教皇レオ十四世、2026年5月30日、バチカン庭園におけるロザリオの集いの終わりのあいさつ

2026年5月30日(土)午後7時(日本時間5月31日午前2時)からバチカン庭園で行った平和のためのロザリオの集いの終わりのあいさつ(原文イタリア語)。ロザリオに先立ち、サント・ステファノ・デリ・アビッシニ教会からルルド […]

2026年5月30日(土)午後7時(日本時間5月31日午前2時)からバチカン庭園で行った平和のためのロザリオの集いの終わりのあいさつ(原文イタリア語)。ロザリオに先立ち、サント・ステファノ・デリ・アビッシニ教会からルルドの聖母のグロッタ(洞窟)まで信者による行列が行われた。ロザリオは世界中の聖母巡礼所で巡礼者と信者が教皇とともにささげるように呼びかけられた。


 「主なる神が何を語られるかを聞こう。主は平和を語られる、その民に、忠実な人たちに。彼らが愚かさに戻らないように」(詩85・9[聖書協会共同訳])。この詩編のことばが今晩のロザリオの祈りに伴うのは適切です。なぜなら、このことばは、とくに今の時の困難と暴力を前にしてわたしたちが必要としている希望を表明しているからです。

 それでは、神のことばに耳を傾けるために心を整えたいと思います。それは、つねにわたしたちを導き、助けてくださる神の摂理を認識しながら、歴史の中で起こる出来事の意味を祈りの中で理解できるようになるためです。おとめマリアは、「神が何を語られるかを」聞くために心の耳を傾ける、信じる者の模範です。マリアは、神の子の受肉を胎内に受け入れた従順によってわたしたちの模範となります。

 マリアとともにロザリオの神秘を観想することは、御父が語られた唯一の決定的なことば、悔い改めの心をもって御父に立ち帰るすべての者にとっての平和のことばを、イエス・キリストのうちに見いだすようにわたしたちを導きます。主は、たとえわたしたちが主を忘れ、道を見失っても、わたしたちを決して見捨てられません。主はわたしたちを捜しに来られ、永遠の愛をもってわたしたちに近づかれます。預言者イザヤが思い起こすとおり、「唇に賛美の実りを創造しよう。遠くにいる人にも近くにいる人にも平和、平和があるように」(イザ57・19[聖書協会共同訳])。神に信頼する人は、この平和の告知を理解し、自らの手で平和を築く、平和を実現する人となります(マタ5・9参照)。

 実際、平和は、実験室で検証すべき理論でも、ナイーブな幻想でも、利益のために管理すべきことがらでもありません。むしろ、真摯な心で追求するなら、平和はわたしたちの日々の生活における取り組みとなります。平和は正義と愛からほとばしり出ます。人々と家庭と地域社会と民族を結びつける調和と同じように。この緊張と紛争の時代においても、平和は、平和を奪われた人々の叫び声にわたしたちが耳を傾けるならば可能です。――罪のない子どもたち、苦悩のうちにある母親と父親、虐待された受刑者、避難民、あらゆる年齢の苦しむ人々の叫び声に。彼らのすべてが発することばはただ一つ、平和です。

 わたしたちは知っています。平和はつねに可能である。なぜなら、それは神から与えられるたまものだからだということを。この平和、すなわち神の平和は、イエス・キリストという顔をもっています。神の子であるイエス・キリストは、わたしたちのために与えられたその生涯の中で、天と地を和解させてくださいました。使徒パウロが述べるとおり、「キリストはわたしたちの平和であります」(エフェ2・14)。キリストは、敵意という隔ての壁を取り壊し、謙遜によって傲慢に打ち勝ち、すべての被造物を罪からあがなってくださるかたです。

 主イエスがわたしたちとともにいてくださり、わたしたちがキリストの愛のまことの弟子として行動するとき、聖霊は人間には不可能に思われることを実現することがおできになります。しかし、わたしたちが神から遠ざかるとき、わたしたちは人間と隣人からも遠ざかり、彼らの苦しみに無関心になります。わたしたちが主に立ち帰るたびごとに、主の平和は、わたしたち一人ひとりの義務と責任に応じて、わたしたちの務めとなります。

 こうしてわたしたちの祈りは使命と預言となります。わたしたちの町で罪のない人が涙を流すことがなくなりますように。だれも爆撃の脅威のために自分の家を逃れなくてもよくなりますように。権力への望みとことばによる暴力が、正義と真理への飢え渇きに道を譲りますように。しかし、だれもが自分の役割を果たすことができますし、また、果たさなければなりません。小さな、しかし重要なことから始め、日々の生活や、〈ソーシャルメディア〉において、あらゆることばによる、また身体的な暴力を控えることによって。

 親愛なる兄弟姉妹の皆様。真の平和は愛する心から始まります。それは和解のことばを語る唇によってあかしされ、柔和と知恵をもって世界を見つめる目に反映されます。これこそが真の力であり、真理と愛の力です。

 神は平和を実現する人を捜しておられます。至聖なる聖母が、わたしたちが日々、ことばではなく行いによって、「わたしがここにいます」と神に答えることができるように助けてくださいますように。

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