「あなたがたすべてに平和があるように」社会司教委員会委員長

「あなたがたすべてに平和があるように」 2026年4月30日 社会司教委員会委員長  森山 信三  「兄弟姉妹の皆様。〈平和の君であるイエス〉――これがわたしたちの神です。この神は、戦争を拒絶します。戦争を正当化するため […]

「あなたがたすべてに平和があるように」

2026年4月30日
社会司教委員会委員長 
森山 信三

 「兄弟姉妹の皆様。〈平和の君であるイエス〉――これがわたしたちの神です。この神は、戦争を拒絶します。戦争を正当化するためにいかなるものをも用いることができません。戦争を行う者の祈りには耳を傾けず、そのような祈りを拒絶してこういわれます。『どれほど祈りを繰り返しても、決して聞かない。お前たちの血にまみれた手を』(イザヤ1・15)」(1)

 教皇レオ十四世は、イスラエルとアメリカがイランに先制攻撃をし、中東全土に戦火が広がりつつあった今年の受難の主日(枝の主日)のミサの説教でこのように述べられました。戦争の正当化にイエスを利用すること、宗教と神の名を自らの軍事的、経済的、あるいは政治的な利益のために濫用することは許されない、神はいつも平和を求める人々の側におられると明確に述べられました。
 このメッセージに呼応してアメリカ司教団の教理委員長は次のような声明を発表しました。「カトリック教会の不変の教義は、国家が武力を行使できるのは『すべての平和への努力が失敗に終わった後、自衛のためのみ』であるということです(『カトリック教会のカテキズム』2308)。……それこそが教皇が実際に述べた『神は戦争を仕掛ける人々の祈りを聞き入れない』ということなのです」(2)
 さらに、今回の戦争は、アメリカとイスラエルが一方的に仕掛けた戦争であり、まったく容認できない暴力であるとし、教皇のこれらの発言は「政治家としてではなく、キリストの代理者としての福音に基づいた発言」(3)であると述べています。

 その後教皇は北アフリカを歴訪し、「世界は一握りの暴君たちによって荒廃させられています。しかし、世界は連帯する多くの兄弟姉妹によって支えられています」(4)とも述べられました。世界は、協調や対話あるいは相互信頼を求めてきたはずですが、「一握りの暴君」の圧倒的な「力」により、国際的な秩序は崩れ、分断が進んでいます。
 同時に世界中でエネルギー価格をはじめ物価は上昇し、もっとも貧しい国とその人々をさらに苦しめています。さらにガザやウクライナその他もろもろの地域における戦争にまつわる非人道的暴力が、今回のイランでの戦争の陰に隠されてしまっています。
 世界では、日々、人間を殺傷するために巨額の軍事費が使われています。日本政府も、長年にわたって守られてきた武器輸出の制限を緩和するとともに、戦後最大規模の防衛力強化を進めており、防衛費は大幅に増額されています。このことは、わたしたちの国が確実に戦争に向かっていることを意味しており、戦後80年にわたって堅持し続けた平和主義の転換といわざるをえません。
 わたしたちの国で起こっていることが、本当はどこに向かっているのかを見極め、自分の問題として捉え、祈り行動することが、今、混乱の中にある世界の平和のためにできることではないでしょうか。
 「どの戦争も必ず、世界を、かつての姿よりもいっそう劣化させます。戦争は、政治の失敗、人間性の欠如であり、悪しき勢力に対する恥ずべき降伏、敗北なのです。理屈をこねるのはやめて、傷に触れ、犠牲者のからだに触れようではありませんか。『巻き添え被害』で殺戮された無数の民間人を、しっかり見つめようではありませんか。犠牲者に尋ねようではありませんか。避難民、被爆者や化学兵器の被害者、わが子を亡くした母、手足を失った子や幼少期を奪われた子どもたちに、目を向けようではありませんか」(5)

 イエスは十字架の愛とゆるしによって、憎しみと暴力の連鎖を断ち切られました。復活のイエスの「平和」は、わたしたちの心がイエスの愛とゆるしに満たされることから来るものです。この平和をいただいたわたしたち自身が平和の道具となり、平和を実現する人になるのです。武力による威嚇や「力による平和」は、憎しみや新たな復讐を生みます。相手を尊重し、対話と相互理解を積み重ねていくことによってのみ、真の平和を築くことができるのです。
 わたしたちカトリック信者は、今こそ、「平和を実現する人」として、暴力に反対し、教皇選出当初から一貫して「平和」を叫ばれている教皇レオ十四世の使徒的活動を全世界の人々と一つになって、祈りで支えていかなければなりません。
 世界中で戦争の犠牲になっている人々と連帯し、支援し、彼らのために祈りましょう。

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