第6回「祖父母と高齢者のための世界祈願日」教皇メッセージ2026年7月26日(日本では2026年9月20日)

第6回「祖父母と高齢者のための世界祈願日」教皇メッセージ 「わたしがあなたを忘れることは決してない」(イザヤ49・15)  親愛なる兄弟姉妹の皆様。  主は預言者イザヤの口を通して、わたしたちのだれをも決して忘れることは […]

第6回「祖父母と高齢者のための世界祈願日」教皇メッセージ
「わたしがあなたを忘れることは決してない」(イザヤ49・15)

 親愛なる兄弟姉妹の皆様。

 主は預言者イザヤの口を通して、わたしたちのだれをも決して忘れることはないと約束してくださいます。主は、わたしたちの顔を手のひらに刻みつけること(イザヤ49・16参照)、主の愛は自分が産んだ子への母親の愛よりも深いことを保証してくださいます(イザヤ49・15参照)。預言者は、神が一人ひとりと民全体とを「あなた」と呼んで親密で深い対話をしてくださることを垣間見せてくれます。わたしたちも今日、一人ひとりに向けて語られるこのことばを読んで、一人ひとりが「わたしがあなたを忘れることは決してない」と自分についていわれるのを聞くことができます。

 このことばはわたしたちを慰めと信頼で満たします。それは「主はわたしを見捨てられた、わたしの主はわたしを忘れられた」(イザヤ49・14)という、心を悩ませる苦悩に対する答えです。聖書、とくに詩編において、自分の人生がだれの関心も引かず、無視されていると感じる人の絶望から、どれほど多くの祈りが生まれていることでしょうか。自分が忘れられたという悲しい思いは、残念ながら多くの人が共有しており、そこには大勢の高齢者も含まれます。

 しかし、だれをも決して忘れない神の愛は、正義のわざとして、そして、しばしば人間のいのちを見失わせることになる匿名性への応答として、自らを与えます。とくに多くの高齢者の人生の上には、まるでベールが広げられて、彼らの顔の特徴をぼやかし、その姿を忘れさせようとしているかのようです。同じことが、孤独が支配する家や、一人ひとりの個性がベッドの番号や病名に変わるおそれのある介護施設でも起きています。

 「祖父母と高齢者のための世界祈願日」は、教会がすべての人の母となるように招かれていること、そして、どの年齢の人も自分が神の子であることをつねに見いだしうることを再発見する機会です。それゆえこの祈願日が、すべての人、とくに若者にとって、自分の祖父母や家庭の高齢者、そしてだれも訪ねてくれない人を訪問するというすばらしい習慣を取り戻す刺激となりますように。このメッセージと皆様の存在によって、教皇の寄り添いと愛情をそうした人々に届けてください。「わたしがあなたを忘れることは決してない」という預言者のことばが、優しく愛情のこもった出会いのかたちをとりますように。「加速と分断へと向かう時代にあっても、人間の肉体は、優しい手、注意深い心、いつくしみ深いことばによって大切にされ、認められることを求め続けています。デジタル文化は、つながりを増やし、出会いの新たな可能性を提供します。しかし、人間の心はやみがたく親密さを必要とし続けます」(教皇レオ十四世回勅『人間の偉大さ――AIの時代における人格の擁護』239[Magnifica humanitas])。

 教会は高齢に達した自らの子らの苦しみを知っています。彼らがしばしば偏見の目で見られ、重荷とみなされることをよく知っています。利益だけを追い求める経済が家族のきずなを弱めることを自覚しています。移住を強いられたり、場合によっては戦争に駆り出されたりした子どもたちによって、多くの高齢者が置き去りにされることがあると知っています。こうしたすべてのことから、教会は喜びのうちに主の約束を告げ知らせます。「わたしがあなたを忘れることは決してない」。

 教皇福者ヨハネ・パウロ一世が述べたとおり、すべての年齢の人にとって、とくにもはや若くない人にとって、「神にとって、わたしたちは尽きることのない愛の対象」であると知ることは、慰めです。「暗い状況にあっても、神はいつもわたしたちに目を向けておられることを、わたしたちは知っています。神はわたしたちの父であり、もっといえば母でもあるのです」(「お告げの祈り(1978年9月10日)」)。自然にこのように考えることはできないとしても、年老いても変わりなく神の子であることは真実です。ですから、父性的であり母性的でもある神の愛のみ手に帰るようにとの招きは、日々つねに有効であり続けるのです。

 多くの人にとって、神の優しさの発見は、人生の中で、時として人生の最後の段階で行われます。実際、過去とは違い、真の信仰体験なしに年老いることがますます普通になっています。こうした場合に高齢期は、人生のこの段階における差し迫った問いから出発することで、霊的生活を始めたり再開したりするよい機会となりえます。この新しい歩みの中で、次のように聖アウグスティヌスが述べることを再認識できます。「神は母である。なぜなら、神が彼をかわいがるからである。なぜなら、神が彼を養育するからである。なぜなら、神が彼に乳を飲ませるからである。なぜなら、神が彼を抱くからである」(『詩編注解』[Enarrationes in Psalmos 26, II, 18(堺正憲訳、『アウグスティヌス著作集18/Ⅰ 詩編注解(1)』教文館、1997年、283頁)])。この自覚は、わたしたちに生じる脆(もろ)さを恥じることなく、わたしたちが皆、つねに互いを必要とし、注意と配慮を求めるものであることを理解するのに役立ちます。こうしてわたしたちは、わたしたちに近しくいてくださり、わたしたちがその優しさを認めることを学んだ神に、祈りの中で子としての信頼をもって向かうことができるようになります。神に向かうのを始めるのに遅すぎるということは決してありません。それはすべての人にとって大きなたまものとなりえます。

 親愛なる祖父母と高齢者の皆様。教皇フランシスコは、高齢者人口が人類史上かつてないほど増加していることから、皆様を「新たな人々」(「一般謁見(2022年2月23日)」)と呼びました。それゆえ、誕生のときから人間につきまとう脆弱性が優位に立つときに、わたしたちの使命がいかなるものとなりうるかについて、「新たな人々」である皆様とともに考察することがこれまでに増して重要です。皆様にこう申し上げたいと思います。脆弱であることを恐れないでください。この弱さこそが、人生の他の段階をも照らす新たな可能性を内に秘めているのです。実際、脆弱さは、それを受け入れ、認めるとき、「互いに支え合うことへと、また、いかなる人間的な力も保証することができない心の深い和解と真の平和を与えることができるかたへの祈りへと、心を開いてくれるのです」(教皇レオ十四世「アルジェリア、アフリカの聖母の大聖堂でのアルジェリアの共同体との集会でのあいさつ(2026年4月13日)」)。

 わたしたちはキリスト信者として、このように高齢期を生きることができます。高齢期は「脆弱さ」であると同時に「召命」です。実際、男も女も年をとった状態から新たに生まれ(ヨハネ3・4-6参照)、預言者とともにこう叫ぶことができます。「立ち帰って静かにしているならば救われる。安らかに信頼していることにこそ力がある」(イザヤ30・15)。この力は、人間の共存を保障するために傲慢と権力の道を選ぶのではなく、和解と真の平和の道を選ぶようにという招きとなりえます。過酷な戦争と社会的な暴力によって特徴づけられた現代にあって、多くの人々が自分の孫の世代が成長する世界がどのようになるだろうかと案じています。親愛なる友人の皆様。世界中に平和が速やかに訪れるよう、わたしとともに熱心に祈ってください。

 高齢の姉妹兄弟の皆様。祈りと、とくにロザリオを唱えることによって日々わたしを支えてくださることに感謝します。心からのお返しとして、皆様のためにこの祈りをささげます。わたしたちを決して忘れることのない主が、つねにわたしたちの信仰と希望と愛を新たにしてくださいますように。

バチカンにて、2026年6月15日

教皇レオ十四世




第6回「祖父母と高齢者のための世界祈願日」の祈り(2026年7月26日)
(日本では9月20日*)

ダウンロード(PDF 291KB)

聖なる父よ、
あなたはすべての人を見守ってくださいます。
わたしが年老いるときも見守ってください。
あなたはわたしに、キリストのうちにみ名を示され、
わたしの弱さゆえに、わたしを見放されることはありませんでした。
あなたはわたしを、み手の中に優しく抱きしめ、
わたしに刻まれたしわを、いつくしんでくださいます。
あなたはわたしを決してお忘れにはなりません。(イザヤ49・15参照)

わたしが自分の弱さを恐れることがないよう支えてください。
わたしの弱さを愛してくださるように、
自分の弱さを愛することを学ばせてください。
わたしの弱さに耳を傾けてくださるように、
自分の弱さに耳を傾けることを学ばせてください。
全能でありながら、へりくだりを身にまとわれたあなたが、
わたしの弱さをお選びになったように、
自分の弱さを受け入れることができますように。

年を重ねることによって、
わたしたちのおごりと分裂が取り除かれ、
あなたのうちに一つに結ばれて、
これからの年月(としつき)を生きることができますように。
あなたはわたしたちを決してお忘れにはなりません。(イザヤ49・15参照)
アーメン。

(2026年7月2日 日本カトリック司教協議会常任司教委員会認可)

*2023年7月の第1回臨時司教総会で、日本では9月の「敬老の日」の前日に移動することが承認されました。

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