教皇レオ十四世、2025年11月23日、聖歌隊の祝祭ミサ説教

2025年11月23日(日)、王であるキリストの祭日の午前10時30分(日本時間同日午後6時30分)からサンピエトロ大聖堂で行った、聖年の聖歌隊の祝祭およびローマ教区における「世界青年の日」ミサ説教(原文イタリア語)。2 […]

2025年11月23日(日)、王であるキリストの祭日の午前10時30分(日本時間同日午後6時30分)からサンピエトロ大聖堂で行った、聖年の聖歌隊の祝祭およびローマ教区における「世界青年の日」ミサ説教(原文イタリア語)。2025年の「世界青年の日」のテーマは、「あなたがたも、初めからわたしと一緒にいたのだから、あかしをするのである」(ヨハネ15・27)。
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 親愛なる兄弟姉妹の皆様。

 答唱詩編の中で、わたしたちは次のように歌いました。「喜びに心をはずませ、神の家に行こう」(詩122)。それゆえ、今日の典礼は、賛美と喜びのうちに、全宇宙の王であり、柔和で謙遜な主であり、万物の起源であり目的である、主イエス・キリストと出会うためにともに歩むように、わたしたちを招きます。主の力は愛であり、主の王座は十字架であり、十字架によって、主のみ国は世界を照らします。平和の君、正義の王として、「主は十字架から支配される」(賛歌『ヴェクシラ・レジス』[Vexilla Regis])。主は、受難によって、神のみ心のはかりしれないあわれみを世に現します。この愛は、わたしたちの歌の霊感であり、モチーフでもあります。

 親愛なる聖歌隊と演奏者の皆様。今日は皆様の祝祭を祝いながら、主が、主の栄光のために、また、兄弟を霊的に築き上げるために、皆様の声と才能をささげて主に仕えるたまものと恵みを与えてくださったことを主に感謝します(第二バチカン公会議『典礼憲章』120[Sacrosanctum Concilium]参照)。皆様の務めは、人々に神を賛美させ、聖歌を通して典礼活動にいっそう深く参加させることです。今日、皆様は、恵みの喜びにあふれた心から生まれる「喜び」(iubilum)を完全に表します。

 偉大な文明は、わたしたちが心の奥深くにもつ、ことばではつねに言い表せないことを述べられるように、音楽というたまものをわたしたちに与えました。わたしたちの内面で現実との生きた関係から生まれるあらゆる感情と情念は、音楽のうちに表現を見いだします。とくに歌は、人間存在の自然本性的で完全な表現です。精神と感情と身体と霊魂は、人生の偉大なことがらを伝えるために、歌の中で一つになります。聖アウグスティヌスがわたしたちに次のように思い起こさせてくれるとおりです。「歌うことは愛する者に属する(Cantare amantis est)」(『説教336』[Sermo 336, 1]参照)。すなわち、歌う人は、愛を表現するだけでなく、心のうちにある苦しみと愛情と望みを表現します。同時に、歌の対象であるかたを愛します(『詩編講解』[Enarrationes in Psalmos 72, 1]参照)。

 神の民にとって、歌は祈願と賛美を表します。それは復活したキリストが御父にささげる「新しい歌」であり、洗礼を受けたすべての人は、聖霊の新しいいのちによって生かされた一つのからだとして、この歌にあずかります。わたしたちはキリストのうちに、恵みの歌い手となり、復活したかたのうちに賛美の理由を見いだす、教会の子となります。それゆえ、典礼音楽は、わたしたちが神への賛美の奉仕を行い、キリストにおける新しいいのちの喜びを表すための貴重な道具なのです。

 聖アウグスティヌスはまた、目的地に着いたときに生まれる喜びの先取りを歌のうちに見いだす疲れた旅人のように、歌いながら歩むようにと、わたしたちに勧めます。「歌い、かつ歩みなさい。〔……〕善のうちに歩みなさい」(『説教256』[Sermo 256, 3])。それゆえ、聖歌隊の一員であるとは、兄弟の手をとり、わたしたちとともに歩けるように助け、ともに神への賛美を歌い、苦しむときには慰め、疲れていると思われるときには慰め、困難に打ち負かされそうに思われるときには励ましながら、ともに進むことです。歌うことは、わたしたちが、愛と希望の巡礼のうちに、賛美と喜びへの召命をすべての人と分かち合うことができる、真にシノドス的な存在として、旅する教会であることを思い起こさせてくれます。

 アンティオキアの聖イグナツィオも、感動的なことばで、聖歌隊の歌を教会の一致と関連づけます。「こうしてあなたがたは心を一つにして、愛のシンフォニーをもって、イエス・キリストを歌っているのです。そしてあなたがたは皆、各人がコーラスに加わりなさい。それは心を一つにして声を合わせ、一致して神の調べを奏で、イエス・キリストにより一つ声で父を歌うため、それは父があなたがたのよい行いによって、あなたがたが御子の肢体であることをお認めになるためなのです」(『イグナティオスの手紙――エフェソのキリスト者へ』[Epistula ad Ephesios IV〔八木誠一訳、『使徒教父文書』講談社、1974年、108―109頁〕])。実際、聖歌隊のさまざまな声は、互いに調和し合いながら、一つの賛美にいのちを与えます。それは、すべての人を甘美な唯一のメロディーのうちに一つに結びつける、教会の輝かしい象徴です。

 皆様はとくに典礼奉仕の中で活動する聖歌隊に所属しています。皆様が行っているのは、準備と、忠実さと、相互理解と、何よりも深い霊的生活を要求する、真の奉仕職です。それは、祈りのうちに歌うことによって、すべての人の祈りを助けるためです。この奉仕職は、とくに荘厳な典礼や皆様の共同体にとって重要な行事を準備する際に、規律と奉仕の精神を必要とします。聖歌隊は、音楽への愛と自分たちが行う奉仕によって結ばれた、さまざまな人によって構成される小さな家族です。しかし、共同体が皆様の大きな家族であることを忘れないでください。皆様は共同体の先頭にいるのではなく、構成員を活気づけ、参加させながら、共同体をいっそう一致させようと努める、共同体の一部です。すべての家族と同じように、緊張や小さな無理解が生じることもありえます。それは、ともに働き、目的を達成しようと努力する場合に、普通に起こることです。わたしたちは、聖歌隊とは、目的を目指して全身を向け、神を賛美しながら歴史を歩む教会の象徴だということができます。時として、この歩みが困難や試練に満ち、喜びの時が苦難の時に変わることがあるとしても、歌は旅の負担を軽くし、安らぎと慰めをもたらします。

 それゆえ、皆様の聖歌隊を、驚くべき調和と美へと造り変え、主を賛美する教会のますます輝かしい姿とするように努めてください。公会議文書の中で皆様の奉仕をよりよく果たすための規範を示す教導職の教えを、注意深く学んでください。何よりもまず、神の民をますます参加させることができるようにしてください。そのために、会衆全体が歌唱に積極的に参加することを排除する、外見的な美への誘惑に陥らないでください。このようにして、音楽の美しさによって神への愛を表す、教会の祈りの雄弁なしるしとなってください。皆様の霊的生活が、つねに皆様が行う奉仕の高みに達するように注意してください。そうすれば、皆様の奉仕は真の意味で典礼の恵みを表現することができます。

 このローマで、その生涯によってもっとも美しい愛の賛歌を歌い、キリストにすべてをささげ、教会に信仰と愛の輝かしいあかしを示したおとめ殉教者である、聖チェチリアの保護に皆様をゆだねます。歌いながら進み、今日の典礼の答唱詩編の招きをあらためて自分のものとしようではありませんか。「喜びに心をはずませ、神の家に行こう」。

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