カトリック新潟教区(新潟県、山形県、秋田県)

印刷する
司教館および教区事務所
951-8106 新潟県新潟市中央区東大畑通一番町656
TEL.025-222-7457 FAX.222-7467
司教座聖堂
新潟教会
951-8106 新潟県新潟市中央区東大畑通一番町656
TEL.025-222-5024
オフィシャルサイト
http://www.niigata.catholic.jp/

司教

新潟司教 タルチシオ 菊地 功
マーク

新潟司教 タルチシオ 菊地 功

  1. 1958年11月 1日 岩手県宮古市に生まれる
  2. 1986年 3月15日 司祭叙階
  3. 2004年 5月14日 新潟教区司教に任命される
  4. 2004年 9月20日 司教叙階

司教紋章の説明

 紋章は伝統を重んじながらも、非常に現代的なデザインを配するという、「多様性」を具現化したものとなっています。紋章の周辺部は伝統的なデザインを踏襲しています。
 中心部分は、四つに分かれています。左上部分と右下部分は、実際には青の背景に黄色の波のようなものが描かれています。青は海でもあり空でもあります。波のように見えるのは、開かれた聖書です。すなわち聖書の御言葉が、世界中に広がるようにとの願いを表しているものです。
 左下部分と右上部分には、五つの丸が描かれています。これは世界の5大陸を象徴すると同時に、人間の体も象徴しています。すなわち一つ一つの共同体(一つの丸)が集まって、一人の体(キリストの体)を形成していることを象徴しています。ちなみにこの丸の色は、ブドウの色に近い赤にしてあり、キリストはブドウの木、私たち一人ひとりはその枝である、という聖書のイメージも表しています。
 中央にある紋様は五つの丸が複雑に絡み合って出来ていますが、今まさに開こうとしている花のつぼみを象徴しています。福音のメッセージが日本の地においてこれまで以上に花開くことを願ってのデザインです。

歴代教区長

  • ヨゼフ・ライネルス(神言修道会) 1912-1926年
  • アントン・チェスカ(同会) 1926-1941年
  • ペトロ松岡孫四郎 (名古屋使徒座知牧区と兼任)1941-1953年
  • 洗礼者ヨハネ野田時助 1953-1961年
  • 使徒ヨハネ伊藤庄治郎 1962-1985年
  • フランシスコ佐藤敬一(フランシスコ会) 1985-2004年

教区小史

 1912年8月13日、当時函館教区の一部だった秋田、山形、新潟の3県と、東京教区の一部だった富山、石川、福井の3県とを合わせ、新潟使徒座知牧区が新設された。ドイツの神言修道会に委託され、初代知牧区長にはJ.ライネルス師が就任した。
 1922年2月18日、富山、石川、福井の3県は、新設の名古屋使徒座知牧区に委譲された。ライネルス師の後を受けて1926年から知牧区長の任にあったA.チェスカ師の辞任により、1941年、名古屋知牧区長の松岡孫四郎師が兼任で使徒座任命管理者となり、1945年からは兼任のまま知牧区長を務めた。1953年、野田時助師が知牧区長に就任した。野田師は1959年、初代の広島教区司教に任命されたが病気のため辞退、1961年10月11日現職のまま逝去した。その後、1962年4月16日、新潟使徒座知牧区は司教区に昇格、伊藤庄治郎師が初代教区司教に任命され、同年6月、司教に叙階された。
 1985年3月9日、伊藤司教の辞任に伴い、フランシスコ会の佐藤敬一師が後任に任命され、同年6月9日、司教に叙階されて教区長に就任。19年間にわたって教区を導いた。佐藤司教が定年のための辞任に伴い、2004年5月14日、神言修道会の菊地功師が新潟司教に任命された。菊地師は、同年9月20日に司教に叙階され、今日に至っている。

PAGE TOP