2009年世界人権デーにあたっての声明 感染症にどう向き合うか

日本のカトリック教会のみなさまへ  わたしたち日本カトリック部落差別人権委員会は、世界人権デーにあたって、人権擁護の立場から、新型インフルエンザに関して危惧する点について声明を発表します。 現在、新型インフルエンザへのワ […]

日本のカトリック教会のみなさまへ

 わたしたち日本カトリック部落差別人権委員会は、世界人権デーにあたって、人権擁護の立場から、新型インフルエンザに関して危惧する点について声明を発表します。
現在、新型インフルエンザへのワクチンが足りないことで国や医療機関は対応に追われています。例年の季節性インフルエンザと違って予測もつかない形で流行してきているので、わたしたちは不安に陥りがちです。

このような事態を前にして、わたしたち日本カトリック部落差別人権委員会は、さる5月に行われた鹿児島県鹿屋市での「ハンセン病市民学会」で学んだことを想起せずにはいられません。つまり、ハンセン病と見なされた人たちは、国の絶対隔離政策によって、「人生被害」とよばれる甚大な人権侵害をうけました。この絶対隔離政策は、「ハンセン病の感染力は強大であり、社会的に危険なので、ハンセン病にかかっている人たちを隔離しなければならない」という誤った考えによるものでした。感染症のひとつであるハンセン病対策としての「感染源」を隔離するという対策は、実に非人道的なものでした。隔離のため強制的に護送車に入れられた人は、自分も自分の家も真っ白に消毒される目に会いましたが、市民学会への参加者の多くは、今回の防護服に身を固めての水際作戦の様子を見て、かつての強制隔離を想起せずにはいられませんでした。そして、今の時点で感染症にどう向き合うかを考えた末に、「感染源対策という考え方をやめ、感染した人を隔離するよりも、感染した人には、きちんとした治療が受けられるようにすることが大切である」との確認に至りました。「感染源対策」を独走させず、人間をこそ中心にしなければなりません。 

新型インフルエンザの場合でも、ハンセン病対策と同様に「感染源」という発想から感染者探しにエネルギーを注ぐと、たくさんの「容疑者」を作り出していく危険があります。4月5月の「水際作戦」の時がそうでしたが、感染症対策という名で社会防衛策がとられると、菌やウィルスよりも人々の間に不安や恐怖が伝播して偏見や差別を社会の中で醸成していく危険があります。事実、今年4月にメキシコでの新型インフルエンザ発生が報じられ、5月1日には、修学旅行先のカナダから帰国した横浜の高校生が新型インフルエンザに感染しているのではないかとの疑いが大々的に報道され、疑いが晴れた高等学校の校長先生が涙をながしている姿がテレビで映し出されました。つまり発熱した人は感染者ではないかと疑われ、いわゆる「容疑者」扱いにされたのです。
教会は多くの人が集まるところですので、司牧上の配慮が必要ではありますが、「カトリック教会がわが国における感染ルートの温床にならないように」といった類の社会防衛的発想で疑心暗鬼にとらわれることのないよう、まず、感染または発病した人の治療への配慮が最優先されるべきです。

安全対策や治安対策が第一という社会は生きにくい社会ではないでしょうか。なぜならいつ自分もこの対策の対象とされるかわからないからです。また、日本社会のもっている、大勢に迎合していく傾向、つまり、皆がこうしているからと乗せられていくことも危険です。ホームレス状態の人が理由もなく指紋をとられたり写真を撮られてたりしている状況は、監視社会の到来を思わせる点で、対インフルエンザの感染源対策とかさなります。医療従事者などの専門家が「危険、危険」と言うことで、対象者の人権への視点が欠けていきかねません。この日本社会で生きていくためには、いつも「わたしは怪しい者ではありません」と証明する努力をしないといけないことになってしまいます。これはおかしいことではありませんか。
このように常に繰り返される構造的・精神的仕組みが存在するのです。それについて注意を向け、病原菌やウィルスよりも人々の間に不安や恐怖が伝播して偏見や差別を社会の中で醸成していくことのないように、心がけていくことが大切でしょう。
排除・差別のわなに陥らないために、なによりも人を大切にする心が必要です。
新型インフルエンザなど、感染症にかかることからくる病気そのものの苦しみと、排除と隔離などによって人が作り出す差別の苦しみとは分けて考えることができます。前者への対策は医療従事者にゆだねるものですが、後者について過ちを犯さないようにすることはできるはずです。感染源探しや感染者隔離の前に、感染者がまず最良の治療を受け、その人権が第一にされることを皆で考えていきましょう。

2009年12月10日
日本カトリック部落差別人権委員会
委員長 平賀徹夫司教

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