教皇フランシスコ、2025年2月19日、一般謁見演説 わたしたちの希望であるイエス・キリストについての連続講話 Ⅰ イエスの幼年時代 6.「彼らはひれ伏して幼子を拝んだ」(マタ2・11)――生まれたばかりの王への占星術の学者たちの訪問

 

教皇フランシスコ、2025年2月19日、一般謁見演説
わたしたちの希望であるイエス・キリストについての連続講話

Ⅰ イエスの幼年時代
6.「彼らはひれ伏して幼子を拝んだ」(マタ2・11)――生まれたばかりの王への占星術の学者たちの訪問

2025年2月19日(水)の一般謁見のために用意されたテキスト(原文イタリア語)。教皇は気管支炎の検査と治療のため2月14日(金)からローマ市内のジェメッリ病院に入院し、3月22日(土)に退院したが、4月21日(月)に逝去するまで、これ以降、一般謁見は開催されなかった。



 親愛なる兄弟姉妹の皆さん。

 イエスの幼年時代に関する福音書の中で、マタイの記述に固有のエピソードがあります。すなわち、〈占星術の学者たちの訪問〉です。多くの文化の中で特別な人物の誕生の予兆となる星の出現に引き寄せられた、何人かの賢者たちが、自分たちの向かう正確な目的地も知らずに、東方から旅に出かけます。それが、占星術の学者たち、すなわち、契約の民に属さない人々です。わたしは前回、ベツレヘムの羊飼いたちについてお話ししました。彼らは「汚れた」者とみなされていたため、ユダヤ社会から疎外されていました。今日わたしたちはもう一つのカテゴリーである、異邦人と出会います。彼らはだれもこれまで聞いたことのない王として歴史の中に入って来られた神の子を表敬するためにただちにやって来ました。それゆえ福音書は、貧しい人々と異邦人が、世の救い主である、幼子となった神と最初に出会うために招かれたことを、はっきりと述べます。

 占星術の学者たちは、ノアの三人の息子から生まれた最初の種族、また、アジア、アフリカ、ヨーロッパという古代に知られていた三大陸、そして、青年と成年と高齢の人生の三段階の代表者とみなすことができます。どのように解釈できるかはともかく、彼らは、立ち止まることなしに、聖書の歴史における神に招かれた偉大な人々と同じように、移動し、旅に出るようにという招きを感じた人々です。彼らは、自分を超えた、高いところを見つめることができた人々です。

 天に現れた星に引き寄せられた彼らは、ユダの地のエルサレムに向かい、そこでヘロデ王と会見します。ユダヤ人の王として生まれたかたに関する情報を求める彼らの素朴な信頼は、ヘロデの狡猾さと衝突します。王座を失うことへの恐れに促されたヘロデは、すぐに律法学者と連絡を取り、彼らに調査を依頼することによって、はっきりとした答えを得ようとします。

 地上の王の権力はこのようにしてその弱さを示します。聖書に通じた専門家たちは、ミカの預言に従って、イスラエルの民の頭であり牧者であるかたが生まれるはずの場所を王に示します(ミカ5・1)。それは、偉大なエルサレムではなく、小さなベツレヘムでした。実際、パウロがコリントの信徒に思い起こさせるとおり、「神は〔……〕力ある者に恥をかかせるため、世の無力な者を選ばれました」(一コリ1・27)。

 しかし、メシアが生まれる正確な場所を知ることができた律法学者たちは、他の人々に道を示しながら、自分は動こうとしません。実際、神の波長と同調するためには、預言書を知るだけでは不十分です。自らの内面を深く掘り下げ、神のことばによって探求への熱意を燃え立たせられ、神を見ることへの望みを燃え上がらせていただくことが必要です。

 ヘロデはこの時点で、噓つきや乱暴な者が行うのと同じように、占星術の学者たちに星が現れた正確な時期をひそかに尋ねます。そして、自分も行って、生まれた王を拝むことができるために、彼らが旅を続けて、戻って来て知らせてくれるように頼みます。権力にしがみつく者にとって、イエスは歓迎すべき希望ではなく、排除すべき脅威です。

 占星術の学者たちが再び出発すると、星が再び現れ、彼らをイエスのもとへと導きます。それは、創造と預言のことばが、神が語り、ご自身を示すための言語であることを示すしるしです。星を見いだしたことは、これらの人々のうちに抑えきれない喜びをもたらします。なぜなら、真摯に神を探求するすべての人の心を動かす聖霊が、彼らを喜びで満たすからです。占星術の学者たちは、家に入ると、ひれ伏してイエスを拝み、王であり神であるかたにふさわしい、高価な贈り物をささげます。なぜでしょうか。彼らは何を見いだしたのでしょうか。古代の著作家はこう述べます。彼らは「みことばがとった、つつましく小さなからだを」見いだしました。「しかし、神性の栄光は彼らに隠されていない。彼らは幼子を目にするが、神を拝むのである」(アクイレイアのクロマティウス『マタイ福音書注解』[Tractatus LXI in Evangelium Matthaei 5, 1])。占星術の学者たちは、すべての異教徒の中で最初の信者となります。彼らはすべての言語と民族から呼び集められた教会の象徴です。

 親愛なる兄弟姉妹の皆さん。わたしたちも、この「希望の巡礼者」である占星術の学者たちの学びやに入ろうではありませんか。彼らは大きな勇気をもって、イスラエルだけでなくすべての民の希望であるかたへと、自分たちの歩みと心と財産を指し向けました。小ささのうちにある神を、わたしたちを押しつぶすのではなく自由にし、尊厳をもって仕えることを可能にする王である神を拝むことを学ぼうではありませんか。そして、わたしたちの信仰と愛を表すために、もっともすばらしい贈り物をこのかたにささげようではありませんか。

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