教皇の墓

 歴代の教皇がみな、聖ペトロ大聖堂の地下に葬られているのではありません。
 教皇に関する文書によると、1世紀、2世紀の教皇は聖ペトロの地下墓地に葬られましたが、3世紀になると、カリストのカタコンベが教皇の埋葬地となりました。
 4世紀、5世紀にはカリスト墓地のほかにプリシラ、バルビーナ墓地にも葬られました。
 461年、教皇大聖レオの時から、教皇が聖ペトロ大聖堂の地下に葬られる習慣がほぼ定着しました。
 教皇フランシスコが2024年4月29日に承認した、改訂版の教皇庁典礼秘跡省儀式書『ローマ教皇の葬儀規則』(Ordo Exequiarum Romani Pontificis)では、埋葬場所について、教皇の希望によりサンピエトロ大聖堂地下墓地以外に埋葬される可能性を改めて確認しました。
 これは、教皇フランシスコ自身が、生前、サンタ・マリア・マッジョーレ大聖堂への埋葬を希望していたことを反映する規則変更です。
 実際に、教皇フランシスコの死後発表された『遺言』には、「わたしは、わたしの生涯と司祭・司教としての奉仕職を、主の母マリアに、聖母に、常にゆだねてきた。それゆえ、復活の日を待ち望むわたしの亡骸を、サンタ・マリア・マッジョーレ大聖堂で休らわせてくれることを願う」と書かれ、教皇は葬儀ミサの後、同大聖堂に埋葬されることになりました。