カトリック那覇教区(沖縄県)

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司教

那覇司教 ベラルド 押川 壽夫
マーク

那覇司教 ベラルド 押川 壽夫

  1. 1941年 3月25日 鹿児島県名瀬市(現奄美市名瀬)に生まれる
  2. 1967年12月21日 司祭叙階
  3. 1997年 1月24日 那覇教区司教に任命される
  4. 1997年 5月25日 司教叙階

司教紋章の説明

 紋章では3つのタイプの十字架が描かれている。大きな背景となっている十字架は唯一の救いの源なる主イエス・キリスト。沖縄の紺碧の海と青い空の色で表現されている。小さな13個の十字架(キリスト共同体)と波打つライン(はばたき)は那覇教区のはばたく小教区を表している。これから小教区が増えるごとに十字架の数も追加されていく。キリストの十字架の中にある「タウの十字架」は、キリストの聖痕を受けたアシジの聖フランシスコが愛用した十字架でフランシスカンシンボル。ラインの3つの結び目はフランシスカン・チングルム(修道者の縄帯)をも表し、レイ司教、石神司教、押川司教と彼らの修道家族のシンボル。タウの十字架の中の花は、聖母マリアのみ心を表す沖縄の県花「ディゴ」で、那覇教区が聖母マリアの汚れなきみ心に奉献されているのを表す。標語の「PAX ET BONUM=平和と善」は、平和の君、恵みと善の源であるキリストを表す聖書のみことばで、わたしたち一人ひとりがキリストの平和と恵みの証人となり、福音宣教の担い手となりますようにとの祈りである。また“Pace e Bene=Pax et Bonum”はアシジの聖フランシスコが愛用した福音的あいさつのことばで、今日でもフランシスカンのあいさつ用語として使われている。

歴代教区長

  • アポリナリス・バウムガートナー(カプチン・フランシスコ修道会) 1947-1949年
  • フェリックス・レイ(同会) 1949-1972年
  • ペトロ・バプティスタ石神忠真郎(同会) 1973-1997年

教区小史

 1927年3月18日、沖縄県は鹿児島県とともに長崎教区から分離して鹿児島使徒座知牧区となった。第2次世界大戦の結果、沖縄県はアメリカ軍の占領するところとなり、サンフランシスコ講和条約によって、沖縄県および鹿児島県南西諸島奄美群島はアメリカ合衆国の軍政下に入った。
 1947年1月13日、琉球列島(トカラ列島、奄美群島、沖縄、宮古、八重山群島)は鹿児島使徒座知牧区より離れ、教皇庁直轄の琉球列島使徒座管理区として一時的にグアム使徒座代理区に委託された。その間、琉球の使徒座管理区長となったグアム使徒座代理区のカプチン会員アポリナリス・バウムガートナー司教は米国ワシントンの国防省と折衝して、琉球列島へカプチン・フランシスコ修道会(米国ミシガン州デトロイトの聖ヨゼフ管区)より宣教師を派遣する許可を得て、同年9月5日、2人のカプチン会宣教師フェリックス・レイ神父とオーバン・バルトルドス神父が沖縄に上陸した。
 1949年1月21日、琉球列島はグアム使徒座代理区から離れ、カプチン会のF.レイ師が琉球列島使徒座管理区長に任命された。
 1952年1月25日、カプチン会聖ヨゼフ管区がニューヨーク管区とシカゴ管区に分かれ、琉球列島はニューヨーク管区に委託された。同年2月28日、ローマ布教聖省は奄美群島を除く南西諸島の北部8島(宝島、小宝島、悪石島、諏訪瀬島、平島、臥蛇島、中之島、口之島)を琉球列島使徒座管理区から鹿児島使徒座知牧区へ移管した。
 1953年12月25日、琉球列島使徒座管理区の南西諸島奄美群島が日本復帰して信託統治から鹿児島県へ行政移管した。
 1955年5月3日、鹿児島教区設立とともに、同年5月8日、琉球列島北部5島の奄美群島(奄美大島、喜界島、徳之島、沖永良部島、与論島)の教会管轄権が鹿児島教区に正式に編入された。
 1968年6月9日、F.レイ教区長(琉球使徒座管理区長)は司教に叙階されたが、1972年1月23日急逝した。
 1972年12月18日、琉球使徒座管理区は那覇司教区に昇格して1973年2月11日、初代司教にカプチン・フランシスコ修道会の石神忠真郎師が叙階されて那覇教区司教に就任した。
 1997年1月24日、石神司教の引退に伴い、コンベンツアル聖フランシスコ修道会の押川壽夫師が那覇司教に任命され、同年5月25日、司教に叙階された。

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