海外支援の基本理念

――日本のカトリック教会として――― 日本カトリック司教協議会 1999年6月16日 はじめに  わたしたちはキリスト生誕2000年の大聖年の敷居をまもなく越えようとする時を生きています。振り返ってみれば、20世紀は目覚 […]

――日本のカトリック教会として―――

日本カトリック司教協議会

1999年6月16日

はじめに

 わたしたちはキリスト生誕2000年の大聖年の敷居をまもなく越えようとする時を生きています。振り返ってみれば、20世紀は目覚しい科学技術の発達をみた世紀、また絶えず地球のど こかで争いのあった戦争の世紀でした。人類の愚かさと輝かしさが20世紀の歴史に刻み込まれています。

 かつて植民地であったアジア、アフリカ、ラテン・アメリカの多くの国々は、北の国々の支 援を受ける一方、力の論理が支配する世界経済・政治のもとで膨大な国際債務に苦しんでいま す。このような世界状況の中で、強い立場にある国―人々―はまず神の前に謙虚に自らの行い を思い起こす必要があるでしょう。「北」の国々は支援するというより、「南」の国々に対して、 「お返しする」姿勢が大切かもしれません。豊かな国―人々―は困難に直面している国―人々― とともに連帯していくことが、ともに生きる確かな道であることを少しずつ認識し始めていま す。これこそ「時のしるし」と言えるでしょう。 

 「世界人権宣言」(1948年)が発布されてから半世紀を越えました。発布の当時、世界の諸 国は人間の尊厳を蔑ろにする行為を反省し、いのちをいつくしみ合う決意を誓い合いました。 わたしたちは貧しい人々にふさわしく奉仕し、彼らが本来の力を発揮できるよう協力し、彼ら の尊厳のために声をあげるように招かれているのです。

 敗戦後、日本は海外から多くの支援を受けながら経済復興を成し遂げましたが、日本の教会 も例外ではありませんでした。わたしたちは、その多くの支援に感謝し、今は苦しんでいる人々 とともに歩んでいこうとしています。 

 今後、ますます諸国間の交流が密になり、特に昨今、経済・金融危機(対外債務問題を含む) が増強する状況の中で、日本の教会として『福音』に基づいた海外支援の基本理念を明確にす る必要に迫られています。 

 これまでの歩みを振り返りつつ、海外支援に対する日本の教会としての基本理念を掘り下げ、 今後具体的支援を行っていく際の指針を提示することにいたします。

Ⅰ.現代世界における海外支援

A.海外支援の現状

 海外支援は政府開発援助(ODA)と民間団体(NGO)による援助とに大きく分かれま す。これまで、各国政府や国際機関が巨費を投じて、貧しい国々に対する支援に取り組み、多 くの献身的な努力が続けられてきました。

 しかし、貧困や開発の遅れの問題が解決に向かう兆しは一部の地域に限られています。む しろ一般的には、その国の経済・社会の状況にそぐわないプロジェクトに巨大な支援が注ぎ込まれ、同時にそれは開発利権にまつわるような腐敗を生み出したのです。それによって、 人間の苦しみの救済よりも特定の人々の利益を優先する姿勢、自国の利益を優先しがちな支 援供与国側の姿勢が問われました。多くの債務国が借金返済に追われて、貧困から立ち上が るすべも見当たらない現状に対して、支援する側と支援を受ける側双方ともに新たなチャレ ンジを受けています。このように、支援を行うときの動機は重要で、教会には、支援の背景 にある動機を常に透き通った目で見つめ、人間の尊厳が侵されるような動機については声を 挙げ、検証していく姿勢が求められています。

 最近は政府とNGOとの対話・協力もあり、貧困に対する支援を優先するという方針がし ばしば検討課題となっているのは良い傾向です。また、自治体の国際援助も少しずつ活発に なってきていることも希望のしるしです。

B.日本のカトリック教会による海外支援

 日本のカトリック教会はカリタスジャパンを中心に諸外国に支援をしてきました。信徒た ちからの経済的支援の大部分は海外に振り分けられてきました。日本の教会の外国との連帯・ 協力は細い絆ながら、確かなつながりを築き上げてきました。

 今後の方向性を見極めるためには、これまでの支援方法とその効果に対する評価を知って おく必要があります。

1.支援要請の増加

 近年、とみに諸外国の教会から日本のカトリック教会に経済的支援を求める要請が増 加しています。

 日本は世界の中で経済大国として位置づけられ、政府開発援助(ODA)を中心とす る大規模な経済支援を行ってきたため、日本のカトリック教会も経済的に豊かであると いう前提に立っての要請がなされるものと思われます。

2.日本のカトリック教会の対応

 このような経済的あるいは人的支援要請に対して、日本のカトリック教会はさまざま な方法で協力してきました。すなわち、カリタスジャパンを中心に日本カトリック司教 協議会(以下、「司教協議会」と略す)が対応しているケース、修道会、教区あるいは 小教区が対応しているケースなどです。

1)「外国援助に関する日本の教会の基本方針」(1985年)

 日本の司教協議会が今までどのような方針・方法で外国支援に当たってきたかを見 ると、まず、1985年、「外国援助に関する日本の教会の基本方針」を作成し、以後、 それに基づいて外国支援を行ってきました。しかし、時の経過とともに支援要請の急 増、支援内容の変化などの問題が生じ、「基本方針」に盛られた基準の枠外で対処する ことも多くなってきました。そして、特に、カリタスジャパンから「基本方針」の再 検討の要請がなされました。

2)「日本カトリック司教協議会の外国援助に関する基本的枠組み」(1997年)

1997年2月、現行の「日本カトリック司教協議会の外国援助に関する基本的枠組み」 が承認されました。それ以後、具体的な支援要請にはこの枠組みに基づいて対応しています。しかし、これは差し迫った実務に対応するための「基本的枠組み」として作成さ れ、「日本の教会としての開発支援とは何か」という理念は盛り込まれていませんでし た。

Ⅱ.支援に対する教会の教え

 支援に対する教会の教えを、聖書と社会教説という視点から捉えてみましょう。

A.聖書的源泉

1.人と人との交わり(Communion)

 支援は根本的には人間と人間との交わりから始まります。神は人間を神の計画に基づ いた世界を実現する協力者、奉仕者として創造されました。世界に存在するものは人間 の所有物ではなく、神によって創られ、神に属するものであり、神の計画に従って用い るように人間に委ねられました。人間には、神がお創りになり、神から委ねられたこの世 界にあるものを分かち合い、苦しみ、喜び、希望をともにすることが求められています (創世記1章参照)。

 交わりは希望と喜びと苦しみをともにする(Compassion)ところにあります。イエス は、「飢えていたときに食べさせ、のどが渇いていたときに飲ませ、旅をしていたときに 宿を貸し、裸のときに着せ、病気のときに見舞い、牢にいたときに訪ねてくれた」(マタ イ25・31~46)人が神の国を受け継ぐと教えました。聖パウロはイエスから伝えられた 教えを受けて、人と人との交わりを多くの部分からなる体にたとえ(Ⅰコリ12参照)、 「喜ぶ人と共に喜び,泣く人と共に泣きなさい」(ローマ12・15)と説きました。イエス は、喜びと苦しみをともにする交わりを、自分の家族、民族、社会的立場、敵・味方な どの範囲の枠を越えてすべての人に広げることを求めました。 

2.貧しい人々を支援する(Option for the poor)

 貧しい人々を支援することに喜んで同意することがキリスト者に求められています。 すべての者の所有者である神の子キリストは、貧しい人として厩(うまや)で生まれ、 「貧しい人々は、幸いである。神の国はあなたがたのものである」(ルカ6・20)と貧しい 人たちをあえて選びました。イエスは「貧しい人に福音を知らせるために」(ルカ4・18) 来られた方でした。また、神の国は隔ての壁を設けずに「共に食卓を囲む」(マタイ22・ 1~10)ことにもたとえられています。

B.現代の教会の基本的姿勢

 教会は何よりも傷つき苦しんでいる人々のうちに神を見ます(参照①)。特に一世紀ほど 前から世界が抱える社会的諸問題に対して関心を示し、神学的に探求し、積極的に発言する ようになりました。第2バチカン公会議(1962~1965年)は教会を、現代世界の中にある教 会、世界に奉仕する教会として位置づけました。教会は真の意味での人間と社会の開発を進 めることに関心を持っています。日本の教会もこれと同じ方向を歩んでいます。

1.世界の現状と国際的協力の必要性

 現代世界では南北間の格差が広がり続けていますが、このような状況は、一つの国の中 にも見られます。この格差をなくしていくためには、物質主義と消費主義を抑え、人々が ともに豊かさを分かち合えるような社会構造を築き上げる必要があります。

 今日、国同士の国際協力には限界が見えてきています。それぞれの国がもっている利害 関係やエゴは、民族や人間の尊厳を損なうような事態を引き起こしています。このような状 況の中で、教会には、国を超えた次元で、苦しみ、痛めつけられ、人間の尊厳を保つこと ができない状況に置かれている人々を、優先的に支援していくことが求められています。 地域のどんな問題も世界規模で影響し合っているため、世界規模での国際協力が必要です。 教会はこの苦しみの叫びを前にして、わたしたち一人一人が兄弟の訴えに愛をもって応え るよう求めています。このように、人間の尊厳を基本に置いた国際協力が、個人的・社会 的・国際的に実践される必要があります。(参照②)

2.開発とは

 神は世界とそこにあるものを、すべての人間が利用するように定めたのであり、他の 権利はすべてこの権利の下位に立ちます。発展あるいは開発とは、平和の新しい呼び名 と言えます。真の開発とは、所有や支配や利用を、神の似姿である人間とその使命に従 わせることです。この開発は自立、連携、情報公開などの原則に立ち、人間の尊厳を基 本に置いて行われなければなりません。真の開発を妨げているのは社会悪です。教会は この社会悪の根元に、人間の罪を見ています。これは、キリストを十字架に追いやった 人間の根元的な罪です。人間は、他の人を踏みにじり、自分の欲望を満たす行為によっ て、社会悪を増大させています。戦争、宗教間の対立、民族同士の争いなど、すべて人 間の罪がなせる業なのです。戦争と軍備は人々の真の開発に際し、最大の敵となります。 また、少数の人の所有が多数の人の存在を犠牲にして成り立っているような状況があり ますが、犠牲となっている人々の存在を守るような開発を進めなければなりません。倫 理的意味での相互依存性とその具体的態度としての連帯が求められます。(参照③)

 国際的にも国内的にも、底辺にある国や人々の自立を目標にして、平等で公正な秩序 の確立に向けて、あらゆる努力を傾注することが重要です。日本の教会は、アジア・太 平洋地域の人々の自立と、その人々との共生を推進することを表明しています。(参照④)

 教会は、人間尊重の立場から総合的な開発を目標にした発展、すなわち経済的価値だ けでなく、社会的、文化的、精神的な価値を含めた発展を願っています。

Ⅲ.日本の教会としての支援の原則

 支援する側、支援される側を越えたところ、互いに助け合い、分かち合って生きるとこ ろに真の支援が生まれてきます。

A.貧しい人々との連帯を通しての支援

 日本の教会はパートナーとして、貧しい人々、政治的に圧迫されている人々、社会の片隅 に追いやられた人々、文化的に疎外された人々との連帯・協力を進めます。したがって、人 々が自立していくことができるように、保健医療、食糧・栄養、教育(初等・女性)などの充 実が優先されます。

B.人間開発支援(Human Promotion,Human Development)

 支援は人間の尊厳、人権を尊重することを前提としなくてはなりません。支援が自由、平 和、愛、正義を基礎においたとき、人間的な世界の実現が可能になります。その地域の自立 につながるような計画的支援が大切です。そのため、人材育成、意識の変革のような教育に 重点を置くことになるでしょう。

C.支援を有効に行うために

1.自立(当事者の積極的参加)

 依存しない、依存されない関わりを保つように努め、自助努力を促し、さらに支援 への依存を高めない自立社会の実現を目指します。

2.地域の人たちの意思決定への参加

 支援を立案したり、実施したりする時、その地域の人々が意思決定に参加できるよ うにします。

3.連携とパートナーシップ

  さまざまなNGOなどの団体と連携することによって、有益な情報を交換しながら 支援活動を行います。金銭とのつながりよりも、人と人のつながりを大切にして、で きるだけ現場のグループを通して支援活動を行います。

4.伝統文化の尊重

 長年、その地域の人々が培ってきた文化、伝統を尊重します。

5.範囲を限定しない

 支援は教会の内外、国の内外を問いません。また、その地域の政治体制に左右され ないようにします。

6.情報の公開

 支援に関する情報は、プライバシーに関することを除き、すべて公開します。情報 を非公開にして疑念を覆い隠すことになったり、疑惑を生み出す土壌を作ったりしな いようにします。

7.成果の評価

 支援の入口と出口をしっかりと見極めることが、良いパートナー関係を継続するた めに大切です。そして、成果をきちんと評価する必要があります。支援に関わる人々 の間に相互信頼を深めるようにします。

IV.21世紀に向かって

 現代世界は情報や経済、人々の交流が地球的規模(Globalization)で行き交い、それに伴 う課題が生まれています。

 グローバリゼーションは、ネットワークの広がり、知識の広がりをもたらし、国家や民族、 個人の狭い枠組みや関心を越えて、他者の課題・問題に関心を寄せる開かれたコミュニケー ションを可能にしています。他の人々の権利をより良く理解して尊重する方向に道を開いてい ます。

  しかし、一方において、グローバリゼーションは、もっとも傷つきやすい人々、すなわち、 女性や子ども、政治的囚人、移住労働者に深刻な影響を与えています。また、さまざまな原因 による環境破壊は、生命に関わる問題を引き起こし、人類の未来を脅かしています。このよう な世界にこそ、人間の尊厳と人権を守る、より深い連帯が必要です。

 わたしたち日本のカトリック教会の支援は、現代世界の中にあって一国だけの発展はあり えないことをいっそう深く認識し、国の境を越えてともに日用の糧を分かち合い、互いに支え 合って、人間の尊厳が尊重される社会・世界を築きあげるための活動です。

(1999年6月16日、1999年度定例司教総会承認)

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