教皇レオ十四世、2026年4月18日、ヤウンデからルアンダに向かう機内でのあいさつ

2026年4月18日(土)、4月13日(月)から23日(木)までのアフリカ4か国司牧訪問の二番目の目的地のカメルーン訪問(4月15日-18日)を終え、ヤウンデから第三の目的地のアンゴラのルアンダに向かう機内での、カメルー […]

2026年4月18日(土)、4月13日(月)から23日(木)までのアフリカ4か国司牧訪問の二番目の目的地のカメルーン訪問(4月15日-18日)を終え、ヤウンデから第三の目的地のアンゴラのルアンダに向かう機内での、カメルーン訪問を振り返るあいさつ(原文イタリア語とフランス語)。



 おはようございます。皆様、おはようございます。もう、こんにちはですね。カメルーンでよい時を過ごされたことと思います。ご承知のとおり、当然のことながら、わたしたちは今アンゴラに向かっています。

 カメルーン訪問は、一方ではたいへん意義深いものでした。なぜなら、カメルーンは英語話者とフランス語話者を含めて約250の言語と民族が存在する、多くの点でアフリカの中心だからです。同時にカメルーンは莫大な富と機会をもちながら、しばしば富の分配が不公平だという、アフリカ全土で見られる問題も抱えています。

 個人的にはたいへん満足しています。ご承知のとおり、わたしたちはアルジェリア訪問を聖アウグスティヌスというテーマで始めました。昨日(17日)はカトリック大学で、アフリカの地図と聖アウグスティヌスを中心に置いた美しい記念碑を祝福しました。これはある意味でこの訪問の意味の一部を表します。

 わたしがアフリカに来たのは、おもに牧者として、カトリック教会の頭として、アフリカ全土のすべてのカトリック信者に寄り添い、彼らとともに祝い、彼らを力づけ、彼らに同伴するためです。

 しかし、当然のことながら訪問には別の側面もあります。わたしはカメルーンのイマームのグループとたいへん意味のある会見を行いました。それは、わたしがすでに他の場所で行ってきたのと同じように、また、教皇フランシスコがその教皇職の中で行ってきたのと同じように、理解と、受容と、他の宗教の人々とともに平和を築くことを通して、対話と兄弟愛を推進し続けるためです。

 同時に、事実に関するある解釈が広まっています。それはそのすべての側面において正確ではありません。それは、この訪問の数日前にアメリカ合衆国大統領がわたしに関してある発言を行ったことから生まれた政治的状況によるものです。そのときから書かれた記事の大部分は、注解に注解を加えて、発言を解釈しようと試みています。ささやかな例を挙げます。数日前に平和のための祈りの集い(16日)で行ったあいさつは、大統領が、わたしやわたしが推進する平和のメッセージについてコメントするはるか以前の2週間前に準備されたものです。しかし、それが大統領にあらためて論争しようとするものであるかのように解釈されました。わたしはそのようなことにまったく関心はありません。

 それゆえわたしたちは、福音のメッセージをのべ伝えながら、わたしたちの旅を続けます。わたしたちが典礼のために用いて来た福音のテキストは、キリスト信者であることの意味、キリストに従うことの意味、兄弟愛と友愛と主への信頼を深めることの意味について、また、現代世界で正義を推進し、平和を推進することについて、そのさまざまな、すばらしく、驚くべき要素を示します。

 このようなことばで皆様にごあいさつできて幸いです。皆様のこれまでの労苦に感謝申し上げます。主がこの旅の中でわたしたち皆を祝福し続けてくださいますように。本当にありがとうございます。(以上イタリア語。以下フランス語)

カメルーンの記者
 フランス語で一言お願いできますしょうか。教皇様、ありがとうございます。カメルーンは二言語国家のため、フランス語でも一言お話しいただきたいのです。わたしはカメルーン国営テレビで働いております。

レオ十四世
 カメルーンの皆様に、そのすばらしい歓迎、はかりしれない熱意、人々の喜びのゆえに、ただ感謝します。それはすばらしい経験でした。それは、真の意味で共有された熱意を見いだした信仰共同体の経験です。イエス・キリストに従い、わたしたちの信仰をともに祝うのはなんとすばらしいことでしょうか。この熱意が本当にカメルーンにありました。このような体験ができ、この数日間、皆様の民とともにいられたことをとても幸いに思います。

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