教皇フランシスコ、2021年12月15日一般謁見演説
聖ヨセフについての連続講話
4. 聖ヨセフー沈黙の人
親愛なる兄弟姉妹の皆さん、おはようございます。
聖ヨセフについての考察を深める旅を続けましょう。これまでヨセフの生きた環境について、救いの歴史における彼の役割について、そしてヨセフが正しい人でありマリアの夫であることを見てきました。今日はヨセフのもう一つの重要な人格的な側面である沈黙について考えてみたいと思います。今日、わたしたちはしばしば沈黙を必要とします。沈黙は大切なことです。クリスマスを念頭に置いて読まれる知恵の書の次の一節が私の心をとらえます。「沈黙の静けさがすべてを包むとき、あなたの全能の言葉は天から下る」。偉大な沈黙の中に、神はご自身を現されました。沈黙があまり価値を持たないように見えるこの時代に、沈黙について考えることはとても大切なことです。
ナザレのヨセフが発した言葉は、福音書に一言も書かれていません。何も書かれていないのです。彼は一度も言葉を発しません。ヨセフが無口な人だったというわけではありません。そこにはより深い理由があるのです。その沈黙によって、ヨセフは聖アウグスチヌスが書いていることを確かなものとします。「言（ことば）ー人となられた言ーがわたしたちの内に育つほどに、言葉は消えてゆく」（『説教集』288, 5参照）。イエス、すなわち霊的な命が育つほどに、言葉は少なくなります。「オウム返し」と表現するように、オウムのように話し続けることが、少しずつ減っていきます。「『主の道を整えよ』と荒れ野で叫ぶ者の声」（マタイ３・３）である洗礼者ヨハネ自身、言に関して「あの方は栄え、わたしは衰えなければならない」（ヨハネ３・30）と語っています。つまりあの方が語らなければならず、わたしは黙するのです。ヨセフはその沈黙によって、肉となられた言であるイエスの臨在のために空間を空けるよう、わたしたちを招いているのです。
ヨセフの沈黙はだんまりとは違います。それは傾聴に満ちた沈黙であり、精励な沈黙、彼の偉大な内面性を引き出す沈黙です。十字架の聖ヨハネは「御父はことばを語られ、それは御子であった。そして言は常に永遠の沈黙のうちに語られ、それは沈黙のうちに魂によって聞かれなければならない」と解説しています（『小品集』愛について21参照）。
イエスはこの「学び舎」で、ナザレの家で、マリアとヨセフの日々の模範の中で育ちました。そして、イエスご自身が、日常の中で沈黙の空間を求め（マタイ14・23参照）、弟子たちがそのような経験をするよう招いたことは驚くべきことではありません。「さあ、あなたがただけで人里離れた所へ行って、しばらく休むがよい」（マルコ６・31）
わたしたち一人ひとりが、聖ヨセフに倣って、この「沈黙によって大きく開かれた、人生の観想的な次元」を取り戻すことができたら、どんなに良いことでしょう。しかし、わたしたちは皆、それが簡単でないことを経験を通して知っています。わたしたちは沈黙を少し恐れます。なぜなら、沈黙は、わたしたちが自分自身を掘り下げ、自分の最も真実な部分と向き合うことを求めるからです。多くの人は沈黙を恐れ、話し、しゃべり続けなければなりません。または、ラジオやテレビを聴かなければなりません。恐れて、沈黙を受け入れることができないのです。哲学者のパスカルは指摘しています。「人間の不幸はすべて、自分の部屋に静かに留まることができないという、たった一つの事実から生じている」（『パンセ』139）
親愛なる兄弟姉妹の皆さん、わたしたちも聖ヨセフから沈黙の空間を培うことを学びましょう。沈黙の中に、別の「言（ことば）」、すなわちみことばであるイエスが現れます。わたしたちの内に宿り、イエスがもたらす聖霊のみことばが現れます。この「声」を認識することは容易ではありません。この「声」は、しばしば、わたしたちの内にある心配、誘惑、欲望、希望といった何千もの声と混同されてしまいます。沈黙の実践からこそ得られるこの訓練がなければ、私たちの舌もまた病んでしまいます。沈黙を守ることができなければ、わたしたちの言葉は病むのです。わたしたちの言葉は、真理を輝かせるどころか、危険な武器になりかねません。実際、わたしたちの言葉は、お世辞、自慢、嘘、陰口、中傷になり得ます。シラ書が思い起こさせるように、「多くの人が剣のやいばに倒れたが、その数は、舌のやいばに倒れた人には及ばない」（28・18）というのは、確かな事実です。イエスもはっきりと言っています。兄弟姉妹の悪口を言う人、隣人を中傷する人は人殺しである、と（マタイ５・21ー22参照）。舌で人を殺す。このことを、わたしたちは信じていませんが、それは真実です。わたしたちが舌で人を殺してしまった時のことを少し考えてみましょう。なんと恥ずべきことでしょう。でもそうして考えることは、わたしたちにとって良いこと、とても良いことです。
聖書の知恵は、「死も生も舌の力に支配される。舌を愛する者はその実りを食らう」（箴言18・21）と断言しています。また使徒ヤコブは、その書簡の中で、言葉の肯定的な力と否定的な力という古来のテーマを、印象的な例をあげて展開し、述べています。「言葉で過ちを犯さないなら、それは自分の全身を制御できる完全な人です。…舌は小さな器官ですが、大言壮語するのです。…わたしたちは舌で、父である主を賛美し、また、舌で、神にかたどって造られた人間を呪います。同じ口から賛美と呪いが出て来るのです」（３・２ー10）
だからこそ、わたしたちはヨセフから沈黙を培うことを学ばなければなりません。日々の生活の中での内的な空間で、聖霊はわたしたちを新たにし、慰め、正すことのできる機会を得るのです。無言になれと言っているのではありません。そうではなく、沈黙を培うように、と言っているのです。一人ひとりが自分自身の内面を見つめることができますように。しばしばわたしたちは仕事をして、それが終わればすぐに電話を探して別のことをします。わたしたちはいつもこのような状態です。これでは、表面的なことに終始してしまいます。心の奥深さは沈黙によって育まれます。これまで述べたように、沈黙はだんまりではなく、知恵、内省、聖霊のために空間を空けることです。時にわたしたちは沈黙の時間を恐れますが、恐れるべきではありません。沈黙は多くの良きものをもたらします。わたしたちの心への恩恵は、わたしたちの舌、言葉、そして何よりもわたしたちの選びをも癒してくれるでしょう。実際、ヨセフは沈黙と行動を結びつけました。ヨセフは語りませんでしたが、行動し、イエスが弟子たちに語られたことをわたしたちに示しました。「わたしに向かって、『主よ、主よ』と言う物が皆、天の国に入るわけではない。わたしの天の父の御心を行う者だけが入るのである」（マタイ７・21）。わたしたちが語る時には実りある言葉を語りましょう。「パローレ、パローレ、パローレ…（言葉、言葉、言葉…）」というあの歌、何も本質的なものはない言葉を思い出しましょう。沈黙すること、正しく語ること。馬鹿げたことを言う代わりに、時には舌を少し噛むこと。それらは役立ちます。
最後は祈りで結びましょう。
沈黙の人、聖ヨセフ、
あなたは福音書の中で一言も語りませんでした。
私たちに無駄な言葉を断つことを教えてください。
心を養う言葉、励まし、慰め、支えとなる言葉の価値を再び見出させてください。
誹謗や中傷など傷つける言葉に苦しむ人々のそばにいてください。
そして、わたしたちが常に、言葉と行いを一致させることができるよう
助けてください。
アーメン。
(この訳は暫定訳であり、カトリック中央協議会発行書籍に掲載された時点で差し替えます。)