教皇フランシスコ、2014年5月18日「アレルヤの祈り」でのことば 七人の助祭の任命

教皇フランシスコは、復活節第五主日の5月18日(日)正午に、教皇公邸書斎の窓から、サンピエトロ広場に集まった信者とともに「アレルヤの祈り」を行いました。以下は、祈りの前に教皇が述べたことばの全文の翻訳です(原文イタリア語 […]

教皇フランシスコは、復活節第五主日の5月18日(日)正午に、教皇公邸書斎の窓から、サンピエトロ広場に集まった信者とともに「アレルヤの祈り」を行いました。以下は、祈りの前に教皇が述べたことばの全文の翻訳です(原文イタリア語)。

「アレルヤの祈り」の後、教皇はイタリア語で次のように述べました。
「親愛なる兄弟姉妹の皆さん。
 バルカン半島の広範囲、とくにセルビアとボスニアを大規模な洪水が襲いました。この災害の犠牲者を主にゆだねるとともに、不安と試練の時を過ごしている人々に個人的に寄り添います。大きな困難のうちにあるこの兄弟姉妹のためにご一緒に聖母に祈りましょう。
 アヴェ、マリア……。
 昨日、ルーマニアのヤシで、信仰による殉教者の、司教アントン・ドゥルコヴィチ(1888-1951年、司教在位1947-1949年)が列福されました。この熱心で勇気ある司牧者は、ルーマニアの共産主義政権により迫害され、1951年に飢えと渇きのうちに獄死しました。ヤシとルーマニア全体の信者とともにこの模範のゆえに神に感謝しましょう」。
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 親愛なる兄弟姉妹の皆さん、こんにちは。

 今日の使徒言行録の朗読(使徒言行録6・1-7参照)は、初代教会においても緊張と最初の不一致が生じたことを示してくれます。人生には対立が存在します。問題は、それにどう対処するかです。当時までキリスト教共同体の一致は、一つの民族、すなわちユダヤ文化という一つの文化への帰属に支えられていました。しかし、キリスト教――それはイエスの望みにより、すべての民のためのものです――がギリシア文化圏に開かれると、それまでの均質性は失われ、最初の困難が生じます。当時、不満が広がり、えこひいきと不公平な待遇への不平と苦情が生じました。このようなことはわたしたちの小教区でも生じます。困っている人々――やもめ、みなしご、貧しい人々一般――に対する共同体の援助は、ユダヤ人出身者がそれ以外の人より特別視されているように思われました。

 そこで、この対立を前にして、使徒たちは状況を検討します。彼らはすべての弟子を集めて、一緒に問題を議論します。すべての人を集めたのです。実際、問題は、それが存在しないふりをしたところで、なくなりません。司牧者と他の信者がこのように率直に向き合うことは、すばらしいことです。こうして任務が分担されることになりました。使徒たちは一つの提案を行い、それがすべての人に受け入れられました。それは、使徒たちが祈りとみことばの奉仕に専念する一方で、七人の男性、すなわち助祭は、貧しい人々のための食事の世話をするというものです。この七人が選ばれたのは、この仕事の専門家だったためではなく、評判のよい、聖霊と知恵に満ちた誠実な人だったためです。彼らは使徒たちが彼らの上に手を置くことを通じて職務に任命されました。こうして、不満や、えこひいきと不公平な待遇への不平と苦情が解決されたのです。互いに向かい合い、議論し、祈ることにより、教会内の対立は解決されます。互いに向かい合い、議論し、祈ることです。うわさ話や妬みや嫉妬が、わたしたちに一致も調和も平和ももたらさないことは確かです。このような一致を実現するために、聖霊がそこにいてくださいます。それはわたしたちに次のことを理解させてくれます。聖霊に導いていただくなら、聖霊はわたしたちを調和と一致とさまざまなたまものとタレントの尊重へと導いてくださいます。お分かりでしょうか。うわさ話や、妬みや、嫉妬がなくなりますように。分かりましたか。

 おとめマリアの助けによって、わたしたちが聖霊に聞き従う者となりますように。そして、互いに尊敬し合い、兄弟の必要とすることに心を開きながら、信仰と愛のうちにますます深く一致することができますように。

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