クローン人間の研究に関する日本のカトリック教会の見解

すべての善意の人びとへ はじめに 最近イギリスのロスリン研究所のキャンベルとウィルマット両博士を中心とす るクロ-ン研究チ-ムが、クロ-ン羊の作成に成功したことをイギリスの科学専 門誌『ネイチャ-』に発表しました。これは […]

すべての善意の人びとへ

はじめに

最近イギリスのロスリン研究所のキャンベルとウィルマット両博士を中心とす るクロ-ン研究チ-ムが、クロ-ン羊の作成に成功したことをイギリスの科学専 門誌『ネイチャ-』に発表しました。これは、これまで牛やマウスに見られた「 受精卵と未受精卵のみの操作によって作成する哺乳類クロ-ニング」とは異なり 、「成体の体細胞を元にして、未受精卵の核を取り除き、その細胞に体細胞の核 を入れてクロ-ン羊を作成した」という、世界で最初の事例です。

この成果は、家畜類のクロ-ニングに新たな展開をもたらすだけでなく、人間 の「複製」に関しても現実味を加えることになりました。しかし、それは人間の 根幹にかかわることから、ヒトのクロ-ン研究に対してはアメリカやヨ-ロッパ 諸国およびわが国において、いち早く、否定的な見解が表明されました。その大 半は「ヒトのクロ-ン研究は人間の尊厳を損わせるので、禁止すべきである」と いうものでした。

わたしたち日本の司教たちは、クローン人間の研究は、人間本来の生殖の基本 や人間そのものの尊厳を侵し、遺伝的にも良くない結果を招く恐れがあり、さら にまた人間が神の聖域に踏み込んでいく道を開いてしまう可能性もあることから 、クローン人間の研究については否定的であることを公にいたします。

1.カトリック教会としての見解を明らかにする前に、まず欧米社会で挙げられている、人間の複製を人為的につくることに反対する 倫理的な理由の主なものを、紹介いたします。カトリック教会も、これらの理由 には基本的に賛同するものです。

 イ.ヒトのクロ-ンは、人間本来の生殖の基本とは異なるので、自然の摂理 に反する。

 ロ.人間の複製は、遺伝学的に見ても良くない結果を招く恐れがある。

 ハ.クロ-ニングそのものが、人間の生命に干渉することになる。

 ニ.優秀な人間の複製を始めれば、それは優生学的な考えにつながる。

 ホ.病気の子どもを救うために骨髄提供者となる弟や妹をクロ-ニングで作 ることは、人間を単なる「臓器提供者」としか見ないことになる。

2.次に、カトリック教会としての立場から、その反対の理由を説明したいと思います。

まず、人間には、男女の営みにおいて誕生し、父と母とのもとで養育される権 利があります。その権利を守るための義務と責任は両親にあります。それが自然 の摂理です。この義務と責任は、両親だけではなく、社会全体にもあるのです。 科学の力によって誕生してくるクロ-ン人間についての責任はだれが担うのでし ょうか。人間は、その誕生に責任を持つ男女が作りあげる家族の中にしっかりと 受けとめられて成長し、やがて社会の一員として社会に送り出されていくもので す。クロ-ン人間については、このような視点が完全に欠けることになります。
また人為的に作られるクロ-ン人間も、ひとたび作られたならば、人間として の尊厳、絶対的な価値をもつ存在となることを、見落としてはなりません。クロ -ン人間は、遺伝子の視点からみるならば、自然に見られる一卵性双生児と同じ であって、完全な人間なのです。一卵性双生児の二人が、人間としての絶対的価 値と尊厳を備えているのと同じように、クロ-ン人間も絶対的価値と尊厳を備え るのです。
このような絶対的価値と尊厳をもつ人間を創造するという業は、神に属するも のであり、絶対に人間の手にゆだねられてはなりません。

また、これまでカトリック教会が主張してきたように、人間の生命はヒトの卵 母細胞が受精した瞬間から始まります。そして人間の胎児(受精卵、胚芽を含む )を守るための遺伝子診断とか遺伝子操作は、治療を目的とした場合以外には許 されてはなりません(教皇ヨハネ・パウロ二世回勅『いのちの福音』No.63 参 照)。

さらにヒトのクロ-ンの研究は、医学・医療としても問題があることを指摘し たいと思います。つまり、研究の目的が明確でなく、未知な点があまりにも多い ということです。科学技術や医学医療は人間の生存を守るために使われることが 本来の目的であって、ヒトのクロ-ン研究は、その目的に関してはなはだ不明で あると言わざるをえません。

最後に
今回クロ-ン羊の誕生によって一躍脚光を浴びたクロ-ンの研究に関しては、 これまで世界的に、特にキリスト教国においては早くから取り上げられ議論され てはきましたが、日本においては、生命倫理や神学の立場から広く深く検討され たことはなかったということを正直に認めながら、わたしたちは、今後ますます 現実的になっていくクロ-ンの問題に関して、さらに真剣な議論が深められ、倫 理的なガイドラインが明確にされていくことを望みます。しかし、どのような議 論が展開されるにしろ、わたしたちは、絶対的価値と尊厳を有する人間を創造す るという業は、神に属するものであり、絶対に人間の手にゆだねられてはならな いものであることを、ここにあらためて強調いたします。

1997年5月3日
日本カトリック司教協議会
常任司教委員会

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