
2026年5月24日(日)、聖霊降臨の祭日の正午に教皇公邸書斎の窓から「アレルヤの祈り」を唱える前に述べたことば(原文イタリア語)。 「アレルヤの祈り」の後、教皇はイタリア語で次のように述べた。 親愛なる兄弟姉妹の皆様 […]
2026年5月24日(日)、聖霊降臨の祭日の正午に教皇公邸書斎の窓から「アレルヤの祈り」を唱える前に述べたことば(原文イタリア語)。
親愛なる兄弟姉妹の皆様。
今日は、上海の佘山(シェシャン)の聖母巡礼所で深くあがめられるキリスト信者の助けである聖母の記念日にあたって、中国の教会のために祈る日です。わたしたちの中国のカトリック信者への愛と、普遍教会とペトロの後継者との彼らの交わりのしるしとて、中国のカトリック信者と心を一つにして祈りたいと思います。天の元后の執り成しによって、中国における信仰共同体に一致の恵みが与えられますように。また、日々の労苦の中で福音をあかしし、希望と平和の種となる力がすべての人に与えられますように。とくに先日、中国北部の炭鉱で起きた事故の犠牲者のために永遠の平安を祈ります。
キリスト信者の助けである至聖なるマリアに、戦争によって苦しむ聖地、レバノン、中東全域のキリスト教共同体をもゆだねます。
5月22日(金)夜、中国・山西省長治市の炭鉱でガス爆発が発生、82人が死亡、128人が負傷した。
親愛なる兄弟姉妹の皆様。こんにちは。
今日の聖霊降臨の祭日に、わたしたちは聖霊の賜物について観想するように招かれます。初代教会に豊かに注がれた聖霊のたまものは、今日も新たに、あらゆる生活状況の中で同伴してくださる光と力として教会の成員に与えられます。
今日の典礼によって示された、〈戸を開ける霊〉という、聖霊のイメージについて考えてみたいと思います。実際、福音はわたしたちにこう述べます。「弟子たちはユダヤ人を恐れて、自分たちのいる家の戸に鍵をかけていた」(ヨハ20・19)。同時に使徒言行録はわたしたちに語ります。聖霊は激しい風のようにやって来て(使2・2参照)、戸を開き、弟子たちに、出かけて行って、復活したキリストに関する福音をのべ伝えるように促したと。
わたしたちは今日もこう自問することができます。〈聖霊はどのような扉を開くのだろうか〉と。
第一の扉は、神ご自身の扉です。この扉は、わたしたちの心を開いて、イエス・キリストのうちに啓示された神の神秘へとわたしたちを導き入れます。神は聖霊のたまものによって、わたしたちに真の信仰を与え、聖書の意味を理解させ、ご自身が近くにいることを悟らせ、わたしたちがご自身のいのちそのものにあずかることを可能にします。聖霊は、わたしたちが神を個人的に体験し、単におきてを守るだけでなく、イエスのうちに神と出会い、自らのうちに神を認識し、日常生活の中で神の現存のしるしを見いだすことができるための助けとなります。
第二の扉は、上の部屋の扉、すなわち教会の扉です。教会は、聖霊の炎がなければ、恐れにとらわれ、世界の課題に対しておびえ、自分のうちに閉じこもり、それゆえ、変化する時代と対話することもできないままでい続けます。聖霊は教会の扉を開いて、神と他者と希望と生きる喜びに扉を閉ざした人も含めて、すべての人を受け入れ、もてなすことができるようにしてくださいます。教皇フランシスコが思い起こさせたとおり、わたしたちは、「祝福し、励ます教会、〔……〕すべての人に扉を開く教会」(「世界代表司教会議通常総会開会ミサ説教(2023年10月4日)」)となるように招かれています。
最後に、聖霊はわたしたちの心の扉を開き、抵抗と利己心と不信と偏見に打ち勝つことができる助けとなり、わたしたちが神の子として、また互いに兄弟として生きることができるようにしてくださいます。主の霊があるところには、個人、グループ、地上の諸民族の間に兄弟愛が生まれ、皆が、一致をもたらし、多様性を調和する、一つの愛のことばを語ります。
兄弟姉妹の皆様。現代においても、とくにこの聖霊降臨の祭日にあたり、わたしたちは、閉ざされたままのすべての戸を開いてくださるように聖霊に祈り求めなければなりません。わたしたちは、わたしたちを愛してくださる父として神を再発見し、すべての人がくつろげる場所としての教会を築き、すべての民の間で平和が支配する、兄弟愛に満ちた世界を成長させなければなりません。
最初の弟子たちと同じように、わたしたちも、聖霊の住まいであり、教会の母であるおとめマリアの執り成しに身をゆだねます。
