教皇レオ十四世、2026年10月7日、『愛のよろこび』公布10周年記念会議開会あいさつ

2026年10月7日(水)午後4時(日本時間同日午後11時)から、『愛のよろこび』(Amoris Laetitia)公布10周年記念会議開会に際して東方教会代表者と司教協議会会長に述べたあいさつ(原文英語)。    司教 […]

2026年10月7日(水)午後4時(日本時間同日午後11時)から、『愛のよろこび』(Amoris Laetitia)公布10周年記念会議開会に際して東方教会代表者と司教協議会会長に述べたあいさつ(原文英語)。

 
 司教職にある親愛なる兄弟の皆様
 親愛なる家族の皆様
 親愛なる兄弟姉妹の皆様。

 わたしは『愛のよろこび(2016年3月19日)』(Amoris Laetitia)公布から10年をへてこの会議を招集することを望みました。数日間をともに過ごすために予定を調整してくださった皆様に感謝します。キリストにおける生活を分かち合うために来て、わたしたちの対話にご参加くださる、結婚した夫婦とすべての皆様、専門家と進行係の皆様にも心から感謝申し上げます。

 結婚と家庭に関して教会が歩んできた長く実り豊かなシノドス的・宣教的な歩み――わたしたちが歩み続けるように招かれた歩み――を振り返ることから始めることをお許しください。

 家庭は、ペトロの後継者と世界代表司教会議(シノドス)への参加を通じてこの後継者を補佐する司教の司牧的関心においてつねに重要な位置を占めてきました。1980年の世界代表司教会議は教皇ヨハネ・パウロ一世がその短い教皇職の中で表明した望みを取り上げ、最終的に教皇聖ヨハネ・パウロ二世の使徒的勧告『家庭――愛といのちのきずな(1981年11月22日)』(Familiaris Consortio)をもたらしました。

 教皇フランシスコはその教皇職の初めに、再び家庭をシノドスのプロセスの中心に位置づけました。現代世界における自らの使命と密接に関連する領域に影響を及ぼす深刻な変化を前にして、教会が識別を行い続ける必要性を認めたからです。この歩みは10年後に使徒的勧告『愛のよろこび』(Amoris Laetitia)をもたらしました。

 教会はこのことに関して第二バチカン公会議が示した道に沿って歩み続けてきました。公会議教父は、結婚と家庭の尊厳を『現代世界憲章(1965年12月7日)』(Gaudium et Spes)の初めに置きました。家庭生活が、諸民族の平和を促進するという活動を含めた、現代の大きな文化的、経済的、社会的、政治的問題に取り組むための特別な入り口となることを認めたからです。「神は人を男と女とにお造りになった。それゆえ、人は父母を離れてその妻と結ばれる」(マコ10・6-7)という神のことばの光につねに照らすならば、これらの問題が相互に連関することが、今日ますます明らかになってきました。家庭は、地域的なものとグローバルなものを結び合わせるアプローチの鍵であり続けます。このアプローチは、福音がすべての人とともに築くようにわたしたちを招くキリストにおける普遍的な兄弟愛の探求によって導かれます。教会全体のシノドス的な召命が展開し続ける中で、この半世紀以上の歴史はわたしたちの会議に牧者としての特別な責務を負わせます。

 この歴史の中で、『愛のよろこび』(Amoris Laetitia)は重要な段階を画するものです。その公布後の10年は部分教会の生活の一部となってきました。この間、この使徒的勧告は異なる文化と司牧的状況の中で受容され、具体的な家庭生活に同伴し、さまざまな取り組みやプロセスを促しました。

 わたしたちはこの10年を主イエスの前に持ち寄ります。聖霊に導かれ、これまでの出来事を注意深く見つめることは、キリストがこの10年間を通してご自身の教会に何を教えてこられたかをわたしたちがより深く認識するための助けとなります。

 使徒言行録は、わたしたちがこれからしようとしていることのためにすばらしいイメージを与えてくれます。パウロとバルナバは宣教旅行を終えるときに教会を集め、「神が自分たちとともにいて行われたすべてのこと〔……〕を報告した」(使14・27)。後にエルサレムに向かう途中でフェニキアとサマリアを通る際にも、二人は宣教の際の出来事を報告し、この報告は兄弟姉妹に大きな喜びをもたらしました。二人はエルサレムに到着すると教会と使徒たちと長老たちに歓迎されました。そして再び「神が自分たちとともにいて行われたことを、ことごとく報告した」(同15・4)のです。

 わたしたちの会議の中にもこれに似た運動があります。すでに述べたとおり、教会はこの10年間を、『愛のよろこび』(Amoris Laetitia)を受容し、さまざまな状況にある家庭とともに歩みながら過ごしてきました。

 わたしたちも神が自分たちの間でなさったことに関する物語を携えています。それは宣教の歩みの中で集められた物語です。回心と、思いがけない実りと、わたしたちの共同体が家庭に寄り添おうと努めた際に神が家庭とともにつむいだ関係についての物語です。それには、わたしたちが直面した困難や、生じた問いや、歩みながら学んだことも含まれます。これらの物語は、作業を始めようとするわたしたちに信頼を与えてくれます。これらの物語を主の前に置き、互いに分かち合おうではありませんか。そして、神がわたしたちの間で何をなさろうとしてきたのか、そして神の霊が現代の教会をどこへ導こうとしておられるのかを見いだそうと努めようではありませんか。

 わたしは3月19日の『愛のよろこび』(Amoris Laetitia)公布10周年に際してのメッセージの中で次のように述べました。「実際、教会が、信徒、とくに家庭を通してでなければ『地の塩となりえない』場所と環境があります」。実際、『愛のよろこび』(Amoris Laetitia)はこの召命と責務を真剣に受け止めるようにわたしたちを招きます。家庭自体、生活の通常の営みの中で、愛と忠実、配慮とゆるし、子どもの教育、信仰伝達の努力、高齢者と脆弱な人々への気遣い、地域社会と社会に奉仕するための多くの方法を通して、教会の使命にあずかります。家庭はこれらすべての方法によって、福音をあかしし、教会生活と宣教に貢献します。

 わたしたちは司牧者として、時がよくても悪くても、結婚と家庭に対する神のすばらしい計画と、愛と優しさへの招きをのべ伝える責務を与えられています。このことは、生活の具体的な状況の中で自らの召命を生きようと努める人々に同伴するようわたしたちに問いかけます。

 この奉仕職はわたしたちを傾聴の学びやに座らせます。神の民の知恵は、共通の信仰を通してわたしたちに届きます。この共通の信仰は、困難、孤独、時として失敗のように見えるものによって特徴づけられるさまざまな状況にある家庭を含めて、すべての家庭を照らします。わたしたちが時間をかけて耳を傾けるとき、主ご自身が忍耐強くわたしたちを教えてくださいます。わたしたちが家庭から多くを学べることは間違いありません。

 家庭生活は勇気をもって向き合うべきさまざまな問題もわたしたちの前に示します。多くの場面において、性と親密さを生きる方法と、キリスト教的結婚観の間にますます隔たりが生まれています。若者は愛と忠実と帰属を求め続けていますが、多くの若者は、キリスト教的結婚観を自分の生活の中で実践する方法を見いだし、生涯にわたる献身が自分たちの求めることに到達するための条件であると信じるのに困難を覚えています。経済的不安定、移住、暴力、孤独、その他の感情的な脆弱さも、人々が行う選択や未来に対して想い描きうる可能性を形づくります。

 これらの現実は、わたしたちが勇気をもって向き合うべき多くの問いを生じさせます。こうした文化的変化の中で、人々が真に求めているものは何か。彼らの喜びと希望、悲しみと不安がわたしたちに示しているものは何か。わたしたちの司牧的言語と実践はどこで道を開くことができるのか。また、どこで、人々の心に触れ、善を行う努力を支えることがうまくできないのか。家庭の生きた経験――わたしたちがまだそこから十分に学んでいない経験を含めて――は何をわたしたちに教えてくれるのか。わたしたちは健全で聖なる家庭生活を養成するために何を提供しうるか。とくに自分たちの子どもや困難な状況にある若者に同伴しようとする両親から何を学ぶことができるか。

 脆弱性に特別な注意を向ける必要があります。なぜなら、それは人々が自己と、未来と、神との関係、また教会との関係を見いだす方法を深く形成しうるからです。脆弱性の経験は、人生が望んだとおりのものにならなくなったときに互いに寄り添い合い続けることができるかどうか、限界や傷や失敗に見えるものによって特徴づけられた状況にあっても恵みのわざを見いだしうるかどうかという問いを生み出します。

 このこととの関連においても、家庭の経験はすべての人に何かを教えてくれます。なぜなら、脆弱性はわたしたちの共通の人間の条件の一部であり、それゆえ教会生活の一部でもあるからです。わたしたちは皆、自分が望む善とわたしたちが実践しうることとの間にギャップがあることを知っています。わたしたちが神のみ心を行うには、恵みとゆるしと新しい始まりが必要です。そしてわたしたちは、忠実はそれ自体が与えられるべき恵みであり、しばしば試練を通じて少しずつ新たにされる歩みであることを学びます。この共通の課題を理解することが、わたしたちが教会の中で寄り添い合う方法を形づくらなければなりません。では人々は、まさにもっとも脆弱な状態にあるとき、どのような教会と出会うでしょうか。わたしたちの共同体は、彼らが自分たちにまだ居場所と、責任と、与えられるたまものがあることを見いだすための助けとなっているでしょうか。わたしたちがのべ伝える真理は、わたしたちの司牧活動の忍耐と近しさとあわれみを通じて伝わりうるものとなっているでしょうか。どうすれば家庭に関する福音の教えを余すところなく人々に告げ知らせることができるでしょうか。

 この会議の期間中、これらの問いを真剣に受け止めてくださるようにお願いします。聖霊はしばしば、わたしたちを試みる状況そのものを通して語りかけます。そして、とくに弱さと回復力、希望と失望のうちにありながら、交わりを求め、意味の探求を行う現代の家庭に、神のあわれみとキリストの救いの恵みがどのように達しうるかを見いだせるようにわたしたちを照らしてくれます。それゆえ、わたしたちの課題は、これらの現実を解釈することだけではありません。むしろ、これらの現実に問いかけてもらい、司牧的責務を動機づけてもらうことです。そうすれば教会は、福音をのべ伝え、秘跡の恵みを与え、家庭に寄り添い、キリストが優しくご自分の民とともに歩き続けてくださっていることを目に見えるものとするための新たな方法を見いだすことができるでしょう。

 わたしたちの互いの対話が、使徒言行録に見いだされるような福音的な自由によって特徴づけられますように。わたしたちは、自分たちの教会に喜びをもたらしたもの、わたしたちが直面した課題、さまざまな経験を通じていっそう明らかになった問題を分かち合うことができます。さらに、わたしたちの置かれた状況の多様性は、教会全体が識別を行うためのたまものとなりえます。

 この会議のために準備された〈テーマの枠組み〉(Thematic Framework)は、『愛のよろこび』(Amoris Laetitia)の広い射程をつねに念頭に置き、この使徒的勧告をわたしたちの教会がこの10年間経験してきたことと対話させることを意図したものです。豊かなキリストのことばと教会の伝統から霊感を引き出そうではありませんか。神の民が祈りとシノドス的な考察を通じてわたしたちの作業に同伴できるように、プログラムは公表されます。

 わたしたちは、互いに耳を傾け合い、聞いたことを自分の心の中で響かせ合い、聖霊の促しに注意を向け続けることによって、新たな問題を前にして必要な司牧的創造性を呼び覚ますことができるようになります。

 だから、今晩の共同の黙想と、毎日の初めの祈りは、わたしたちの作業の中心となるものです。『愛のよろこび』(Amoris Laetitia)がわたしたちの地域教会にもたらした実りをともに集め、それが教会全体をはぐくんでくれるように、主の助けを願います。

 皆様が自分の教会と異なる文化状況から持ち寄る多くの物語を通じて、過去10年間に分かち合われた物語が形をとることを願っています。それは喜びと希望によって特徴づけられた物語です。この物語が、依然として残る試練や困難にわたしたちが誠実に向き合うことを可能にしてくれます。それは司教協議会と東方教会の位階組織の司牧的識別を豊かなものとすることでしょう。地域教会が新たな道を見いだし、洗礼を受けたすべての人を教会のシノドス的な歩みへと導く助けにもなることでしょう。わたしたち皆が、この傾聴と識別の時が要求する思慮と秘密保持を守れることもお願いします。

 主が、互いに耳を傾け合う自由と、ご自分の民の間で主が行うみわざを見いだす知恵と、主が導かれる道に従う勇気をわたしたちに与えてくださいますように。そうすれば、福音は日々、世界中の家庭にとってますます完全な意味でよい知らせとなることでしょう。ご清聴ありがとうございます。

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