教皇レオ十四世、2026年5月8日、ナポリ、プレビシート広場での市民との集会における演説

2026年5月8日(金)午後4時30分(日本時間同日午後11時30分)から、訪問先のナポリ、プレビシート広場で行われた市民との集会における演説(原文イタリア語)。    親愛なる兄弟姉妹の皆様。すばらしい歓迎に感謝します […]

2026年5月8日(金)午後4時30分(日本時間同日午後11時30分)から、訪問先のナポリ、プレビシート広場で行われた市民との集会における演説(原文イタリア語)。

 
 親愛なる兄弟姉妹の皆様。すばらしい歓迎に感謝します。

 わたしを抱擁するこの広場は、ローマのサンピエトロ広場の列柱のようです。皆様はこのように温かく歓迎してくださいました。本当に感謝します。

 ごあいさつくださった(ガエタノ・マンフレディ)ナポリ市長に御礼申し上げます。ご出席くださったすべての市と軍の当局者にごあいさつ申しあげます。ナポリ大司教(ドメニコ・バッターリア枢機卿)と、お集まりくださった皆様にも感謝致します。

 エマオの弟子に関する福音書の場面を背景にして、いくつかの声が交わされます。この声がわたしたちをこのすばらしい集会へと導きます。それは、ヴェスヴィオ火山を見上げる、地中海の真珠であるナポリの声です。この声は、海に照らされ、太陽の接吻を受けたこの町の古来の美を響き渡らせます。またそこには傷と貧困と恐れも見いだされます。この声は、イエスが近づくことを必要とした福音書の二人の弟子と同じように、しばしば疲れ、方向を見失い、幻滅しながら歩むナポリについても語ります。それは今日においてもなお、立ち止まってこう自問しなければならない民の声です。本当に大切なものとは何かと。

 兄弟姉妹の皆様。この町には、いのちと正義と善へのあこがれがあふれています。このあこがれは、悪と失望とあきらめによって打ち負かされることがありません。そのためわたしたちは――一人でではなく、ともに――こう自問しなければなりません。本当に大切なものとは何か。無関心の疲れではなく献身の勢いをもって、悪への恐れではなく善を行う勇気をもって、冷淡ではなく傷をいやす気遣いをもって再び歩み始めるには、何が必要で、何が大切かと。

 ナポリは今日、劇的な逆説(パラドックス)に直面しています。観光客の著しい増加に、地域社会全体を真にかかわらせることができる経済力が追い付いていません。ナポリの町は今なお社会的格差によって特徴づけられています。この格差は、もはや中心と周縁を分離するだけでなく、歴史的中心部にも本質的な周縁部が潜んでいることによって、あらゆる領域のうちに見られます。多くの地区には、長年の未解決の問題によって悪化した、真に固有の意味での不平等と貧困の地域が見いだされます。これらの問題とは、所得の格差、雇用状況の悪化、適切な施設とサービスの不足、犯罪の増加、悲惨な失業、学校の中退、多くの人の生活を苦しめる他の状況です。時として憂慮すべき次元に達したこうした現実を前にして、市民に安全と信頼を与え、組織犯罪の可能性を除去するために、国家の関与と行動がこれまでに増して必要とされています。

 このような状況において、多くのナポリ市民は、町が悪から解放され、傷がいやされることをますます願っています。しばしば真に固有の意味での社会の英雄たちが、時として目立たずに、自分の職務を忠実に果たしながら、日々献身的に努力しています。それは、正義と真理と美が街路と諸機関と人間関係の中で広まるためです。こうした人々を孤立させてはなりません。彼らの努力が町の深いところにまで浸透するために、つながりとネットワークを築き、コミュニティを作り出すことが必要です。

 ナポリの教会が、このようなネットワークの構築に著しく貢献する「接着剤」となり、個々人の努力をまとめ、多くの人の力と才能と願いを結びつけているといえることをうれしく思います。教会はこのことを教育協定の推進によって行っています。教育協定は、自治体、州、政府機関、また多くの教会機関と第三セクターのうちに寛大な応答を見いだしています。それゆえわたしは皆様に呼びかけたいと思います。皆様を結びつけるこのネットワークを壊さないでください。暗闇の中で輝き始めたこの光を消さないでください。よりよく美しいナポリを実現しようとするこの夢の色を失わせないでください。この協定を前進させ、力を集め、ともに働き、機関、教会、市民社会が一致して歩み続けてください。それは、町を活性化し、子どもたちを不安と悪の罠から守り、ナポリが人間性と希望の町となるという使命に再び取り組むようになるためです。

 さらにわたしは、このナポリの町が数千年にわたり果たしてきた自らの召命を再発見するために行っている歩みを思い起こしたいと思います。この召命とは、地中海の自然の架け橋となるということです。ナポリは訪問者のための単なる「絵葉書」にとどまってはなりません。むしろ、人々の日常生活の中で確かめうる、具体的な平和が築かれるための開かれた作業場とならなければなりません。

 平和は人間の心から始まり、人間関係を通り、地域社会と郊外に根づき、町と世界全体を包むまでに広がります。そのためわたしは、何よりもまず町そのものの中で働くことが緊急に必要だと感じます。平和は、町の中で、日々の行動、教育プログラム、正義のための実践的な選択を通して、暴力に代わる文化を推進することを通して築かれます。

 実際、わたしたちは、正義なくして平和は存在せず、正義が真実のものとなるためにはそれを愛と切り離してはならないことを知っています。このような観点から、困難を抱えた子どもと母親を受け入れる「平和の家」や、脆弱な状態に置かれた若者や大人のための同伴の場所である「カーサ・バルティメオ」が生まれ、発展してきました。それらは、もてなしと気遣いと救いの可能性となる平和の具体的なしるしです。

 さらに、教会共同体と市民社会はともに、ナポリを異文化間対話と諸宗教対話の「プラットフォーム」とするために努力してきました。皆様は、会議、国際的な賞、紛争地域――たとえばガザ――出身の若者を受け入れる取り組みを通して、平和の文化に草の根から声を与え、自らが紛争解決の手段だと主張する争いと武力の論理とそれを対置し続けることができます。

 この意味でナポリは、移民や難民を受け入れることによってその深い心を示し続けています。ナポリは、このことを緊急事態としてではなく、出会い、相互を豊かにする機会と捉えるからです。これは何よりもまず教区カリタスの活動によって可能となっています。教区カリタスは、ナポリ港を単なる上陸地から、受け入れと溶け込みと希望の生きたしるしにも変えました。

 兄弟姉妹の皆様。ナポリはこの跳躍と、爆発的な善の力と、すべてのものを新たにする力をわたしたちに与える福音的な勇気を必要としています。皆で力を合わせ、ともに前進してください。とくに若者とともにこの取り組みを進めてください。若者は変化の目的であるだけでなく、その主体でもあります。若者をかかわらせるだけでなく、彼らの居場所と信頼と責任を認めなければなりません。それは彼らが善の構築に創造的に貢献できるようになるためです。しばしば不信と機会の欠如によって特徴づけられる現実の中で、若者は生きた驚くべき資源です。ナポリ教区博物館の経験もそのことを示しています。ナポリ教区博物館では、多くの若者が、新たな分かりやすいことばで町の文化的・精神的遺産の保存と展示に努めているからです。礼拝堂で子どもたちの教育に情熱を注ぎ、健全な人間関係の信頼できる基準、またあかしとなっている若者たちも、そのことを示しています。愛の奉仕と、社会活動と、脆弱な人々に同伴するプログラムに献身する多くのボランティアも、そのことを示しています。

 こうした経験は決して些細なものではありません。それはすでに、若いいのちに満ちた教会と、再生の可能性をもつ町の具体的なしるしです。皆様がその特徴である大胆さと情熱と熱意をもってこれらの経験を深め続けてくださることを確信しています。

 親愛なる友人の皆様。皆様の歓迎に感謝するとともに、皆様を至聖なるマリアと聖ヤヌアリオの執り成しにゆだねます。主が皆様をつねに福音に忠実に従う者とし、ナポリの町を祝福してくださいますように。

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