与えるために
第2朗読 黙示録1・5-8 わたしたちを王とし、父である神に仕える祭司としてくださった
福音朗読 ルカ4・16-21 主の霊がわたしの上におられる。主がわたしに油を注がれたからである
・栄光の賛歌・アレルヤ唱・賛美の賛歌は歌わない
  栄光の賛歌(Gloria)は三位の神を喜びのうちにたたえる歌なので、回心と内省が中心となる四旬節のミサでは歌われません。ただし、聖ヨセフの祭日(3月19日)と神のお告げの祭日(3月25日)のミサ、ならびに叙階式のような盛大や祭儀では歌うことができます。「教会の祈り」の読書で歌われる賛美の賛歌(Te Deum)も同様に歌いません(「教会の祈りの総則」68参照)。
  また、アレルヤ唱もミサでは歌われません。かわりに「アレルヤ」を省いた唱句のみを歌う詠唱(Tractus)を歌います。詠唱もアレルヤ唱と同じように一同は起立して歌います。「教会の祈り」を唱えるときも、四旬節中は「アレルヤ」を省きます。

オルガンと楽器の演奏

  「ローマ・ミサ典礼書の総則(暫定版)」313には次のように述べられています。「四旬節には、オルガンと他の楽器の演奏は、歌を支えるためだけに許される。ただし、四旬節第4主日(レターレの主日)と祭日と祝日は例外である」。回心と内省の季節である四旬節の性格を大切にして、オルガンや楽器は控えめに用いられます。

「ゆるしの奉献文」の使用

  1975年の聖年のミサのために作られ、1983~1984年のあがないの特別聖年にあたって教皇庁典礼聖省(現典礼秘跡省)が1983年に公布した二つの奉献文が「ゆるしの奉献文」です。「ゆるしの奉献文」は和解の秘義を信者に自覚させるためのミサで用いることができ、四旬節に用いることが勧められています。日本語訳は1994年に発行され、現在は『ミサの式次第』(カトリック中央協議会発行)に収められています。

典礼色は紫

  四旬節の典礼色は紫を用います。待降節にも紫を用いますが、四旬節の場合は回心や悔い改めを表します。なお、受難の主日(枝の主日)には赤、聖香油のミサでは白を用います。四旬節第4主日(レターレの主日)には、習慣のあるところではばら色を用いることができます。

四旬節中の聖人の記念日

  四旬節の週日は、義務の記念日に優先します(「典礼暦年と典礼暦に関する一般原則」16参照)。そのため、義務の記念日が四旬節の週日にあたる場合、任意の記念日としてのみ扱います(同14参照)。
ミサで任意の記念を行う場合は、集会祈願のみで行います(「ローマ・ミサ典礼書の総則(暫定版)」355a参照)。
  「教会の祈り」で任意の記念を行う場合は、「教会の祈りの総則」237~239の指示に従います。

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