教皇レオ十四世、2025年8月28日、フランスの政治家の代表団との謁見での挨拶

2025年8月28日(木)午前10時45分(日本時間同日午後5時45分)からバチカン宮殿枢機卿会議の間で行われた、フランスの政治家の代表団との謁見での挨拶(原文イタリア語と英語とフランス語)。 ―――   父と子と聖霊の […]

2025年8月28日(木)午前10時45分(日本時間同日午後5時45分)からバチカン宮殿枢機卿会議の間で行われた、フランスの政治家の代表団との謁見での挨拶(原文イタリア語と英語とフランス語)。
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 父と子と聖霊のみ名によって。あなたがたに平和があるように。(以上イタリア語。以下英語。)

 皆様は英語を話されますよね。違いますか。皆様のご厚意により頼みながらフランス語でお話ししてみたいと思います。(以下フランス語。)

 ドミニク・ブランシェ司教様に心からご挨拶申し上げるとともに、ローマに巡礼に来られたクレテイユ教区の代議員の皆様を歓迎申し上げます。

 信仰の道を歩んでおられる皆様をお迎えできてうれしく思います。皆様は希望に強められながら、より公正で人間的で友愛に満ちた世界を築くために働く決意をもって、これから日々の務めに戻られます。このような世界は、福音に浸された世界以外のものではありません。西洋社会が経験しているあらゆる種類の漂流を前にして、わたしたちがキリスト者として、キリストに向かい、わたしたちが責任を行使するための支えを求める以上に適切なことはありません。

 だからこそ、皆様の歩みは、たんなる個人的な充実にとどまらず、皆様が奉仕する人々のためにきわめて重要で、有益です。それは、議員にとって、時として誤解されるライシテのために、公的責任を果たす際に信仰と一致した行動と決断を行うことがフランスにおいて容易でないために、いっそう称賛に値します。

 イエスが死と復活によって勝ち取った救いは、文化、経済と労働、家庭と結婚、人間の尊厳と生命の尊重、健康、また、コミュニケーション、教育、政治など、人間生活のすべての次元を含みます。キリスト教はたんなる個人の信心に限定されてはなりません。なぜなら、キリスト教は、神と隣人への愛によって特徴づけられる、社会における生き方を意味するからです。隣人は、キリストにおいてもはや敵ではなく兄弟です。

 皆様の地域、皆様が取り組む場所は、特定の地区での暴力、不安定、不確実性、麻薬のネットワーク、失業、共同性の喪失といった深刻な社会的問題に直面しています。こうした問題に立ち向かうために、キリスト教的指導者は、洗礼以来もっている愛徳によって強められます。愛徳は神のたまものです。それは「今日の世界が抱える問題に対する新たな取り組み方を与えられる力として、また、構造、社会組織、法体系を内側から大いに新しくさせる力」です。「ここから、愛は社会的、政治的特質を帯びたものとなります。社会に向かう愛は共通善を愛することへとつながります」(『カトリック教会の社会教説綱要』207)。それゆえ、当然のことながら、キリスト教的指導者は、自らのうちに働く信仰と、自らを照らし、力を与えるキリストとの個人的な関係を生き、あかしすればするほど、現代世界の課題に立ち向かうための準備ができるのです。イエスは力強くこういわれます。「わたしを離れては、あなたがたは何もできないからである」(ヨハ15・5)。ですから、いかに福音的なものであっても、その作者であるキリストを「欠いた」、「価値」の推進が、世界を変えることができないことは驚くべきことではありません。

 ところで、ブランシェ司教様は皆様への助言をわたしに求められました。わたしが皆様に与えることができる第一の――そして唯一の――ことは、これです。ますますイエスと一つに結ばれ、イエスに従って生き、イエスをあかししてください。公人の人格の中に分裂はありません。一方で政治家がおり、他方でキリスト者がいるわけではありません。むしろ、存在するのは、神と良心のまなざしのもとに、その取り組みと責任をキリスト教的に生きる政治家だけです。

 それゆえ、皆様は、信仰を強め、イエスが世に教えた教理――とくに社会教説――の理解を深め、任務の遂行と法の制定においてそれを実践するように招かれています。法の基盤は根本的に、人間本性との一致、すなわち、すべての人が――非キリスト者でも、信仰をもたない人でも――認めることが可能な、自然法です。それゆえ、自然法を提示し、確信をもって擁護することを恐れてはなりません。自然法は、すべての人の善、平和で調和がとれた、繁栄と和解のうちにある社会を築くことをめざす、救いの教えです。

 公的責任を公然とキリスト者として果たすのが容易でないことを承知しております。とくにキリストとその教会が疎外され、しばしば無視され、時として嘲けられる、ある種の西洋社会においてはなおさらのことです。政治家がこうむる、圧力、党派的な指示、――教皇フランシスコが適切にも用いたことばを使えば――「イデオロギー的な植民地化」を無視するわけでもありません。政治家は勇気をもたなければなりません。真理が問われているときに、時として「否、わたしはできません」と言う勇気をもたなければなりません。ここでも、イエスとの――十字架につけられたイエスとの!――一致だけが、その名のゆえに苦しむ勇気を皆様に与えてくれます。イエスは弟子たちにこういわれました。「あなたがたには世で苦難がある。しかし、勇気を出しなさい。わたしはすでに世に勝っている」(ヨハ16・33)。

 親愛なる友人の皆様。皆様のご訪問に感謝するとともに、同胞への奉仕の活動を続ける皆様を心から励ますことを約束します。よりよい世界への希望をもち続けてください。キリストと一つに結ばれていれば、皆様の努力は実りをもたらし、報いを受けるという確信を保ち続けてください。皆様と皆様の国を被昇天の聖母のご保護にゆだねます。そして、心から使徒的祝福を送ります。

 

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