
2026年7月3日(金)、米国憲法センター(National Constitution Center)の「自由勲章」(Liberty Medal)を受賞するに際してビデオ中継で行ったあいさつ(原文英語)。 自由勲章はフィ […]
自由勲章はフィラデルフィア財団(The Philadelphia Foundation)が1989年から毎年、世界中の人々に自由の恩恵をもたらすために努力する人々の勇気と信念をたたえるために与えてきた。1989年の第1回受賞者はポーランドの独立自主労働組合「連帯」指導者・ポーランド共和国第三共和政第2代大統領のレフ・ヴァウェンサ(ワレサ)氏(Lech Wałęsa 1943年-)。
親愛なる友人の皆様。
1776年7月4日の独立宣言採択によるアメリカ合衆国建国250周年を記念する年に米国憲法センターの自由勲章を授与されることを光栄に思います。この記念すべき日の前日にあたり、フィラデルフィアの米国憲法センターに集まった皆様に心よりごあいさつ申し上げます。自由と、自分たちと子孫のためのよりよい生活を夢見た勇気ある人々によって建てられたこの偉大な国に生まれた子として、皆様とともにアメリカの未来の上に神の祝福を願い求めます。独立宣言の冒頭に書かれた高邁な理想が、一致と正義と平和のうちに合衆国の繁栄を導き続けますように。
わたしたちの多くは若い時から独立宣言の雄弁なことばに感嘆の念を覚えてきました。独立宣言は、すべての人間が平等な者として造られ、生存権と自由権と幸福追求権を含む一定の不可譲の権利を造り主から与えられているという主張の基盤として、自然の法と自然の造り主である神への呼びかけを響き渡らせます。啓蒙主義の言語で記されているとはいえ、この主張は究極的に、人間が神の像として造られたという偉大な聖書の思想から霊感を受けた人間の人格に関する理解に基づいています。実際、わたしたちはここに人間の尊厳の基盤を見いだします。この尊厳はいかなる国家の設立にも先立ち、この尊厳を守ることが国家の目的そのものをなすのです。
過去250年にわたり世界中の多くの人々にとって、建国の父の崇高な理念を達成しようとする堅固な決意がアメリカを自由の代名詞たらしめました。アメリカは、続々と到来する移住者たちに門戸を開き、彼らとその子孫が合衆国の未来を形づくるためにそれぞれの役割を果たすことを可能にしました。この同じ自由への愛が、20世紀のもっとも暗い時代、2つの世界大戦の時期に、自らを超えたところを見つめ、大きな犠牲を払っても国境を越えて自由という大義を擁護するように合衆国を鼓舞したのです。
しかしながら、すべてのアメリカ国民が知っているとおり、万人のための自由と正義というこの崇高な理想を体現する社会を築く道は必ずしも容易ではなく、それは多くの側面において今なお進行中の作業です。実際、この理念を実現する努力は、それぞれの世代において、またつねに新たな課題に直面することによって、新しく始めなければならないものです。今日、未来を見つめるわたしたちにとって、この歴史的な250周年の記念は、建国の原理をあらためて振り返り、アメリカが「自由の大地、勇者の故郷」という称号を自らに与えたその夢に永遠に忠実であり続けることを希望する機会となります。
建国の父によって最初に記された権利は生存権でした。なぜなら、いのちを奪われるなら、だれも自由を享受することも幸福を追求することもできないからです。国家の活力は、あらゆる形態と状態における人間のいのちに価値を与え、存在すること自体によってすべての人間の人格に付与された尊厳を認めることと深く結びついています。すべての人間のいのちの本質的な価値は、幾世代もの高貴な魂に造り主の驚くべきみわざをたたえさせ(詩139・14参照)、このきわめて尊いたまものに畏敬の念を抱かせました。実際、わたしたちはこの畏敬の念をはぐくみ続けなければなりません。この畏敬の念こそが、個々人の心を揺り動かし、受精から自然死に至るまでこのたまものを認め、保護する法律を生み出させました。この畏敬の念は、わたしたちが世話するようにゆだねられた人々の保護者また管理者であることを見いだすための助けともなるものです。このことに関連して、国家の道徳的な偉大さは何よりもまず、すべての人、とくにもっとも脆弱な人、その価値が疑問視される人々のいのちを支え、保護し、大切にする能力のうちに示されます。
生存権に続いて、自由は、かつても今も、合衆国国内で新たに出発することを求めた人々が尊んだ原理の中でもっとも重要なものであり、しばしばこれまで夢見ることさえなかった希望と等しいものとされました。自由はしばしば望みどおりに行動する能力と理解されますが、真の自由はそれよりも深いものです。自由は、たとえ大きな犠牲を払っても――この犠牲は合衆国を築くために努力した多くの人がよく知っているものです――真理を知り、善に従う人間の人格の能力を基盤とします。真理と自由への望みと、幸福の追求自体が、人生の意味、わたしたちの究極的な目的、そしてまさしく神についての根本的な問いを発するようにすべての世代の人々を促し続けます。そして高潔な魂がこれらの問いに真剣に答えようと努めるのはふさわしいことです。こうした答えはわたしたちが人生に与えようと努める方向性を不可避的に決定づけるものです。そして、合衆国憲法修正第1条に記されているとおり、この点に関連して、アメリカは長年にわたり、恐怖と強制から解放された良心の命じるところに責任をもって従うために必要な信教の自由を擁護してきました。
この自由が、信念が形成され、人間の心の内奥で行われる決断を良心が導くことができるための場である、個人の内面の領域を神聖なものとして守ります。この同じ自由が、すべての人が自らの信仰に従って礼拝を行う権利と、個人、共同体、団体が自らの信仰を公に表明する権利も保障します。実際、信教の自由は、公共的善を推進するため、合衆国が直面し、その歴史の進路を形づくった重大な道徳的・倫理的問題に関する議論を豊かにするための、宗教間対話と宗教間協力を可能にするアメリカの伝統を生み出しました。この伝統が、節度と、他者の見解の尊重と、国内と国外での平和と和解の推進のための共通の基盤を見いだそうとする継続的な努力によって特徴づけられる公共の議論において実を結び続けることを願っています。
合衆国の先祖である、異なる背景と宗教と言語の人々は、よりよい未来を追求するために必要な共通の基盤と力を見いだすことができました。人間の人格に関する真理に根ざした、アメリカの建国の父を鼓舞した諸原理は、唯一の目的、共通の夢によって彼らを結びつけました。一致はこの夢に力を与え、神のもとでアメリカ合衆国を生み出しました。〈多から一へ〉(E pluribus unum)。国家の繁栄には、真の一致が必要です。必要なのは、一時的な努力と結びついた一致ではなく、時が経過しても色あせることのない理想による一致です。今日わたしたちが考察した諸原理――共有された人間の尊厳、平等、独立宣言に記された諸権利――が、いつまでもこの一致の源泉となり、現在と未来を導く光となりますように。
それゆえ、「自由勲章」を授与されるにあたり、この偉大な合衆国の建国250周年記念が、アメリカを平和と繁栄を尊ぶ国、寛大さと高潔な魂によって特徴づけられる国としたこれらの理想をあらためて荘厳に誓う機会となることを祈ります。皆様と合衆国の未来を、真の自由ととこしえの平和の源泉であるかた、その名を平和と呼ばれるかたにゆだねます。
神がアメリカを祝福してくださいますように。ご清聴ありがとうございます。
