カトリック東京大司教区(東京都、千葉県)

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大司教館および教区事務所
112-0014 東京都文京区関口3-16-15
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司教

空位

司教紋章の説明

紋章は未定です。

補佐司教

補佐司教 ヤコブ 幸田 和生
マーク

補佐司教 ヤコブ 幸田 和生

  1. 1955年 3月11日 東京都世田谷区に生まれる
  2. 1985年 3月 3日 司祭叙階
  3. 2004年11月29日 東京教区補佐司教に任命される
  4. 2005年 2月19日 司教叙階

司教紋章の説明

「皆さんのために、皆さんとともに(PRO VOBIS ET VOBISCUM)」。この標語は、第二バチカン公会議「教会憲章」32項に引用された聖アウグスティヌスの言葉「わたしはあなたがたのために司教であり、あなたがたとともにキリスト者である」から取られている。司教といっても特別な人間になるわけではなく、むしろすべての人とのつながりを大切にしていきたいという願いを表している。図案はイエスの誕生の場面で、神が貧しく無力な幼子の姿をとおして、わたしたちとともにいてくださることを思い起こすためのもの。

歴代教区長

  • ピエール・オズーフ(パリ外国宣教会) 1891-1906年
  • ピエール・ザヴィーエ・ムガブル(同会) 1906-1910年
  • フランソワ・ボンヌ(同会) 1910-1912年
  • ジャン・ピエール・レイ(同会) 1912-1927年
  • ジャン・アレキシス・シャンボン(同会) 1927-1937年
  • ペトロ土井辰雄 1937-1970年
  • ペトロ白柳誠一 1970-2000年
  • ペトロ岡田武夫 2000-2017年

教区小史

1846年、日本の宣教のために日本使徒座代理区が設立され、パリ外国宣教会に委託されたが、禁教令下の日本に入国できず、代理区長館も最初は香港に置かれた。宣教師たちは1858年頃から長崎、横浜、函館などの開港地で宣教を開始、1863年には代理区長館が横浜に設置され、その後、1866年、長崎に移された。
1876年5月22日、日本使徒座代理区は日本北緯使徒座代理区、日本南緯使徒座代理区の2つに分けられた。日本北緯使徒座代理区は横浜(翌年から東京)に代理区長館を置き、北海道、東北、関東および中部の各地方を管轄区域とした。
1891年4月17日、北海道と東北地方が分離されて函館使徒座代理区となり、日本北緯使徒座代理区の管轄は関東地方と中部地方に縮小された。そして、同年6月15日、日本北緯使徒座代理区は東京大司教区となり、初代教区大司教に代理区長のP.オズーフ大司教が就任した。1912年8月13日、富山、石川、福井の3県が新設の新潟使徒座知牧区に、また1922年2月18日、愛知、岐阜の両県がやはり新設の名古屋使徒座知牧区に委譲された。
1937年11月9日、東京大司教区はパリ外国宣教会の手を離れて邦人教区となり、東京と千葉県以外の地域はすべて新設の横浜教区に委譲された。日本人として初の大司教となった土井辰雄師はその後、1960年3月28日、日本人として初の枢機卿に親任された。
1966年に補佐司教となった白柳誠一師は1969年11月15日、協働大司教に任命された。土井枢機卿は現職のまま翌年2月21日に逝去、白柳大司教が東京教区大司教に就任した。同年2月5日、濱尾文郎師が補佐司教として任命された。濱尾補佐司教は1980年1月15日、横浜教区司教として着座した。1984年12月3日、森一弘師が補佐司教として任命され、翌年2月23日、司教に叙階された。1994年11月26日、白柳大司教は教皇ヨハネ・パウロ二世より枢機卿に親任された。
2000年6月12日、白柳枢機卿は健康上の理由で辞任。同日森補佐司教も退任、浦和教区の岡田武夫司教が第8代の東京教区大司教に任命され、9月3日に着座した。
2001年6月、岡田大司教は『新しい一歩―21世紀の福音宣教にむけての小教区再編成』を発表し、改革の具体的な検討に入った。2003年4月の宣教協力体発足を手始めに、現在も教区の改革を進めている。
2004年11月29日、幸田和生師が補佐司教として任命され、2005年2月19日に司教に叙階された。
2017年10月25日、岡田大司教の辞任が発表されると同時に、新潟教区の菊地功司教が後任の大司教に任命された。

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