2026年平和旬間 日本カトリック司教協議会会長談話「連帯のうちに平和な世界を築く」

2026年平和旬間 日本カトリック司教協議会会長談話 「連帯のうちに平和な世界を築く」 平和を願うすべての皆様へ  戦後81年目となる今年もまた、広島・長崎への原爆投下の日を中心に据える平和旬間を迎えます。わたしたちは毎 […]

2026年平和旬間 日本カトリック司教協議会会長談話
「連帯のうちに平和な世界を築く」

平和を願うすべての皆様へ

 戦後81年目となる今年もまた、広島・長崎への原爆投下の日を中心に据える平和旬間を迎えます。わたしたちは毎年この時期に、過去の記憶を胸に刻み直し、現在の世界に目を向け、将来に対する責任を問い直すよう招かれています。あらためて、戦争で亡くなった、また傷つけられた多くのかたがた、壊された自然環境を心に留め、平和の実現を求めて祈りましょう。

日常を見つめ直す
 日本の司教団は昨年、戦後80年を迎えるにあたり、「平和を紡ぐ旅――希望を携えて」と題する司教団メッセージを発表し、平和への思いをさらに次の世代へとつないでいく決意を表明しました。その中で、「戦争そのものの恐ろしさ、罪深さは、多くの人にとって明らかですが、戦争へと人々を導いた日常における思想や価値観の植えつけが、知らぬ間に世論を戦争に向けて突き進むものへと変えていくことを、80年前の経験から学ばねばなりません。今の日本は、果たして平和への道を進んでいるのでしょうか」と問いかけました。この問いは、今この瞬間、ますます大きな意味をもってわたしたちに突きつけられています。

わたしたちの生きる世界
 1981年、聖ヨハネ・パウロ二世教皇は広島で、「戦争は人間の仕業です」と訴えられました。わたしたちは今、その「人間の仕業」がいかに世界に襲いかかり猛威を振るっているのかを目撃しています。
 ウクライナ、スーダン、ミャンマー、ガザをはじめとする中東地域など、戦争や紛争は世界中に広がっています。これらの戦場で日々傷つき、暴力的にいのちを奪われているのは、わたしたちと同じ、神の似姿として造られた一人ひとりの人間です。
 さらに深刻なのは、こうした暴力が「やむをえないもの」として正当化され、国際人道法や人間の尊厳という普遍的な原則がないがしろにされていることです。多国間主義の枠組みも大きく揺らいでいます。かつての戦争の惨禍から、心の叫びとして生み出された「二度と繰り返さない」という人類の誓いは、どこにいってしまったのでしょうか。
 日本もまた、大きく変化しています。近年、憲法第9条の解釈は変更され、集団的自衛権の行使が限定的とはいえ容認されています。安全保障環境の変化を理由に防衛費も急激に増大しています。「反撃能力」にも用いられる長射程ミサイルの配備が始まり、南西諸島における自衛隊配備は強化されています。殺傷能力のある武器についても、一定の条件のもとで海外への輸出が原則として可能とされました。「専守防衛」という枠組みは残りながらも、その実質は大きく変化し続けています。戦争放棄と戦力不保持を定めた憲法の平和主義は、先人たちが戦争の惨禍の中から学び取った大切な知恵です。その精神を、なし崩し的に骨抜きにし、加えて十分な国民的議論も経ないままに軍備増強を進めることが、本当の平和の確立につながるのかどうか、立ち止まって考える必要があります。

平和のために連帯する
 この4月16日、アフリカのカメルーンを訪問中に行われた平和の集いであいさつされた教皇レオ十四世は、「わたしたちは、反対の方向へと、すなわち、人間的な兄弟愛に満ちた持続可能な道へとわたしたちを導く、決定的な方向転換を――真の意味での回心を――行わなければなりません」と呼びかけられました。
 そのうえで教皇は、「世界は一握りの暴君たちによって荒廃させられています。しかし、世界は連帯する多くの兄弟姉妹によって支えられています」と語りかけ、平和構築のために取り組む多くの人たちをたたえ、その信仰における勇気に見倣い、連帯するように呼びかけられました。
 また教皇は、「イエスはいわれました。平和を実現する人々は、幸いであると。しかし、宗教と神の名を、自分の軍事的、経済的、あるいは政治的な利益のために濫用し、聖なるものを闇と汚れに引きずり込む人々は、不幸である」と断言し、宗教間対立を口実として他者のいのちを暴力的に奪う現実に対して、力強く警告されました。
 教皇は、アフリカへ向かう機内で、教会の平和への呼びかけが政治的発言として受け止められることについて問われ、「わたしたちは政治家ではない。外交政策を彼らと同じ視点で捉えているわけではない。しかし、わたしたちは平和を築く者として福音のメッセージを信じている」と答えられ、平和構築は教会の福音宣教における優先事項であることを明確にされています。
 さらに教皇は、「戦争に強く反対し、平和を促進し、問題解決のために各国間の対話と多国間主義を推進し続けるつもりだ。今日、あまりにも多くの人たちが苦しみ、あまりにも多くの罪のない人々が殺されている。だれかが立ち上り、よりよい方法があるというべきだと思う」と述べておられます(『バチカン・ニュース』2026年4月13日)。

教皇とともに平和への道を歩む
 教皇レオ十四世の平和に対するこの立場は、まさしく教会全体の立場です。第二バチカン公会議の『現代世界憲章』は、「人々の喜びと希望、苦悩と不安、とくに貧しい人々とすべての苦しんでいる人々のものは、キリストの弟子たちの喜びと希望、苦悩と不安でもある」と冒頭で宣言しています。この精神に従って多くの兄弟姉妹と愛のうちに連帯し、いのちを守り、希望を生み出すように、皆様に呼びかけたいと思います。ともに平和を打ち立てましょう。
 すべてのいのちは神からの尊いたまものです。国籍も民族も宗教も問わず、すべての人が神から尊厳を与えられています。その尊厳を守ることが、平和の出発点です。平和のために祈り、行動しましょう。いのちの尊さの記憶を語り継いでいきましょう。日々の生活の中で、力のことばではなく愛のことばを選び、愛の文明を育てていきましょう。「あなたがたに平和があるように」と語った主イエス・キリストのいのちの福音を、身近な人々の間で広めていきましょう。
 皆様の上に、いのちの与え主である神の祝福と導きがありますように。

2026年7月10日
日本カトリック司教協議会会長
                枢機卿 菊地 功

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